王都の教会。
その一般礼拝室に俺はいた。
ある人物――いや、神様に面会するために。
いつものように止まった時間。
そこで、俺はシルシルにこれまでのことを報告した。
「なるほどのう」
シルシルは少しだけ考え込む仕草をする。
普段のおちゃらけた様子がない。
「まさか、魔族が直接王都を狙ってくるとはな」
「魔族がモンスターを操れるとは聞いたが、魔の空を操れるとは初耳だぞ」
「……それは魔族の能力ではないな。黄金のドラゴンの能力じゃ」
その黄金のドラゴンを魔族が操れるなら同じことだろう。
「シルシル、今回は聞きたいことがいくつかある」
「ふむ、いくらでも聞くがよいぞ。何しろワシは全知全能の神様じゃからな」
それは大分怪しいが、ともあれ聞くべきことは聞かねば。
「魔族は自分のことを『魔王の覚醒を願う者』と名乗った。どういう意味かわかるか?」
「そのままの意味じゃろうな」
「魔王はまだ覚醒していないと?」
「魔王と勇者は対の存在。もっといえば、同じ日同じ時間に生誕する。そして互いに試練を乗り越え真に勇者として、あるいは魔王としての力を得る」
「つまり、魔王もまだ6歳の幼児だと?」
シルシルはうなずいて肯定した。
……だとすると、やはり別の疑問が浮かぶ。
いや、疑問というよりも疑念か。
「なら、もう一つ教えてくれ」
「ふむ」
「この世界はなんなんだ?」
俺の問いに、シルシルはしばし沈黙。
そして少し目を細めて逆に問うてくる。
「質問の意味がわからんな。いや、質問の含意が広すぎるというべきか」
「ならば、聞き直す。この世界、誰が作った?」
シルシルはさらに目を細める。
俺を……あるいは俺の疑問を値踏みしているかのようだ。
「世界は――一般論として神が作る」
「つまり、おまえが作ったと?」
「いや、その世界に限っては違うな」
やはり、か。
「ショート、なぜそんな疑問を持った?」
「この世界、あまりにも作り物過ぎる」
そう。
最初からどこかで感じていたこと。
300年に一度現れる勇者と魔王。
魔法はまだしも、思念モニターやダンジョン、魔石のシステム。
冒険者ギルドの存在。
政治システム。
それらすべてが、あまりにも作り物だ。
いや、もっといえば。
「まるで、この世界全体が、RPGのような違和感がある」
決定的なのが、勇者と魔王の関係。
まるで、誰かが魔族とほかの種族を戦争させるために仕組んだかのようだ。
「それを仕組んだのがワシだと思ったか?」
その問いに、俺は首を横に振って否定する。
「いいや、違うだろう。それならば、俺という異分子をこの世界に持ち込みはしないはずだ」
シルシルは再び、しばし沈黙した。
そして、「はぁ」とため息。
「おぬし、意外と勘がいいな」
「ファンタジー小説やゲームがたくさんある世界から来たからな」
この世界は誰かが作った。
そいつはゲームマスターのごとく、300年に1回の戦争を楽しんでいる。
そうとしか思えない。
「いいじゃろう。そこまで言うならば教えるしかあるまい。もともと、お主に教えて困ることでもない」
そして、シルシルは語り出す。
「かつて、ある世界に『勇者』として召喚された少年がいた」
神によって祝福を受けたその少年は、その世界の闇の存在と戦った。
やがて少年は人々を平定し、王となった。
「じゃがな。ヤツはそれで終わらんかった。紆余曲折の後、ヤツ自身が闇となり、そして神殺しをもなした」
いや、勇者が神を殺したなんていう話を『紆余曲折』の一言で済まされても困るんだが。
「神殺しに至るいきさつはその世界にもお主にも関わりなきこと。ただ――」
シルシルはそこでいったん言葉を句切った。
「――神殺しをなしたヤツは、神の力を得て世界を作り、もてあそぶようになった」
まさか、この世界は。
「そう、この世界は神ならぬ者が神の力を得て作り上げた世界。この世界をゲームのような世界だというならば、ヤツこそがゲームマスターというべきか」
なんてこった。
この世界には本当にゲームマスターがいたのだ。
俺はシルシルに問う。
「だとして――お前はこの世界のなんなんだ?」
シルシルは神を名乗っている。
神殺しをなしたゲームマスターとは思えない。
ならば、何者なのだ?
