ショックを受ける俺を見つめるシルシルの瞳にあるのは哀れみか、あるいは慈しみか。
「その世界が作られたのは、6年と105日前じゃよ」
その言葉に、俺は打ちのめされていた。
意味を理解するまでに10秒以上。
理解してから受け入れるまでにたっぷり100秒。
カウントしたわけではないが、時の止まったこの世界で俺はそのくらい心を凍らせていた。
そして。
ようやくその意味を飲み込んで。
俺は。
全身が震えた。
6年と105日前。
それは。
それはつまり……
「双子の誕生日ってわけかよ」
俺は口から絞り出すようにそう言った。
すさまじいまでの焦燥感が俺を襲う。
同時に、訳の分からない悲しみ。
「なんだよ……なんなんだよ、それは!?」
気がつくと、俺は叫んでいた。
シルシルの言葉は嘘ではないだろう。
こんな嘘を俺にいう理由なんてない。
むしろ、嘘をついてほしかったとすら思う。
「だって、だって、おかしいじゃないか。ライトとソフィネは双子が生まれるより前から幼なじみで。小さな頃の思い出とか、少しだけど聞いているんだぞ!?
ソフィネの父親とレルスの冒険話とかそんな話はどうなっているんだよ!?
ライトがレルスよりも早く『風の太刀』を覚えたって喜んでいたのも知っているんだ。
他にも、ゴボダラが不注意で指をけがして冒険者を半ば引退したとか、ミリスがレベル3になるまでの苦労話とか、俺は、ずっと聞いてきて!」
別にみんな俺に過去を話して聞かせようとしたわけじゃない。
ただ、雑談の中で少しずつそれぞれの過去を知っただけだ。
そこに、嘘偽りなんてほとんど見受けられなかった。
虚飾はあっても、なにもかも嘘っぱちだなんてありえない!
いや、分かっている。
理屈は分かっているんだ。
6年と105日前。
ゲームマスターが、この世界と人々を生み出したとき。
人々には偽りの記憶、経験、技術、能力が与えられた。
それを嘘だなんて誰1人認識することはできなくて。
俺だって疑わなかった。
この世界が作られたものだと知っても。
それでも、これまであってきた人々の記憶は本物だろうと。
だから、100年前かと問うたのだ。
これまでに出会った一番年長だろうダルネスでも、100年前には生まれていなかったはずだと思ったから。
せめて、今この世界に生きている人々の記憶は本物であってほしかったから。
理屈は分かる。
理解できる。
それでも受け入れられない。
混乱している俺に、シルシルが声をかける。
「ショート」
「……なんだ?」
「偽りの記憶であっても、その世界に生きる人々にとっては真実じゃ」
「そんなっ、だって……」
「ならば、すべては偽りだとその世界の人々に――おぬしの仲間に伝えるか?」
シルシルの問いに、俺は絶句する。
伝える?
ライトやソフィネに?
お前達の幼少期の思い出は偽物だ。
お前達は6年前にゲームマスターに作られた存在だと?
言えるか。
言ってたまるかっ!
そんな残酷なこと!!
ライト達だけじゃない。
他の誰にも言えない。
「なんでだよ?」
俺は苦々しく言う。
「なんで、そんなこと、俺に教えたんだよ!?」
身勝手な問いだ。
尋ねたのは俺。
シルシルは俺に覚悟を問い、俺は『聞かせろ』と言ったのだ。
少なくとも真実を話したことに関してシルシルを責めるのは筋違いだ。
それでも。
それでも。
こんなこと、俺には受け入れきれない!
「1つだけ言っておく。おぬしが今いる世界は究極のイレギュラーで誕生したと言ってよい」
「つまり?」
「おぬしの世界――日本がある地球は……その宇宙の歴史は偽りなどではない。そこは安心せよ」
シルシルとしては慰めのつもりの言葉だろう。
確かに、まさか『地球の歴史も?』という疑いすら、俺が持ちかねない状況だったのも事実だ。
それを否定してくれたのは感謝すべきなのだろう。
だけどさ。
だけど!
こんなのって。
こんなことって!
