国王との面会の後。
俺とライトは再びララルブレッドが捕えられている地下牢へとやってきた。
アレルとフロルは王城内の一室で控えてもらっている。2人のことはソフィネに任せた。
何となくだが、今回は子ども達を連れてきたくなかったのだ。
ライトにも待っていてもらおうかと思っていたのだが、彼は俺に着いていくと言い張る。
俺のことが心配らしい。単純に信用されていないのかもしれない。
いずれにせよ、近衛兵に案内されて地下牢までやって来て。
俺はアレル達を連れてこなくて正解だったと心底思うことになった。
ララルブレッドは尋問官によって調べられていた。
いや、これはむしろ尋問と言うより拷問だな。
嫌な臭いが広がっている。
汗の臭い、血の臭い、排泄物の臭い。
人の体臭の嫌な臭いが大量に漂っている。
2人の初老の尋問官が持つ鞭やらペンチっぽい物やらをみるだけで、この短時間にどれほど過酷な尋問をしたかが見て取れる。
アレルやフロル……いや、ソフィネもここに連れてこなくて本当に良かった。
ララルブレッドは拘束され、女性としては屈辱的な姿にされていた。
体には無数の鞭の痕。さらに残された腕の指は明らかに曲がってはいけない方向に反り返っている。
アレルとの戦闘とは別に、苦痛を与えるための傷が付けられているのが分かる。
ライトも露骨に顔をしかめているし、それは俺も同じだ。
尋問官の1人が俺に話しかけてくる。
「勇者様ですかな?」
「いや、俺達は勇者の仲間かな」
「ほう。なるほど」
尋問官は頷き、言う。
「そちらでも尋問されたいとのことですが」
「ええ、いくつか聞きたいことがありますので」
「もちろんかまいません。しかし……」
そこで尋問官は言葉を句切る。
俺を試すかのように、ジロジロ見た後、言う。
「……無駄かと思いますよ?」
どういう意味だ?
「とりあえず、こちらへ」
尋問官は俺達を牢の近くの小部屋へと案内する。
牢で話せばララルブレッドにも聞かれてしまうからだろう。
扉が閉められたのを確認し、俺は尋問官に問う。
「彼女がなにも話さないということでしょうか?」
「『なにも話さない』というのは語弊がありますな。当たり障りのないことは話します。が、しかし……」
尋問官の言葉をライトが引き継ぐ。
「重要なことは話さないってか」
「ええ、まあそうですな。我々プロが行なっても重要な情報は得られておりません。お二人では難しいかと」
うーん、確かになぁ。
別に俺は尋問の専門家でも、メンタリストでもないし。
俺は尋問官に問う。
「単純に拷問するのではなく、薬とか魔法とかで聞き出す方法は無いんですか?」
「尋問用の魔法は聞いたことがありませんな。むろん、苦痛を際限なく与えるための回復魔法はつかっておりますよ。薬というならば、確かにありますが、それは最終手段です」
「最終手段?」
「確かに吐かせるための薬はありますが、使用後数刻で廃人となってしまいます。廃人となった後は何一つ情報を得られなくなります故」
なるほど。
この世界の自白剤はそういうかんじなのか。
俺がどうしたものやらと考えていると、ライトがやや挑発気味に言う。
「それをなんとかするのがあんたらの仕事だろ?」
「そう言われてしまいますと、返す言葉も難しいですな。ただ……」
彼は俺やライトに少し挑戦的な目を向けた。
「……そもそも情報源が一人では尋問は大変難しいのです。考えてみてください。仮に彼女が『魔王はどこそこにいる』と吐いたとして、それが正しいのか、偽りなのか、あるいは知らぬにもかかわらず苦痛から逃れるためにでっち上げた情報か。それを判別するのは容易ではございません」
そりゃあ、そうだろうな。
「でも、あんたらプロだろ?」
問うライトに、彼らは苦笑する。
「常道としては、2人以上を別々の場所で尋問し、双方の言に矛盾が無いか、あるいは矛盾点がどこにあるかを調べ上げます」
そうだろうな。
日本の警察とかだって、複数の証言の矛盾点を調べるのが基本だろう。
犯人だけでなく、目撃者なども含めてだが。
いや、もちろん、日本の警察は尋問はともかく拷問はしないと思うが、たぶん。
「ですが、今回の場合、捕えられたのは1人きり。しかも聞き出すべきは王都でのことというよりは、むしろ南大陸や魔王、魔族の動向などもとより情報が少ないことばかり。得られた証言の信憑性を確かめる術がほとんどないのです」
いわんとすることはわかる。
たとえば、ララルブレッドが『魔王は南大陸の中央の村にいる』とこの場で言ったからと言って、その発言に一体何の価値があるというのか。
はっきりいって、何の価値も無い。
なにしろ、真実かどうかまったくわからないのだから。
絶対に嘘だと言い切れるならば、あるいは『魔王は南大陸の中央以外にいる』となるのかもしれないが、嘘だという証拠もないわけで。
「せめて、現れたというもう1人の戦士に自殺されていなければ随分と違ったのですが」
若干、俺達を咎めるような口調。
確かに、その点は俺達の……とくに俺のミスかもしれない。
どうにもムカつく言い方ではあるが。
案の定、ライトが噛みつく。
「俺達が悪いって言うのかよ?」
「いえいえ、まさか。勇者様方を責めるようなつもりはございません。ただ、我らの仕事はやりにくくなったなとは思いますが」
「てめぇ」
挑発するかのような尋問官の言葉に、ライトが怒りの表情。
「せめて、自殺した戦士がどのようなことを言っていたのか教えてほしいものですな」
「だれが、お前らなんかに教えるか!」
「ほう、すると何かは言っていたのですな」
……これは。
「ライト、よせ」
俺はさらに文句を言おうとするライトを制する。
「なんでだよ」
「これも尋問のテクニックだ」
「え?」
「相手を怒らせて本音を探ろうって奴だよ」
「……あっ」
俺の言葉に、ライトもハッとした表情。
そう。
俺達はララルブレッドの尋問に来たはずが、いつの間にやら尋問官に尋問されていた。
確かに彼らは尋問のプロらしい。
「いえいえ、まさか、そんなつもりは」
ヘラヘラと笑う尋問官。
全く信用できない。
俺は結論を出す。
「わかりました。プロのあなた方が尋問しても分からないと言うことならば、俺達が彼女になにを聞いても無駄でしょう。ここはお任せしますよ」
俺はそれだけ言うと、立ち上がり、地下牢を出ることにした。
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地下牢を出て。
ライトが俺に問う。
「いいのかよ、あれで?」
「しょうがないだろ」
「ララルブレッドへ俺達はなにも聞いていないぞ」
「聞いても無駄だ。あの尋問官の言うとおり、真偽を判断できない。それに……」
「それに?」
「俺達が彼女に何かを聞くこと自体、彼らの手のひらの上だ」
俺達がする質問が、そのまま尋問官にとって貴重な情報になってしまう。
同席するなと言って無駄だろう。
拒否されるか、されないならば盗聴なりされるだけだ。
別に、尋問官と敵対しているわけではないが、余計な情報を与えたい相手ではない。
「じゃあ、どうするんだ? 気になることがあったんだろ?」
「まあな」
色々ある。
だが、それを聞くべき相手は、おそらくララルブレッドではない。
「別の人物に聞く」
「誰だよ?」
「そうだな。この後、教会に行くよ」
「ああ、そういうことか」
そう。
尋問官もライトも、勇者ですら話しかけられない相手。
俺をこの世界に招喚した幼女神様。
シルシルに聞くのが一番良いだろう。
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