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(フロル/一人称)
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私とアレルの前には40代後半の男性。
座った彼の左右に完全武装の兵士。他に1人の老人。
王座に座った男性はヘドラー・ブラネルド・ペルガ五世。誰あろうブラネルド王国の国王である。
兵士は護衛、老人はおそらく側近といったところか。
国王ヘドラーは筋肉隆々の男だった。
少なくとも、アラバランのタルオネウス王よりは強そうである。
腰には大ぶりの剣を下げている。
兵士達もかなり強いのだろう。
私の隣のアレルは3人の実力を見破っているだろうが、私には戦士の能力を一目で解する力はない。
「余がヘドラー・ブラネルド・ペルガ五世、この国の王である。勇者よ、まずは我が息子の伴侶となるクラリエ王女を無事送迎してくださったことに感謝しよう」
王の言葉に、私は「はい」と頭を下げる。
となりのアレルがきょとんとしたままなので、あわてて頭を押さえつけた。
私は王に話しかける。
正直緊張する。
私だって国王に対する礼儀なんてほとんど知らないのだ。
アレルは礼儀が必要とすら認識していないっぽいけど。
「クラリエ殿下を無事お届けできましてホッとしています。今後、サリナス殿下とクラリエ殿下のご婚礼はどのように執り行われるのでしょうか?」
クラリエ王女とタリアはサリナス王子が迎えに来て、どこぞへと消えた。
おそらく、今後はそう簡単に会えなくなるだろう。
さすがに挨拶くらいはできるだろうが、もはや彼女たちは私たちの冒険の仲間ではない。
「ふむ。すぐにも……と言いたいが、婚礼前に多少の交流は必要であろう。10日前後は様子を見て日程を判断するつもりだ」
結婚という人生の大事の準備をたった10日間の交流ですますのかと思うが、これが政略結婚というものなのかもしれない。
下手に2人が仲違いして婚姻がおじゃんになるよりは既成事実が必要なのだろう。
と、アレルが口を挟む。
「ねえ、ライト達はどうしたの?」
私は「ちょっと!!」と叫びたくなる。
どう考えても国王陛下への言葉遣いじゃない!
が、アレルに続いて私まで無作法な言葉を吐くわけにもいかない。
「ライト達とは?」
国王が訪ねる。
応えたのはアレルでも私でもなく側近のおじいちゃん。
「勇者殿とパーティを組んでいる少年です。ライトルールとソフィネといいましたか。現在はランディ・アラブラルと同じ部屋に控えさせております」
「ふむ……聞いての通りだ。何か問題があるかね?」
「だって、ライトとソフィネは僕らの仲間だし……」
「余としては、勇者殿と話がしたかったのだが」
「でも……」
ああもう、アレル!!
気持ちは分かるけど抑えて。
アラバランの王様ほど話が分かる人じゃなさそうなんだから。
ここは私がイニシアティブをとらないと。
「国王陛下。私たちの仲間については無事ならばかまいません。それで、私たちと話したいこととはなんでしょうか?」
「ふむ、魔族と魔王、そして300年に1度の戦争についてだ」
やはり、そのことか。
「率直に尋ねる。勇者は魔王を倒せるのか?」
その問いに、私は迷う。
倒せるのかとはどういう意味か。
それはつまり、魔族や魔王と戦う道を選ぼうとしているのか?
私が答えあぐねている間に、アレルが無邪気な声で言う。
「うーん、僕、わかんない」
ちょっと、アレル!?
私は悲鳴を上げそうになる。
いいかげん、偉い人への対応の仕方を理解してよ!!
