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(ライト/一人称)
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レルス=フライマント。
大陸一の戦士、生きる伝説、最強の人族……
彼を示す二つ名は多く、そのどれもが彼こそが最強の戦士だと語っている。
そして、それは正しいのだろう。
あのクソゲームマスターが戦乱のために仕込んだ『勇者と魔王』という例外を除けば。
俺は今から彼と試合をする。
勇者でも魔王でもない俺が。
俺とレルスは向かい合う。
試合のルールで、2人とも剣は鞘に収めている。
審判が合図するまで、剣は抜かない決まりだ。
もう一つ、先ほど俺もレルスも会場専属の魔法使いから、『ダメージ半減』の魔法をかけられている。
フロルの『金剛』と違ってダメージを無効化はしないが、回数制限なく1刻ほどのあいだ文字通りダメージを半減させる。
決闘とは違い命のやりとりはできるだけ避けて、だが全力を持って戦うための魔法だ。
もちろん、回復魔法の使い手もスタンバっている。
俺はレルスと握手した。
彼は笑みも浮かべずに俺に言った。
「よろしく」
「ああ、よろしく」
返事をした後、俺はさらに続けた。
「やるからには勝つつもりで行く」
「当然だ。そうでなければ意味がない」
審判が叫ぶ。
「はじめ!」
俺は走る。
剣は抜かない。
鞘から抜くスピードは、レルスの方が上だろう。
なにしろ、彼が持っているのは長年使った愛剣。
俺の剣はイラルネで買った安物のままだ。
だから、俺はあえてレルスに向かって駆けた。
放つのは回し蹴り。
かつて、アレルと初めて模擬戦をしたとき、アイツを蹴飛ばした単純な蹴り。
あの時のアレルには通用した。
その後、俺も修行をしたけど、今のアレルには通じない。
ならば、レルスには?
俺の『俊足』に彼も剣を抜くのは諦め、右腕で俺の蹴りをあっさりうけとめる。
そりゃあそうだ。
大陸一の戦士。
そのくらいして貰わなくちゃ困る。
だが。
「むっ」
レルスの顔に少しだけ驚きが見て取れる。
俺の蹴りが予想外に強かったからだろう。
剣ではアレルに勝てない。
だが、格闘技ならまだ少しだけ分があると思っている。
ならばきっと、レルスの腕にもダメージを与えるくらいはできる。
俺は蹴りの勢いそのままに後ろに飛び退く。
それから、俺は剣を抜いた。
レルスもまた剣を抜こうとするが、ほんの一瞬だけ俺の方が早い!
俺が最初に回し蹴りしたのはこのため。
レルスが右腕でうけるのは想定内。
だが、ほんの少しでも右腕にダメージを与えられれば。
鞘から剣を抜くスピードで勝てる!
俺はそのまま、『光の太刀』を放つ。
「はぁっ!!!」
レルスのすさまじい気合い。
それだけで、俺の『光の太刀』は霧散した。
(やっぱりすげーな、このおっさん)
気合いだけで『光の太刀』をかき消すなんてマネ、俺にはできない。
もしかすると、アレルにもできないかもしれない。
俺はかまわず『光の太刀』を連射。
レルスはかき消そうともしない。
最小限の動きで躱しながら迫るレルス。
「攻撃が一本調子だぞ!」
分かっているよ!!
