俺の目の前で、人が死んだ。
アレルが殺そうとし、それは止めたものの最後は自殺した。
その事実に俺は自分でも驚くほどショックを受けていた。
考えてみれば、人が死ぬところを見るのは初めてだった。
日本でも、エンパレの街でも、王都までの旅でも、俺は人の死と関わらずにいられた。
人の死。
それも、殺し合いの――いわば、戦争の結果として。
頭の中が真っ白になる。
気がつくと、地面に膝を突いていた。
動けない。
体が震える。
なんだ、これ。
死んだのは敵だぞ。
街を焼き、俺達を殺そうとしたヤツだぞ。
それなのに、ショックを受ける理由があるのか?
理屈はその通りだ。
だが、それでも。
戦いで人が死んだという現実に、俺は打ちのめされていた。
冷静に考えてみれば、これまで人の死を目撃しないでこれたのはただのラッキーだ。
魔の森でセルアレニと戦ったとき、本当ならミリスも俺も、あるいはアレルやフロルも死んでいたっておかしくなかった。
それ以外にも、モンスターと戦っていれば、どこかで何か事故が起きたっておかしくなかった。
勇者の使命が魔王との戦いだというなら、いつかは魔族と殺し合いする日がくるのも当然だった。
それが、今日やってきたというだけのことだ。
そして、俺もライトもアレルも、おそらくフロルもソフィネも生き残った。
ショックを受ける必要なんてない。むしろパーティーメンバー全員が無事だったのは幸運な結果とすらいえる。
だが、それでも。
俺は目の前で、人間同士の殺し合いの結果、片方が死んだという事実を受け入れられないでいた。
しかも、それをしたのが無邪気なアレルだというのが、なおさら俺の心を痛めつけた。
フリーズしてしまう俺に、声が聞こえた。
「ショート!」
……?
「ショート!」
声の主は……ライト?
「いいかげんにしろ、ショート!」
頬に痛み。
ライトが俺を平手打ちしたらしい。
「……ライト?」
「いつまで呆けているんだよ!? ソフィネ達のところに行くって言っているだろ!」
え?
ああ、そうか。
アレルとライトとでそんな話をしていたのか。
そうだな。
ソフィネとフロルをほったらかしてはおけない。
彼女たちの所に行かなければ。
だが。
立ち上がる力がわかない。
「ご主人様、どうしたの?」
首をひねって尋ねるアレル。
「……いや、すまない」
しっかりしないと。
パーティーでは俺が一番年上なんだ。
「大丈夫? けがした?」
アレルが心配そうに俺を見る。
そして、自分の右手を俺に伸ばす。
そのアレルの姿はいつもどおりの、無邪気でかわいくてやさしいアレルで。
それなのに。
俺は、その手を握れなかった。
ほんの一瞬だけど、恐いと思ってしまった。
数分前の、圧倒的な力でアブランティアを痛めつけ、殺そうとしたアレルの姿が、目に焼き付いていて。
だから、アレルの手を取れなかった。
そんな自分に自己嫌悪を覚える。
アレルはアレルだ。無邪気なやさしい子だ。
俺はそうなって欲しいと思っていたし、実際そうなったはずだ。
そのことは、俺が誰よりも知っている。
そのはずだ。
それなのに。
なんで、一瞬とはいえ俺はアレルに恐怖を感じてしまったんだ。
「……そうだな、2人と合流しよう」
俺はヨイショと立ち上がる。
アレルの手を取ることなく。
「ご主人様、ホントに大丈夫?」
「ああ、問題ない。問題ないとも」
少なくとも、肉体は。
屋根から飛び降りたときにひねった足首の痛みも治まっているし。
たぶん、ステータス的にはHPはほとんど下がっていないだろう。
でも、HPに現れない心のダメージは……
俺は首を振り回して、気持ちを切替える。
子ども達には負けていられない。
悩むな。
悩む暇があったら動け。
まだ、何も解決していない。
ドラゴン達は倒し、それを操っていた魔族も倒したが、それだけだ。
アレルによれば、もう一人の魔族の戦士を捕まえてあるという。
ソイツから話を聞き出さなければ。
そのあと、マラランとも会って、必要があれば色々情報交換して。
国王のところにも行くことになるかもしれない。
今回の襲撃と関係なく、国王は俺達に会いたがっていたらしいし。
シルシルにも報告する必要があるか。
どこかのタイミングで教会にも行こう。王都なら教会くらいいくつかあるだろうし。
「すまない。もう大丈夫だ。フロルとソフィネのところに案内してくれ」
いずれにせよ、行動だ。
心の迷いは行動によって晴らすしかない。
「わかった、こっちだよ」
アレルは頷いて駆けだした。
俺とライトはそのあとを追った。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!