アレルとクラリエ王女、ライトの後を、俺はソフィネとタリアの3人で追った。
フロルとランディ、ミノルの3人は宿に残してある。
大勢で追っても仕方がないし、宿には誰かを残さねばならない。
なにより、ランディだって貴人なのだ。
『地域察知』でみるかぎり、アレル達は魔の森の方へと向かっている。
彼を魔の森に連れて行くのも避けたい。
そんなわけで、ランディとミノルは宿に残すことに。ミノルは戦闘系の能力は低い(自称)ので、フロルを護衛役としておいておくことにした。
「ショート様、アレルをよろしくお願いします」
「ああ」
言って、俺たち3人は宿から出る。
『地域察知』は『気配察知』と違って、個人の特定はできない。
とはいえ、超スピードで街から魔の森に向かっている2人がアレルとクラリエ王女で、それを追っているのがライトと考えて間違いないだろう。
このタイミングで、全く無関係の勇者並みの『俊足』スキル持ちが追いかけっこをしている可能性なんて考慮外である。
「どうやら、魔の森に向かっていますね」
俺の言葉に、タリアが青くなる。
そりゃあそうだろう。
「本当、すみません」
俺はタリアに謝る。
護衛対象を魔の森に連れ去るなど論外である。
アレルのパーティメンバーとして、そして保護者として、もうここは謝りまくるしかない。
ソフィネが俺とタリアに言う。
「謝罪とか心配とかより行動よ」
確かにな。
「3人はあっちに向かっている。俺達もいこう」
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正直に言えば。
単に走るならば俺は足手まといである。
ソフィネもタリアも、ライトよりはレベルが低いとは言え『俊足』を使える。
魔法使いのうえに素早さがフロルよりも低い俺なんて荷物にしかならない。
しかし、ソフィネやタリアの『気配察知』は未熟で、俺の『地域察知』がないとおいかけるのは難しい。
いっそのこと、どっちかにおぶってもらえば速いのかもしれないが、さすがにねぇ。
ライトにならともかく、女性にそれを頼むのもどうかと。
結局、俺たちがアレルに追いついたのは、彼らが魔の森についてから地球時間で1時間弱は経過していたと思う。
ソフィネが顔を引きつらせる。
「なんか、エライことになっているわね」
いや、実際ね。
明らかに戦闘のあとがある。
それも、何十……いや、百近いというモンスターと戦った後だ。
倒れているのは雑魚モンスターで、アレルやライトなら楽勝だっただろう。
アレルは血まみれだが、おそらく返り血だ。本人は怪我一つしていない様子だ。
……それはいい。
いや、あまりよくないが、そんなことよりだ。
「アレルはクラリエ様に冒険者の能力が無いなんて思わないけどな」
「よくいうわね!」
「1年ちょっと前、冒険者になったばかりのアレルはツノウサギを倒せなかったもの。あの時のアレルより、クラリエ様は強いと思うよ」
「確かにな。レベル0の冒険者としては十分じゃね? 俺もクラリエ様の冒険者登録に反対する気は無くなった」
聞こえてきた会話。
それで、おおよそのことは察した。
察した上で、俺はあえてアレルに問う。
意図的に怒った表情を浮かべながら。
「ほうほう、クラリエ様を冒険者登録? これはどういうことだ? アレル?」
アレルは「ひっ」と声を出してビクンっとふるえた。
タリアもクラリエ王女に言う。
「クラリエ様、きちんと説明してください」
クラリエ王女は露骨にタリアから目をそらしてごまかそうとしている。
さらにソフィネ。
「吸血鬼狩りが吸血鬼になっているとはね、ライト!」
ライトは「ははははっ……」と力なく笑った。
ちなみに『吸血鬼狩りが吸血鬼になる』とは日本のことわざで言えば『ミイラ取りがミイラになる』と同じ意味だ。
「アレル!」
俺はもう一度アレルに向かって叫ぶ。
さすがに今回のことはちゃんと怒らないとダメだろう。
アレルなりに考えてのことだろうけど、考えが浅すぎる。
「説明しなさい!」
「あのね、クラリエ様が冒険者になりたいって言ったの」
「それは聞いている」
