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(フロル/三人称)
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実際のところ。
フロルの使った魔法はダルネスが使用する『高速飛行』などではない。
件の魔法を使える人族は世界でもダルネスだけと言われており、仮にフロルが覚えようとすればダルネスに魔法取得の儀式をしてもらうしかない。
フロルが使った魔法はショートが封印された後、ブラネルド王国に来るまでの間の街で身につけた『浮遊』という魔法だ。
確かに、『高速飛行』と同じく空飛ぶ魔法だが、上下の移動はできても前後左右には動けない。本当に、その場に浮かぶだけの魔法である。
これでも高度な魔法だが、『高速飛行』と違い、世界中を探せばそこそこの使用者はいる。
もっとも使い勝手はあまりよくない。ぷかぷか浮かぶだけの魔法など、冒険中の周囲の確認には役立つにせよ、戦闘中は弓矢や攻撃魔法、遠距離スキルのいい的になるだけだ。
そのわりにMP消費は大きく、並の魔法使いなら半刻も浮いていられない。
案の定、眼下の兵士達は弓矢や魔法、さらには『風の太刀』までつかって攻撃してくる。
フロルが次の魔法を入力する前にそれらの攻撃は届くだろう。
哀れ空に逃げたフロルは命すら奪われかねない。
――フロル1人で浮かび上がったのならば。
だが、今のフロルはアレルとライト、2人の天才少年戦士と一緒だ。
そして、彼ら2人と力を合わせれば。
ライトの『風の太刀』で『火炎球』などの魔法と弓矢は吹き散らされる。
そして、兵士の『風の太刀』は。
「はっ!!」
アレルの『破気合』スキルでかき消された。
『破気合』は『風の太刀』や『光の太刀』などに対抗する高度な防御スキルだ。
アレルのレベル1のテストの時、レルスがアレルの『風の太刀』を粉砕したのもこのスキルだった。
ライトがぼやく。
「おいおい、『風の太刀』まで使えるヤツがいるのかよ。聞いてねぇぞ」
アレルやレルス、ライトなどを見ていると感覚が鈍ってくるのだが、『風の太刀』は上級スキル。ほとんどの戦士にとって憧れの技、使えたら戦士間では大いばりできるスキルだ。
『光の太刀』やら『爆破の太刀』やらにいたっては、伝説級のスキルなのだ。
アレルは苦笑いで言う。
「武の国っていうくらいなんだから、そのくらいはいるでしょ。それより、危ないなぁ。吹き飛ばした矢が観客席にまでとんでっちゃった」
兵士達にささるならともかく、観客に被害が出るのはあまりよいことではないだろう。
さすがに死者は出ていないと思うし、回復魔法が使える救護スタッフもいるだろうが。
「俺のせいかよ?」
「別にライトのせいじゃないけど……」
「次の矢は打たせない方がいいわね」
フロルは言って、2つ目の魔法を発動した。
使った魔法は『底無沼』
『泥沼』の上位バージョンだ。
『泥沼』は地面を足首ていどが埋まる深さの沼に変えるが、こちらは底なし沼に変える。
兵士達の多くは突然地面が沼に変わって対応できない。
「う、うあぁぁぁ」
「地面が!?」
「し、沈むぅぅ」
「助けてくれぇぇ」
このままほうって置けば、兵士達は底なし沼で溺れて死亡確定である。
が、フロルはここでさらなる一手を打つ。
すなわち、兵士達が首元程度まで沈んだ程度を見計らって魔法を解除したのだ。
底なし沼はあっという間に固い地面に戻る。
ほとんどの兵士達は、体の大部分だけが土の中に埋まって、息はできても動くことはできなくなる。
「ふぅ、上手くいったわね」
フロルが『浮遊』からの『底無沼』のコンボを考えたのは、操られたショートと対面したことがきっかけだ。
それまでフロルは、敵はやっつければいいと安易に考えていた。だが、それではダメなのだ。相手を殺さず、できるだけ傷つけずに無効化することも時には必要。
それは戦士のアレルやライト、ソフィネには難しい仕事だ。
「ま、こんなもんね」
フロルは言って、『浮遊』も解除する。3人は地面に降り立った。
ほとんどの兵士は生首状態で闘技場内に埋まっている。
だが。
アレルとライトが油断なく、それぞれの武器を構える。
「やっぱり、何人かは逃れたわね」
フロルの魔法は闘技場の大部分を底なし沼に変えたが、隅の方など一部はそのままだった。闘技場が完全な円形なら全ての地面を沼にできたのだが、楕円形だったため、どうしても一部残さざるをえなかったのだ。
兵士達の中でも強力な戦士は瞬時にその場所へと逃げた様子だ。
おそらく高レベルの『俊足』なども使用したのだろう。
もちろん、偶然助かっただけの兵士もいるだろうが。
ちなみに、レルスはとっとと跳び上がって客席に避難した様子だ。
選手は客席に逃げたら失格だが、審判はOKなのだろう。
残った兵士は20人といったところ。
だが、そのいずれもが国軍の中では精鋭だろう。
もう一度『底無沼』を使うわけにはいかない。
今埋まっている兵士が溺れてしまう。
フロルは自身に『金剛』をかけつつ尋ねる。
「アレル、勝てる?」
「うーん、ほとんどの相手は。2~3人本当に強そうなのがいるかな。倒せないことはないけど、フロルを狙われるとやっかいかも。ライト、フロルをまかせてもいい?」
魔法使いのフロルは肉体的には普通の6歳児と大差ない。
故に、戦士の護衛は必須。
「OK」
ライトがそううなずくと、アレルは「じゃ、よろしく」と言って、その場から消えた。
『俊足』のスキルで敵兵に対して一気に間を詰めたらしい。
あいかわらず、フロルには目で追うこともできないが。
「アレル、大丈夫かしら?」
「問題ないだろ。それより、警戒はしてくれよ。相手の手札が完全に分かっているわけじゃないんだ。埋まっている兵士達にだって何らかの奥の手がある可能性もある」
「ええ、分かっている」
フロルはうなずき、ライトとともに周囲を警戒するのだった。
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