俺は光と土煙に紛れながら次の行動。
レルスの目の前で、俺の姿が跳び上がる。
レルスの身長の5倍は高く跳躍した俺の姿に、レルスも素直に感嘆する。
「素晴らしい跳躍力だ。私にはできんな。だがっ!」
レルスが剣を構える。
『光の剣』の構え。
上空に跳び上がった人間など恰好の的でしかない。
――と、考えてくれる程度の相手なら勝てたんだけどな。
「なるほどな」
レルスはその場から飛び退いた。
レルスの背後に迫っていた、俺の『光の太刀』はあっさり目標を失ってしまった。。
「……すばらしいぞ。『俊足』からの『分身』ではなく、『気分身』とはな」
ちっ、バレたか。
『闘気』をつかって自らの幻を作り出すスキル。。
『分身』との最大の違いは、分身体に自由な動きをさせられることだ。
レルスの目の前で跳躍したは俺ではなく、俺の分身体。
俺自身は『光の太刀』を放ちつつ後方に逃げていたのだ。
「『隠匿』や『陰影』のスキルも素晴らしい」
『隠匿』は『気配察知』から逃れるためのスキル。
『陰影』は『俊足』や『分身』の応用で、高速で動くことにより自らの姿を消すスキル。
(どっちも奥の手だったんだけどな)
アレルにすらこのコンボは見せたことがない。
いつか、アイツに一矢報いるために考え出したとっておきだ。
アレルが観客席にいる中で、それでも使ったのはレルスがアレルに次ぐほどの強敵だからなのだが。
「太陽の下でなければ、見破れないほど見事だった」
どういう意味だ?
「『気分身』で作り出した分身体には影が存在しない。知らなかったか?」
「知っているさ。知らなかったのは、あそこまでやって、とっさにそれを判断できる戦士がこの世にいるって事実の方だ」
実際、あの戦闘のさなか、土埃が舞う試合会場で『影が存在しない』ということにどれだけの戦士が気づけるか。
俺だって相手に同じ事をされたら見破る自信はない。
アレルにだって無理かもしれない。
「君ほどの戦士、私は他に3人しか知らない」
「それは光栄というべきか? 他の2人が誰だかしらないけど」
「決まっている、勇者と魔王と、そして……」
レルスはそう言って俺に迫る。
「私自身だ!!」
レルスの振り下ろした剣を、俺は自らの剣で受けてしまう。
受けてすぐに『しまった』と感じる。
純粋な力勝負では勝ち目がない。
それが分かっているからこそ、回し蹴りで奇襲し、『気分身』や『透明化』のコラボまで使ったのだ。
こういう、力と力の勝負に持ち込まれたらっ……
「くぅっ!!」
レルスは『連撃』いや、『大連撃』を繰り出してくる。
俺はそれを受け止めるだけで精一杯。
力で押し負けている。
なんてこった。
『連撃』系のスキルは、1撃が通常よりも軽くなるという弱点があるはずなのに。
両手がジンジン痛んでくる。
このままじゃ……
いったん距離を……いや、ダメだ。
レルスの『俊足』はかなりのレベルだ。
俺よりも少しだけ遅いかもしれないが、距離を取るスキまでは。
その時、なぜかふとよみがえった言葉があった。
『剣で敵を倒す現実的な方法は、潰す、薙ぐ、突くだ。最後の手段として投げつけるというのもあるが』
ミリスの……俺の師匠の声。
剣を投げてもレルスには通じない。
だが。
最後の手段を超えた、究極の最後の手段があるとしたら!
レルスの剣が俺の剣をなぎ払おうとしたとき。
俺は剣を握っていた手を開いた。
投げたのではない。
ただ、その場で剣を放しただけだ。
そして、身を思いっきりかがめる。
レルスの剣になぎ払われた俺の剣が、遠く客席の方まで飛んでいく。
「なんだと……」
その結果、レルスの剣は勢いが強くなりすぎ、彼はほんの少しバランスを崩す。
一瞬で体勢を立て直すレルス。それはさすがとしか言い様がなく。
だが、その『一瞬』このレベルの戦いにおいて、致命的なスキだった。
俺は右手に力を込める。
俺が使ったのは『正拳突き』
剣士ではなく、武闘家のスキル。
アレルは覚えていない技だ。
レルスの腹部に、俺の拳がねじり混まれた。
「がっ」
レルスは口から唾と苦悶の声を発し……
だが、同時に彼の剣が俺の首根っこに当てられた。
その気になれば俺の首をはねることができた形。
それをしなかったのは、これが試合だから。
つまりそれは。
「……負けました」
俺は潔くそう言うほかなかった。
しばらく会場内がシーンっとなり。
それから、審判がハッとした顔になって叫んだ。
「勝者、レルス=フライマント」
会場が、ものすごい拍手とざわめきで沸き立ったのだった。
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