フロルは自身に『金剛』をかけなおしてから言う。
「先に進みましょう」
死にかけたばかりなのに、あっさりそういうフロル。
ソフィネも「そうね」とうなずく。
6歳のチビっ子が、一瞬前に直面した死をこうも乗り越えられるというのが、私には信じられなかった。
「ちょ、ちょっと、フロル」
「なんですか、クラリエ様?」
「いや、『なんですか』って……あなた、今、死にかけた……のよね?」
「まあ、一歩間違えば最悪その可能性もあったということです」
「それなのに、なんでそんなに平気な顔をしているのよ!?」
私が言うと、フロルは困った顔。
「なんでといわれても……。ダンジョンに入った時点で死ぬことのリスクはある程度織り込み済ですし」
「え、え、ええ!?」
「最初から言っていますよね。ダンジョンは命がけの場所だって」
淡々と言うフロル。
「そんなところに、冒険者は毎回入っていくわけ!?」
「まあ、レベル2以上なら……」
私は膝がガクガク震えるのを自覚した。
自分がこれまでどんなにお気軽だったか。
『冒険者になりたい』とか『ダンジョンに行きたい』とか、何も考えずよく言ったものだ。
みんなに馬鹿にされて当然だった。
ソフィネが言う。
「とにかく、急ぎましょう。さっきクラリエ様が仰ったように、動かないでいることが一番危険です。制限時間も、もう1/3くらい経ってしまいましたから」
私も慌てて自分の思念モニターを確認する。
タイムリミットは近づいていた。
「わ、わかったわ」
全身が震えそうだ。
叫びだしてしまいそうな自分を奮い立たせて、私は歩き出した。
実際のところ、私たちは運がよかったらしい。
ほんの少し歩くと、次層へのオーブを見つけることができたのだ。
「どうするの?」
「ここでアレル達を待ちます」
「探しには行かないの?」
「『山道』のダンジョンは入り組んでいるタイプです。下手に動かない方がいいでしょう。私たちがここで待っていれば、アレルの『気配察知』で見つけやすくなるはずですから」
たしかに、理にはかなっている。
「タリア達が先に行っちゃったなんてことは……」
「それはありえません。タイムリミットまで余裕がるのに、全員がそろわないうちに次層へ行くなどセオリー外もいいところです。いくらアレルでもそれはしないでしょうし、仮にしようとしてもタリアさんが止めると思います」
確かに。
アレルはフロルを置いては行かないだろうし、タリアやランディは私を置いてはいかない……と信じたい。
フロルはソフィネに尋ねる。
「ソフィネの『気配察知』にアレル達はひっかからない?」
「……いまのところは。私のスキルレベルは低いしね」
となると、待つしかないか。
「仮にタリア達が制限時間内にやってこなかったら?」
「その時は、私たちだけで次層に行くしかないですね」
「えーっと、その場合、タリア達は……」
「毒ガスで終わりです」
「そんなっ!」
「ま、アレルの『気配察知』なら私たちを見つけるのは簡単ですし、そうそうめったなことはないと思いますけど」
そ、そうよね。
あのちびっ子勇者ならどうにでも……
だが、ソフィネが言う。
「もっとも、アレルはレンジャースキルを持ってないし、罠を踏んだりしなければだけどね」
「罠ってどんな?」
ソフィネとフロルが言い合う。
「睡眠の罠でアレルが寝ちゃうと危険ね。そこにモンスターが襲いかかったら、タリアさんだけでどうにかできるか……」
「爆破の罠も危ないわね。アレルなら耐えるでしょうけど、ランディさんが踏んだら重傷になりかねない」
「確かに、『金剛』は罠でのダメージには無効だしね」
「当然、もう一度転移の罠に引っかかるのも危ないわね。アレルとランディさんが引き離される可能性もそうだけど、ここに来る直前に踏んでしまうと時間切れのリスクがあるわ」
いやいやいや。
そんな、次々と不安になることを言わないで欲しい。
「それに、私たちもまだ安心はできない」
「え?」
「来たわよ。モンスター。こんどは1匹だけど、大物っぽいわ」
ソフィネが言ったとき。
