現れた巨大セルアレニは怒りにまみれていた。
いや、蜘蛛だか蛇だかの感情なんて、俺には分からないが、それでもヤツが怒っているのだと、もっと本能的に感じ取れた。
まるで、子どもを殺された母親かのように――
いや、『ように』ではないのかもしれない。
ここにいたセルアレニ達はヤツの子どもだったのかも。ヤツは子ども達に与える餌か何かを探しに巣を留守にしていて、戻ってきたら俺達がヤツの子ども達を殺していた。そういうことなのかもしれない。
「ミリスさん!」
フロルがミリスにかけより思念モニタを弄り出す。
ミリスの体力を回復させるつもりらしい。
だが。
ミリスがそんなフロルを制する。
「フロル、今使うべきはその魔法じゃない!」
他人の思念モニタの文字を読むことはできないが、ミリスはフロルが自分を回復させようとしていることを悟ったのだろう。その上で、使うべき魔法はそれではないと言ったのだ。
フロルはハッと目を見開く。
そして、すぐに入力を始める。
フロルは頭のいい子だ。ミリスの言いたいことをすぐに理解したらしい。
フロルが使った魔法は『氷球弾』
もちろん、狙うは巨大セルアレニ!
だが。
巨大セルアレニはこれまた特大な蛇の手で、『氷球弾』を振り払った。
「弱点じゃなかったのかよっ」
苦々しく言いながらも、俺は一方でそうだろうなとも思っていた。
いくら氷系が弱点だとしても、元々の強さに差がありすぎる。
氷系が弱点の大魔王に、初級の氷魔法を一発当てて倒せるなら誰も苦労しない。
と。
アレルが振りかぶる。
『風の太刀』や『光の太刀』を何発も繰り出す。
だが。
それまたヤツにはまるで効かない。
その様子を見ていたミリスが、荒い息をしながら俺に言う。
「ショート」
俺はミリスに駆け寄る。
「喋っちゃだめです。傷口が広がる。もう『怪我回復』は……」
「いいから聞け。今すぐ双子を連れて町に逃げろっ」
「え?」
「私が少しでもヤツの気を引くから逃げろと言っている!」
それはつまり――
ミリスを……もちろん、バーツやカイも見捨てて、3人で逃げろってことか!?
「そんなこと……」
「フロルもお前ももうMPはないんだろう!? 片腕では私もほとんど戦えん。アレル1人で奴を倒せると思うのか!?」
「それはっ……」
「それに、ギルドに奴のことを伝えねばならん」
「だって、ライト達が……」
「ライト達が伝えたのは2メルほどのセルアレニの情報だ。このままでは討伐隊を組んでも、討伐隊が全滅するっ!」
そうだ。
ライト達の情報を元に組んだ討伐隊では、巨大セルアレニは倒せないかもしれない。
あんなやつ、それこそレルスあたりを呼び戻さなければ無理かも。
俺達の話は、アレルとフロルにも聞こえていたらしい。
いや、ミリスは聞こえるように言ったのだろう。
だが。
「やだっ!」
アレルは叫ぶ。
「アレルっ! 聞き分けろ!」
ミリスが叫び返す。
「ぜったいにヤダっ!」
「フロルとショートが町まで戻るには、お前の力が必要だ」
そう、俺やフロルはもうほとんど戦えない。町まで戻るとして、戦力はアレルしかいない。
「あんなやつ、アレルがたおしゅもんっ!」
「そうだ。お前が奴を倒すんだ。町に戻って、ショートやフロルのMPも回復させて、他の冒険者の力も借りてっ!」
自分は見捨てていけ。今は逃げろ。
ミリスの言葉の意味がそうであることは、アレルも理解している。だからこそ、頷かない。
ポロポロと涙を流し、「やだもん、ぜったいにげないもん」と言い続ける。
「フロルっ! 君は分かっているだろう。今は逃げるときだと」
「それは……」
フロルは最初から引き際を考えていた。
だが、その引き際がこんな形でやってくるとは思っていなかったはずだ。
バーツやカイだけならともかく、ここまで一緒に戦ってきたミリスを見捨てるなど、彼女だって決められない。
「ショートっ!」
俺は。
俺はっ。
俺は……
泣きながら「やだやだ」と言い続けるアレル。沈黙をたもつフロル。
巨大セルアレニはそんな俺達をあざ笑うかのように近づいてきている。
逃げるなら、今しかない。
「アレル、フロル、逃げるぞっ!」
俺は叫んだ。
他に方法はない。
「ごちゅじんちゃま!?」
アレルが泣き叫ぶ。
「命令だ、アレル!」
奴隷契約書はもうないけど。それでも、ここで双子を殺すわけにはいかない。
日本で俺が蘇生するためなんかじゃない。たった5歳の、この未来の勇者達を殺すことだけは絶対にできないっ!
「……わかった」
アレルもわかっているのだ。
自分1人で巨大セルアレニを倒すことは無理だと。
だから、頷いた。
ポロポロ泣きながら、頷いた。
「いい子だ、アレル。お前は私より強い。将来はレルス=フライマント殿よりも強くなる。誰よりも強い勇者になれる子だ」
ミリスはそう言って、立ち上がる。
立ち上がれば死期が早まることなど分かっているだろう。それでも立ち上がり、右手だけで剣を持つ。
巨大セルアレニを睨み、最後の――絶望的な戦いに挑もうとしている。
俺達を逃がす時間稼ぎのためだけの戦いに。
「行け! アレル、フロル、ショート」
その言葉に、俺達は走り出し。
だが、そんな俺達を、巨大セルアレニは見逃さなかった。
奴は再び先ほどの針で俺達を攻撃してきた。
その針は、俺の右腹を貫いたのだった。
「ごちゅじんちゃまっ!!」
「ショート様!」
絶望的な2人の声が遠のいていく。
ああ、ダメだ。これは俺も死んだな。
今死んだらどうなるんだろう。シルシルは俺を日本に蘇生させてくれるのだろうか。それともあの幼女神様は役に立たなかった俺のことなんて放置かな。
意識が薄れゆく中、俺は最後に思う。
――逃げろ、アレル、フロルっ!
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