俺とレルスの試合の熱気覚めやらぬ闘技場。
その選手控室で、レルスは俺に言った。
「驚いたな」
「何にですか?」
「君の強さにだ。本当に素晴らしい戦士に成長した」
「でも、負けました」
「勝ち負けは重要だが、同時にどうでもいいことだ」
そうかな。
やる前は負けて当然と思ったけど、いまはものスゲー悔しい。
あと一歩だったのにという思いがある。
いや、実際には10歩も20歩も足りていないのかもしれないが。
「だが、何より驚いたのは、その強さをもってしてもアレルの役に立てないと君が悩んでいる事実だ」
そう。
今回レルスと俺が試合することになった理由。
俺がトイレで並んで用を足しながら相談したからだ。
「レルスさん、これは俺の個人的な相談です」
「なんだね?」
「かつて、俺はあなたに言われました。アレルに食らいつけ、アレルを孤独な天才にするなと」
「そうだな」
「必死にアレルに食らいついてここまで来ました。だけど……」
「アレルには追いつけない、か」
その通りだった。
確かに、俺は普通の戦士の10倍のスピードで強くなっているかもしれない。
だが、あいつは100倍か、1000倍のスピードで強くなっている。
そう訴える俺に、レルスは尋ねる。
「それで?」
俺はそこから一気に語った。
「グチることが目的ではありません。あの時みたいにあなたに甘ったれるつもりも。だけど、アレルにはできなくて俺にできることが必要なんです。
あいつは……アレルは苦しんでいる。
ショートのことだけじゃない。王都で人が死ぬのを見て、アイツ自身も自分の限界を感じて。
だけど、アイツは最強だから頼れるやつがいない。
俺はアレルを助けたい。そのためには食らい付くだけじゃダメだ。アイツの下位互換のままじゃどうにもならない。
あいつにはない、俺だけの武器がいる。
俺のためじゃない。アレルのために。だけど、それがなんなのか分からない。
俺は剣しか知らない。たとえ、ソフィネあたりに弓を習っても、今度はソフィネの下位互換になるだけだ」
そこまで聞いて、レルスは言った。
「わかった」
と。
そして、俺に闘技場での試合を申し込んできた。
その結果がさっきの試合だったわけだ。
試合が終わって、レルスは言う。
「ライト、アレルは強いか?」
「はい」
「君が、あるいは私が今のアレルと決闘したらどうなる?」
その問いに、俺は数秒考える。
「失礼かもしれませんが、俺とあなたの2人がかりで挑んでも、たぶん――いいえ、まず間違いなく負けます」
そう。
アレルはもう、そういうレベルだ。
「なるほどな。私も甘かったか」
「え?」
「アレルの――勇者の才能を甘く見すぎた。私ごときの悩みと同じと思っていたとはな」
レルスは天才だ。
それ故に孤独だった。
だが、わずかに自分と同じ程度の天才はいたという。
「アレルは違う。彼と同じレベルの天才は、それこそ魔王の片割れだけなのだろう。ならば、私の孤独とは似て非なるものだ」
「そうかもしれません」
「確かに今の君にはアレルと違う力が必要だろう。なによりも、勇者のために。そして、そのヒントは先ほどの試合のなかにあった」
レルスの言葉に、俺は身を乗り出す。
「本当ですか!?」
「ああ、このまま剣士として力を身につけても、君がアレルに追いつくのは難しいかもしれない。だが、確かに弓など全く違う武器に鞍替えするのも悪手だろう。
剣に似ていて、それでいてアレルには扱いきれない武器。私に1つ心当たりがある」
「それは一体!?」
「今から私の知り合いの店に行こう。アレル達も一緒にな」
そして、俺たちは王都の西地区にやってきた。
この辺りは商店街らしい。
あらゆるものがそろっている。
食料品、衣料品、宝飾品、薬、道具、魔石、馬やコッコなどの動物。
そして、武具も。
クラリエ王女は大はしゃぎ。
「すっごいわねぇ~、たのしー」
フロルが言う。
「クラリエ様、迷子にならないでくださいね」
「わかっているわよ! でも、今だけだから」
「今だけでも迷子になられたら困ります!」
「だから、迷子にはならないわよ。でも、私がこういうところに自由に来れるのは、今日が最後なのよ」
あ。
俺たちは気づく。
今ごろ、タリア達が王女の到着をお城に報告しているはずだ。
そうなれば、明日から――いや、今日の夜からでも、彼女は『王女』としての振る舞いが求められる。
旅に出る前と同じか、あるいは他国の王子に嫁ぐ以上、それ以上に自由を奪われた生活が始まるのだろう。
こんな風に1人の冒険者として商店街で遊ぶなんて、もうできない。
フロルもそれは理解しているのだろう。
「まったく」
といいつつも、クラリエ王女にそれ以上は何も言わなかった。
実際、アレル、俺、さらにはレルスまで一緒なのだ。
迷子になりそうになっても『気配察知』ですぐに見つけられる。
そんなこんなで、レルスに案内されてやってきたのは……
フロルがうさんくさげに言う。
「なに、この店?」
実際、その店は怪しいことこの上ない。
昼間だというのに店内は暗く、売り物がほとんど置かれていない。
店奥に店員の気配はするが、他の店のように「いらっしゃいらっしゃい」みたいな呼び声はない。
むしろ、顔も見えないのに警戒心が感じられる。
つーか、本当に店なのか?