「だからね、アレル、テストしようって」
「テスト?」
問い返しながら、俺は『やはりか』と思った。
クラリエ王女を魔の森に連れてきて、モンスターと戦わせたのだろう。
それがアレルのいうところの『冒険者になるためのテスト』
「ツノウサギを倒せたら、冒険者にしてあげるって言って」
「それで?」
「倒せたから、冒険者登録してあげようかなぁって……」
俺はため息をつきたくなった。
アレルの意図は分かる。
おそらく、クラリエ王女にはツノウサギを倒せないと思ったのだろう。
それで、力不足を実感させて冒険者になるのを諦めさせようとした。
ところが、予想外にクラリエ王女が強くてツノウサギを倒せてしまった。
うん、実にシンプルな流れだ。
シンプルな流れではあるが。
「アレル、今の俺たちの仕事はなんだ?」
「え、冒険者……?」
「そうじゃなくて、今の依頼はクラリエ様の護衛だろうが!」
「……そうだけど……」
「どんな理由があったとしても、護衛対象をモンスターと戦わせるなんて論外だ!」
「うっ……」
アレルはうめく。
それからぽろぽろ涙を流し出す。
その姿はかわいい幼児で。
俺は言い過ぎたかなとちょっと思ってしまう。
いやいや、ダメだ。
いくら幼児でも、アレルは一人前の冒険者で勇者なんだ。
やって良いことと悪いことの区別はつけなければならない。
ここはガツンっと言ってやらないと……
などと思っていると、今度はアレルは声をあげて大泣きしはじめてしまった。
「うぇぇぇぇ~ん」
「いや、あの、そんなふうに泣かれると……」
「だってぇ、だってぇ~アレル、ご主人様の役に立ちたかったの~」
え、俺?
「王都の戦いの後、ご主人様ずーっとアレルに怒ってたからぁ~」
いや、怒ってって……え?
今はともかく、王都の戦いの後って、全然身に覚えが……
「アレルのこと、ず~っと怖い目でみるからぁ~。アレル、ご主人様に捨てられたくなくて~」
ええ!?
俺がアレルを捨てる!?
なにそれ?
いやまて、冷静に考えろ。
王都の戦いの後、俺はアレルにどういう対応をした?
思い出してみろ。
大丈夫かとアレルが手を伸ばしてきたのに、俺は怖くなって握れなかった。
アレルの様子がおかしい、勇者の力で暴走しないかと、ずっと恐れていた。
そして、シルシルから世界の真相を聞いて。
俺は子供達の前でずっと難しい顔をしていたように思う。
アレルから見て、そんな俺はどう見えたか。
ずっと怒っているように思えたのかもしれない。
そして、アレルの出自。
奴隷として扱われた日々。
アレルには、いつ保護者に捨てられるかもしれないという恐怖がずっとあったのかもしれない。
「だから、俺の役に立とうと思って頑張っていたのか?」
「うん」
コクンとうなずくアレル。
国王の前で演説したときも、宿の前でクラリエ王女にお説教したときも。
アレルはアレルなりに一生懸命俺の役に立とうとして。
それで、今回も……
「アレル、ごめんな」
俺はアレルに言った。
それだけじゃなく、涙を流すアレルを抱きしめた。
モンスターの血にまみれていて、俺の服にも血痕がつくが気にするものか。
分かっていたじゃないか。
アレルはフロルとは違う。
心は普通の6歳児と変わらないって。
ミノルにそう断言しておきながら、いつの間にか俺自身がそれを信じられなくなっていた。
「お前を……お前達を捨てたりしないから」
「本当?」
「ああ、不安にさせてごめんな」
言いながら、俺は「だけど」とも思ってしまう。
俺がこの世界にいられる期限はアレルとフロルが勇者の試練を乗り越えるまで。
いつかは、別れの時が来る。
でも今は。
今だけは。
俺はアレルをしっかりと抱きしめた。
そんな俺たちの横で。
タリアがクラリエ王女をにらむ。
「勇者様のお考えは分かりました。それで、クラリエ様?」
「え、えーっと、今日は天気も良いし?」
「何の関係があるんですかっ!」
……俺とアレルの会話が終わる一方で、タリアとクラリエ王女の件は全く解決していないのであった。
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