「ふむ、わからないとは率直な意見ではあるな」
「だって、僕らは魔王さんに会ったことがないもの」
確かにその通りだけどっ。
その言葉に、国王はニヤリと笑う。
「これは率直な意見だ。道理ではあるが、肝心の勇者様にそう言われては今後の戦が不安にもなる」
「王様は戦争をしたいの?」
私が何かを言う前に、アレルがどんどんしゃべってしまう。
しかも、無自覚に失礼というか無礼な話し方で。
私がイニシアティブをとろうにも、考えなしなぶんアレルの発言スピードは早い。
私はどうしても一瞬考えてしゃべろうとするのでまにあわない。
「我が国は武の国だと自負している。武を持って国と国民を護るのが我らの役目。侵略者が現れれば戦う。魔族であろうと人族であろうと、あるいは他の何者であろうとな」
侵略者――か。
アレルはすこし困った表情。
たぶん『シンリャクシャってなんだろう?』とか考えているのだろう。
ならば、私が。
「陛下は魔族を侵略者とみなしているのですか?」
「アラバラン王都を魔族が焼いたという話は聞きおよんでいる。上空から街を焼くとならば、これは侵略――あるいは虐殺と呼ぶべき所業だろう。魔族がその刃を我が国に向けるならば――いや、そうでなくても息子の伴侶としてクラリエ王女を迎えた以上、アラバランを焼いた時点で敵対勢力とみなすしかない」
確かに道理だ。
私だって本質的には賛成。
なにしろ、あの王都襲撃の現場にいた。
無抵抗な民間人が子どもを含めてドラゴンの炎に焼かれるシーンは今でも忘れられない。
「ご立派なお考えかと思います。ですが、魔族が全て人族との戦乱を望んでいないことはご存じでしょうか?」
ここで、王は目を細めた。
「聞こう」
その発言からは、知っているか否か判断しにくかった。
意図的にそういう言い方をしているのだろうけど。
いずれにしても私はリラレルンスとの約定のことや、私たちが戦争回避のために各国を回っていることを話す。
王は「なるほどな」とうなずく。
「率直におたずねします。陛下は和平に賛同いただけますか?」
私の問いに、王は数秒沈黙。
重苦しい空気だ。
その後、おもむろに王は言った。
「余もアラバラン国王と同じく、いたずらに国民が戦乱に巻き込まれることを是としているわけではない」
それはつまり、和平に賛同と言うことか?
が、すぐに付け足す。
「しかし、戦わぬことが正しいとも思わぬ」
「それはなぜ?」
「力なき者は、戦乱においても、また和平工作においても、食い物にされるだけだからだ」
私はちょっと混乱する
意味がよく分からない。
たぶん、アレルは私以上に分かっていないだろう。
私の困惑を見て取ったのか、王が言い直す。
「和平を結ぶとして、力なき者は相手の言い分を丸呑みするしかない。そうなれば、戦は回避できても民が飢えるだろう。だが、ある程度力をしめした者は、有利な条件で和平を結べる。その結果国は栄え民は潤う。分かるか?」
言い直され、なんとなく理解する。
力を示さず和平のみに走れば、相手に『和平には賛同するから金や麦をよこせ』といわれるかもしれない。
それでは戦争を回避できても国民は飢え死にだ。
「それは理解できます。ですが……」
「故に、戦いにおいて我らの力を魔族に見せることも必要だ。違うかね?」
子どもを諭すように語る王。
反論するのが難しくて。
私が悩んでいる間にアレルが口を開いた。
「でもさ、それってこの国の兵士さん達が強ければってことだよね?」
ちょっとアレル!?
いくらなんでもそれは失礼すぎでしょ!
「我が国の兵を侮辱するのか?」
「うーん、そんなつもりはないけど……でも、僕ならお城にいる兵士さんたちを全員倒せるし……魔王さんが勇者と同じくらい強いなら、きっと同じことができるんじゃないかな?」
無邪気に言ってのけるアレル。
その場に極限の緊張が走る。
王は鋭くアレルを睨み、2人の兵士はガチで怒りの表情。
一触即発。何を考えているのよ、アレル!?
「いかに勇者殿、いかに子どもとはいえ、国王として聞き逃せることと聞き逃せぬ事があるぞ」
「うーん、でも、本当のことだし?」
ついに、兵士達が剣に手をかけた。
「無礼な!」
だが、アレルは慌てない。
「じゃあ、試してみる?」
アレルはむしろわざと挑発しているっぽい。
……なるほど、そういうことね。
私はアレルの意図を察する。
ここまでくると、私もアレルに乗るしかないか。
乱暴すぎるけど、武の国の王を説得するならば、確かにもっとも手っ取り早いかもしれない。
「ま、アレルの言うとおりね。こんな雑魚兵士が王様の護衛をしているようじゃね。魔王には勝てないわね」
「おのれ!」
兵士の1人が叫ぶ。
それでも剣を鞘から抜かないのは王の御前だからか、相手が勇者だからか、あるいは子どもに剣を向けることをよしとしなかったからか。
「フロル、この人達に勇者の力をみせてあげようよ」
「ええ、そうね」
国王は怒りを抑えるような表情で問う。
「どうするというのだ?」
アレルが提案する。
「この国に大きな闘技場があるよね? そこで僕らとこの国の兵士とで模擬戦――ううん、決闘をしよう。そちらは何人兵士を出してもいいよ。どうせ僕が全員倒すから」
「いいだろう。そこまで言うならば我が国の力を勇者殿に見せてさしあげよう」
こうして、私とアレルは武の国ブラネルド王国に盛大にケンカを売る結果となったのだった。
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