「ワシは神じゃよ。神の一人じゃ」
わけがわからん。
「神はゲームマスターによって殺されたんじゃないのか?」
「世界を作る神は無数にいる。殺されたのはその中の1人に過ぎん」
「なら、お前の目的は?」
「この世界の人々を救うことじゃよ」
?
「この世界は神以外の者が作ったんじゃないのか?」
「その通り、故に神の中にも『放っておけばいい』というものも多い」
「なら、なぜ?」
「わからぬか?」
俺はうなずく。
「お主もこれまでその世界を見てきたであろう。どのような成り立ちの世界であろうと――人々は生きておる。神に祈り、隣人を愛し、自らの命をかけて。
故に、ワシはその世界の人々を救いたいと思った。
ゲームマスターによって運命づけられた300年に1度の戦いを今回で終わらせる。それが、ワシの目的じゃ」
シルシルの言葉が本音かどうかは分からない。
神様の表情なんて俺ごときに読めるわけもないからな。
だが、それでも本当のことだと思いたい。
俺は見てきたのだ。
アレルが、フロルが、ライトが、ソフィネが、ミリスが、ミレヌが、ブライアンが、レルスが、ラルネスが、ゴボダラが、マーリャが、マラランが、国王が。
この世界に生きる全ての住人が、俺の世界の人々と同じように必死に生きていることを。
この世界の成り立ちがどうであれ、彼らの生を否定することなんてできない。
「ゲームマスターはどこにいる?」
「ワシにも、その世界の人々にも、お主にも手の届かぬところじゃ。故に、ヤツを倒す方法はない。よしんば、ヤツを倒したとすれば、その世界はこの世から消えてなくなる」
なんともはや。
「ワシにできることは、今回の勇者と魔王の戦いを回避する可能性を送り込むことだけじゃった」
「それが、俺なのか?」
シルシルはうなずく。
「正直、俺にそんな力があるとはとても思えないんだが」
俺は元々ただの日本の就活生だ。
勇者とともに戦うなんて分不相応にもほどがある。
「ワシがお主に求めているのは、勇者と戦うことではない。勇者を導くことじゃ」
「それも、同じだろう」
「そうかな。あの双子はいい子にそだっているとワシは思うよ」
そういう問題だろうか。
確かにアレルは戦争したくないと言っていた。
フロルだってそうだろう。
だが。
最近のアレルの様子は。
もう、俺の手に負えないのではないか。
「ならば、双子を――この世界を見捨てるか?」
それは。
「もとより無理な願い、神の不始末じゃ。そなたが望むなら、いますぐ日本へと送り返すこともやぶさかではない」
待て、それは!
双子と――アレルとフロルを放り出して日本に戻る?
そんなことは。
そんな選択肢は。
「ずるいな。そんな言い方をされてうなずけるわけがないじゃないか」
最初から、俺の選択肢は決まっている。
「今、双子を見捨てるつもりはないよ」
「うむ、よい答えじゃ」
やはり、俺はシルシルの手のひらの上にいるらしい。
それでも、アレルとフロルを放り出す気にはなれない。
「ショート、双子を頼む。彼らの未来に幸を与えよ」
人々に幸を与えるのは神様の役目だと思うんだけどなぁ。
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制止していた時が動き出す。
俺は歩きだす。
アレルやフロル、それにライトやソフィネの元へ。
「神様とは話せたか?」
ライトの問いに、俺はうなずいた。
「どうだった?」
「あとで、説明するよ」
正直、どこまで話していいのかわからない。
この世界そのものの成り立ちを、この世界の人々に話すのはやはり違う気もするし。
フロルが俺に尋ねる。
「それで、これからどうするんですか?」
「そうだな、まずはギルドに顔を出すか」
俺たちは冒険者。
王都にやってきたからには王都の冒険者ギルドに挨拶くらいはしておくべきだろう。
俺たちはまだ知らなかった。
そこで意外な再会が待っていること。
そして、魔族たちが再び動き出そうとしていたことも。
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