私たちが歩いてきたのとは反対の道から、巨大なモンスターが現れた。
そのモンスターは、大人の背丈の3倍はあった。
一見すると猿のような二足歩行の獣。しかし猿なら髪の毛があるべき場所に、赤い炎が燃え上がっている。
ソフィネが問答無用でモンスターに弓矢を連射。
だが。
モンスターは両手を振りかぶり、炎の弾を連続で投げつけてくる。
私は誰ともなく抗議。
「なんで思念モニター使わずに魔法使えるのよ!?」
「モンスターはそういうものです!」
フロルは答えながら思念モニターを操作。
ソフィネが放った矢のほとんどは火炎の弾によって燃え尽き、私たちの方へと火炎の弾が迫る。
「くっ」
フロルが魔法を発動。
私たちの前に水の壁が現れる。
炎の弾はほとんどは、それで勢いを失った。
が。
わずかに残った炎の弾が私達に迫る。
「クラリエ様!」
フロルは叫び、私の前に。
自らの体を盾にして、私を護るフロル。
フロルの体に、2発の炎が。
『金剛』の魔法は2発目のダメージを防がない。
フロルの右肩が、服越しに焦げていた。
「フロル! なんで……」
「いったでしょ、今の私たちの仕事はあなたの護衛だって」
苦しげにしながら言うフロル。
一方、ソフィネの方は炎を1発受けただけで無事だったようだ。
もっとも、これで彼女の『金剛』も解除されただろう。
「くっ」
ソフィネはさらに矢を放つ。
モンスターも連続して炎は投げられないのか、矢を忌々しげに両手で払う。
何本かはモンスターに刺さっているが、致命傷にはほど遠いらしい。
フロルは思念モニターを表示して魔法を使おうとする……が。
右腕が動かない様子だ。
やむなく左腕で思念モニターを操作しようとしているが、利き腕でないので入力に時間がかかっている。
フロルが魔法を入力し終える前に、モンスターが両手を空に掲げる。
モンスターの上空に巨大な火炎球。
ソフィネが悲鳴。
「まずい!」
さっきの炎とは大きさも熱量も桁違い。
そのぶん、1発だけしか放てないっぽいけど。
ソフィネは矢を放ちまくってモンスターを止めようとしている。が、モンスターは致命傷にならぬと知ったのか無視を決め込んだらしい。
フロルの魔法は――まだみたい。
(どうする? どうしたらいい!?)
モンスターが巨大な火炎球を私たちに投げつけてくる。
ソフィネも、フロルも、もう『金剛』はとけている。
ソフィネの弓ではとめられないし、フロルの魔法はまだ……
私はとっさに走った。
2人より前に出て、火炎球から2人をかばう。
背後からソフィネの悲鳴じみた声。
「クラリエ様!?」
私は言う。
「私にはまだ、『金剛』がかかっているわ」
目の前が真っ赤になる。
フロルの『金剛』は確かに効いている。
本来なら私のHPなど焼き尽くすはずの火炎球。
だが、今は『かなり熱い』程度だ。
全身を火傷しているかもしれないけど、フロルの右肩ほどじゃない。
火炎球が消えたその時、フロルの魔法が放たれる。
すさまじいまでの吹雪の魔法は、炎の猿を凍らせる。
モンスターはその場で凍り付いたのだった。
「クラリエ様、大丈夫ですか!?」
ソフィネが駆け寄ってくる。
「ええ、なんとか。フロルは?」
「とりあえず、回復魔法を……」
言いかけたその時だった。
モンスターを凍り付かせた氷にひびが入る。
「え!?」
ソフィネが舌打ち。
「しまった! 魔石化していないのに油断した」
そうだ。
ダンジョンのモンスターは死ねば魔石になる。
そうなっていないということは、フロルの魔法はトドメになっていなかったってこと。
フロルの怪我はまだ回復していない。
ソフィネの弓は……そもそも、もう矢がほとんど残っていない。
モンスターが怒りの咆哮を上げる。
マズイ!
『金剛』はもう3人とも解除されている!
モンスターは私たちに炎の弾を投げようとし――
――次の瞬間『山道』のダンジョンに響いたのはモンスターの断末魔だった。
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