「大判金貨……ですか」
宿の受付にて、宿屋の主人の顔が曇る。
シルシルの言うとおり、宿の値段は3人合わせて一泊二食付で銅貨2枚を請求された。
俺は大判金貨を取り出して、お釣りをもらおうとしたのだが。
「何かマズいですか?」
「さすがに、お釣りが足りないですね。この時間ですと両替所も閉まっているでしょうし……」
要するに、10円の駄菓子を買うのに1万円札を出すんじゃねーよという話らしい。
俺もコンビニでバイトしていたことがあるので理解できる。
コンビニならば『迷惑だな』とは思っても、お釣りを出すが、この世界ではそうはいかないようだ。
「そこをなんとかお願いできませんか。この子達も疲れていますし」
ちょっと卑怯かなと思いつつ、子ども達を盾にする。
「ごちゅじんちゃま、おやどに泊まれないのぉ?」
タイミング良く、アレルが舌足らずな声を上げる。
その言葉に、主人も困った顔。
俺だけならばともかく、幼子2人を追い出すのは気が引けるらしい。
「……それでは、こういうのはどうでしょうか?
とりあえず、いったん大判金貨をお預かりします。お釣りは全額お出しできませんので、金貨5枚だけいったんお返しします。残りは明日両替所が開いてからお渡しする。ただし、両替手数料はお客様にご負担いただく」
確かに妥協案としてはそんなところだろう。
主人を信頼できるかという問題もあるが、やむをえない。
俺は彼の提案に同意したのだった。
「ところで、体を洗える場所はありますか?」
子ども達が汚れているのもあるが、俺も結構汗をかいている。
「それなら、中庭をご利用ください。お湯を入れた桶をお持ちします」
「ありがとうございます」
---------------
中庭にて。
「じゃあ、2人とも裸になって」
「なんでー?」
「2人の体を洗うからさ」
話を聞く限り、ゴボダラのヤツも奴隷に沐浴をさせていなかったわけではないようだ。
奴隷達の間で伝染病でも流行ったらヤツも大損だからな。
だが、2人が最後に沐浴してからすでに3日が経っているらしい。
「わかったぁー」
アレルは元気に答えて全裸になる。
「ほら、フロルも」
俺が促すと、彼女はちょっと嫌そうな顔をする。
「ご主人様の命令なら……」
そういって、彼女も裸になった。
……どうしたんだろう、フロル?
考えてすぐに気づく。
彼女も幼いとはいえ女の子だ。
幼児を世話しているという意識が強かったが、いきなり裸になれというのはマズかったかもしれない。
「あ、もしイヤだったら……」
下着までは脱がなくてもいい……そう言いかけたのだが、フロルはすでに裸になっていた。
なんだ、やっぱり幼児だな。あんまり気にしていないのか。
いや、それとも例の奴隷契約書の効果なのか?
前者ならいいが、後者だとしたらちょっと罪悪感がある。
とはいえ、2人の体を洗ってやらないと宿に迷惑であろうことも事実なのだ。
俺は宿屋の主人に借りたタオルをお湯につけ、絞る。
その後、アレルの体を丁寧に拭いていく。
借りたお湯は桶に1杯だけなので、無駄にはできない。
「わーい、きもちいぃー」
アレルは大喜びである。
「フロルは自分で拭く?」
「……はい」
あ、やっぱり恥ずかしそうにしている。
もちろん、俺には幼児をみて興奮するような趣味はないのだが、今後は気をつけよう。
奴隷契約書の効力がどこまで有効かは分からないが、迂闊な命令は避けるべきだと心に刻んだのだった。
---------------
最後にお湯で2人の髪の汚れを落とすと、予想通りきれいなブロンドだった。
「うん、2人とも綺麗になったね。アレルはかっこいいし、フロルは美人さんになった」
俺がそう言うと、アレルがニコッと笑う。
「カッコイイ? アレル、カッコイイ?」
裸のまま、きゃっきゃとよろこぶアレル。
うん、本当はむしろかわいいんだけどね。
男の子にはかっこいいって褒めてあげるべきだよね。
一方のフロルは複雑そうな顔で、早々に服を着ている。