警戒する俺とフロルに対して、ソフィネとクラリエ王女は……
「ふーん、掘り出し物がありそうな店ね」
「なんか、わくわくする!」
だ、そうである。
クラリエ王女はともかく、レンジャーのソフィネが『掘り出し物がありそう』というからには、何かあるのだろうか。
いや、何もなければレルスが連れて来るわけがないのだが。
と、アレルがめざとく店の中の数少ない売り物に駆け寄る。
「これっ!」
アレルが手を伸ばした先にあるのは短剣。
どうやら、ここは武器と防具の店ではあるらしい。
暗い店内に、確かにいくつもの武具がある。
アレルが手を伸ばした短剣は……
が、店の奥から低温重厚な声がした。
「さわるんじゃねぇよ、ガキ」
奥から現れた店員。
少し異様だ。
なぜなら、背の高さがアレルと同じくらいなのだ。
だが、子どもではない。
なにしろ、口の周りには立派なひげが大量に蓄えられている。
ひょっとして……
俺と同じ事に気がついたらしい、ソフィネがつぶやく。
「ドワーフ」
そう。
初めて見るが、彼の外見は話に聞くドワーフのそれだった。
その大半が地底の洞窟に住むといわれているはずだが。
「だったらどうした?」
「別にどうってことはないわ」
「そうかい。この店はガキの遊び場じゃない。帰れ」
だが、そんな彼にレルスがいう。
「ゲオドロス、そう邪険にしないでやってくれ」
「うん? お前レルスか。久しぶりに現れたと思ったらガキのお守りか?」
「彼らはただの子どもではない。そこの2人の少年は、この大陸で3本の指にはいる剣士だ」
「はははっ、そりゃあ面白い冗談だ。だとしたら、このガキどもは、あんたに次ぐ2位と3位ってことになるぞ」
レルスは苦笑する。
「さて、どうだろうな」
「……マジなのか?」
「ああ」
「…………」
店員――ゲオドロスはアレルを見る。
「おい、チビ」
「僕はチビじゃないよ」
「名前を知らん」
「アレル」
「そうか、アレルよ。なぜその短剣が気になった? 店には他にも武器がある。もっと強そうなヤツもあるだろう?」
その問いに、アレルは少し悩む。
「うーんとね、強そうな武器と、強い武器はちがうから」
その答えに、ゲオドロスは目を丸くする。
そして笑い出す。
「なるほどな。少なくとも武器を見る目は確かなようだな。もっとも、戦士としての能力か、レンジャーとしての能力かは分からないが」
「僕はレンジャーじゃないよ。レンジャーはソフィネだもん」
「なるほど。お前ら、ウチの店で買い物したいなら冒険者カードを見せな」
なに?
どういう意味だ?
「ウチの店は冒険者以外には売らない。冒険者でもザコには売らない。紹介がないヤツにも売らない。分かるか?」
それだけ、特別な店って事か。
レルスにも促され俺たちは自分たちの冒険者カードを提示する。
「なるほどな。1人を除いて確かにすごいガキどもだ」
その1人っていうのはクラリエ王女のことだろう。
フロルがいう。
「クラリエ様は護衛対象なので」
「……そうか。しかし、この名前……」
まさか、クラリエ王女の身分に気づいたのか?
「いや、なんでもない。いずれにしてもお前らは合格だ。店の中を見るがいい」
ゲオドロスは俺たちを今度こそ客として受け入れた。
「ゲオドロス、例の武器を見せて欲しい」
「例のといわれてもな。ウチには特別な武器がたくさんある。剣か? 弓か? ヤリか? オノか? 棍棒か? 杖か?」
「そのいずれでもない」
「錫杖でも、鉤でも、爪でもないんだな?」
「ああ」
「わかった。地下についてこい」
ゲオドロスはそういって、地下へと続く階段に向かって叫んだ。
「おい、ちょっと店番しろ」
どうやら、地下にいる別の店員に言っているらしい。
地下から別のドワーフが現れた。
胸があるので女性か?
ドワーフは女性でもひげがあるからわかりにくいけど。
「いったいなんだっていうんだい?」
「客を地下に案内する」
「なんだと? って、レルスか。なら、しかたないね」
ゲオドロスに案内され、レルスと俺は地下の階段を降りる。
そこで、俺は新たな武器とであったのだった。
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