確かに作り物めいた仕組みの世界だとは思っていた。
それでも。
その世界で。
アレルも。
フロルも。
ライトも、ソフィネも。
ミリスも、ミレヌも、ゴボダラも、ブライアンも。
ダルネスも、レルスも、ゴルも。
国王も、マラランも。
アブランティアも、ララルブレッドも、リラレルンスも。
みんな、それぞれがそれぞれに生きている。
過去を信じて。
未来を見て。
現在を必死に。
それなのにっ。
「こんな残酷なことっ!」
吐き捨てた俺に、シルシルは言う。
「すまんな、ショート」
「謝るなよ。お前のせいじゃないんだろ?」
「だが、すべては神の不始末じゃ。そして、関わりなきお主をこの世界に呼び寄せたのは間違いなくワシじゃ」
「なぜ、今更俺に世界の真実を話した?」
「尋ねられたからじゃ」
「最初から話すこともできただろう!?」
そう。
アレルやフロルと出会う前。
転移する前からこの話を知っていれば、あるいは俺もここまでショックは受けなかったかもしれない。
「おぬしに伝えなかったのは、お主の心を気遣ってのこと。問われて真実を話したのはお主に対して誠実であるために」
本当か?
今回話してくれたのはともかく、最初に言わなかったのは意図的に隠していたのではないか?
話せば俺が双子の保護者にならないとでも思ったのでは?
そう問いたかった。
実際、喉元までその言葉が出かかった。
だが、俺はそれを飲み込んだ。
それこそ、問う意味の無いことだと考えたから。
「シルシル、お前がこの世界の人々を救いたいと思っているのは間違いないんだな?」
「それはもちろんその通りじゃ」
「だがお前は最初俺に、勇者を育てろとしか言わなかった。和平を望んだのはアレルやフロルの意思だ」
「お主ならば、指示しなくてもそういう子に育てるであろうと思ったからな」
それは詭弁だろう。
元々、シルシルとしては、結果が和平でも、あるいは勇者の勝利でもよかったのではないか。
魔王の勝利だけは避けたかったのかもしれないが。
「なぜ、ゲームマスターは双子を奴隷として産みだした? そんなマイナスの環境から勇者をスタートさせる必要ないだろ。むしろ、それこそ国王の息子を勇者にすればいい」
「さてな。ワシにもわからん。ただ、ゲームマスターにとってその世界は遊び場じゃ。そこに大きな意味があるのかどうかすら考察しようがない」
遊び場、か。
俺の中でゲームマスターへの怒りがわいてくる。
ゴボダラは悪いやつではないと俺は思っている。
だが、そうであったとしても、赤ん坊の時から双子が凶悪犯の子供として虐げられてきたことを知っている。
その双子の親の話すら、偽りでしかないというならば。
俺はギュっと拳を握った。
そうしないと、怒りでどうにかなりそうだった。
「ショート、ワシをうらんでくれてもかまわん。だが、せめて双子は嫌わないでやってくれ」
「双子を嫌ったりはしねーし、お前をうらみもしねーよ。ゲームマスターはぶんなぐりたいが」
「そうか」
シルシルはそれから、まるで俺を恐れるかのように尋ねてきた。
「この後も、双子の保護者を続けてくれるか?」
そう問いかけてきたシルシルは、俺が断るのではないかと疑心暗鬼になっているらしい。
「断ったら、日本で生き返れないんだろう?」
「……いいや。お主が望むなら、今すぐ日本で蘇生させよう。もし、その世界のことを気になってしまうと恐れるならば、その世界での記憶を消しもしよう」
シルシルはそう言った。
そうなれば。
確かに俺には何もリスクはない。
事故の後、目を覚まして、母と再会して。
こんなファンタジーな世界のことは忘れて、まあ苦労はあるだろうが日本で生活できる。
だけどさ。
「冗談じゃねーよ」
俺は言った。
「俺だってこの世界で成長したつもりだ。いや、成長はしていないかもしれないが、経験はしたんだ。その記憶を奪われてたまるか。
双子のことを見捨てるつもりもない。
確かにいろいろ衝撃的な話だが、勇者の保護者をおりるつもりはない」
俺がそう宣言すると、シルシルは安心した表情になる。
俺はちょっと自虐的に笑う。
「ま、勇者の保護者が俺でいいのかという思いは未だにあるけどな」
「お主はいい保護者じゃよ」
そうかな。
「不完全で、無鉄砲で、悩んでばかりいる保護者じゃが、だからこそワシはお主に託したのじゃ」
それはどうも。
「ま、いいさ。話は分かった。正直未だに受け止めきれないが、理解はできたよ。双子のために、俺にできることをさがそうじゃないか。
時間を動かしてくれ。2人ともクタクタだったからな。早く合流してやりたい」
「時は止まっているのだから、急ぐ必要は無いぞ」
「俺も疲れているんだよ! はやく宿のベッドで寝たいんだ!」
それから、俺は幼女姿の神様に、一言告げた。
「シルシル、話してくれてありがとう」
その言葉に、シルシルは顔を真っ赤にする。
「なっ、もう良い。時を動かすぞ!」
シルシルはそう言って消えるのだった。
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