やっぱり裸になれっていう命令は良くなかったらしい。
彼女は自分で着替えや沐浴もできるみたいだし、今後はこういうやりかたはやめよう。
その時、俺はその程度に気軽に考えていた。
もし、フロルが本当はどんなことを心配していたのかを知っていれば、こんなにのんきではいられなかったのだが。
---------------
その後、宿屋の食堂へ向かう。
用意された食事は、ライ麦パンと肉入りのシチューだった。
日本の食事と比べれば粗末なものだが、マズいというほどではない。
何より、元奴隷の双子にとっては大変なごちそうらしい。
「おいちーねー、フロル」
アレルは何度も『おいちー、おいちー』と大喜び。
一方のフロルはそれに頷きつつ、しかしどこか不安げだ。
というよりも、俺に対して警戒感があるといった感じか。
まだ出会って半日だもんな。しかたないか。
アレルと比べて大人びているからこそ、色々な不安があるのだろう。
「ごちゅじんちゃま……」
食事が終わると、アレルがおずおずと俺に言う。
「どうした? アレル」
「アレル、おちっこ」
あ、それは大変。
えっと、トイレはどこかな?
宿の従業員にトイレの場所を尋ねる俺。
どうやら食堂の近くにあるらしい。
「アレル、1人でおトイレ行ける?」
「うん、大丈夫」
頷いてトコトコトイレに向かうアレル。
うーん、かわいい。
どうにもほのぼのしてしまう俺。
「あの、ご主人様」
アレルが立ち去った後、フロルが大真面目な顔で話しかけてくる。
「なんだい、フロル?」
「お願いがあります」
一体何だろう?
お願いというなら聞いてあげたいが、今の俺にできることは限りがある。
すると。
フロルはその場で立ち上がって俺に頭を下げる。
「夜伽は私だけにさせてください」
「はい?」
一瞬何を言われたのか意味が分からず固まる俺。
「アレルはあの通りまだ何も分かっていません。それに男の子だし。だから、夜のお相手は私だけが……」
ま、待て、ちょっと待て。
何をすんごいことを言い出しているんだ、この幼児は。
「ちょ、ちょっと、待ってくれ、フロル」
深刻な顔のフロルに、大慌てになる俺。
つーか、他の客や宿の従業員まで俺に変な目を向けているだろうがっ!!
「夜伽って……お前、自分が何を言っているか分かっているのか?」
「分かっています。私たちは奴隷でご主人様の命令には逆らえません。でも……」
「いや、そうじゃなくて……」
なんか、彼女すごい思い詰めているっぽい。
そして思い出す。
ゴボダラが言っていた言葉。
『それともあれかい? お金持ちならではの趣味ってヤツかい?』
あれはそういう意味だったのだ。
「俺にロリコンやショタコンの趣味はねぇーよっ!!」
さすがにこの誤解はそのままにしておけない。
確かに2人はかわいいと思うが、それはあくまでも父性というか、大人が子どもを見て普通にかわいいと思う感情だ。
そんな、夜伽とか、ありえない。
「でも、前のご主人様はもしも私たちみたいな子どもの奴隷を買う人がいたら、それはそういう趣味の人しかいないって……」
幼女に何を教えているんだ、あの男は。
「ないから。そんな趣味ないから。もちろん、夜伽とか考えてもいないから」
フロルだけでなく、周囲の客や宿の従業員にも聞こえるよう言う。
むしろ言い訳がましくなってしまったかもしれないが、誤解されたままなのはぜったいにまずい。
「本当ですか?」
おそるおそるといった様子で尋ねるフロル。
「ああ、当たり前だろ」
そして理解する。
フロルがなぜ俺に対して警戒感を見せていたのか。
そんな誤解をしていれば当然だろう。
あるいは、体を洗うために裸になれと言ったり、その直後に美人さんになったなんて言ったことも、誤解を招いた理由だったかも知れない。
「わかりました。申し訳ありません」
フロルはほっとした顔でそう言うのだった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!