アブランティアへとミスリルの剣を構えるアレル。
アブランティアは折れた剣を構えるが、勝負にならないことは本人も理解しているだろう。
ライトと同格な彼も、あるいは天才レベルの実力者かもしれないが、アレルの――勇者の力はそんなものではない。
そのことはすでにまざまざと見せつけられたはずだ。
「むだだよ? ていこーしても痛いだけだからやめたほうがいいよ?」
アレル。
お前、なにを!?
いや、考えるまでもない。
アブランティアを殺すつもりだ。
「ま、ていこーしなくても痛いけど」
言って、アレルはミスリルの剣を振りおろす。
鮮血。
遅れてアブランティアの慟哭。
あっさりと、アブランティアの右腕が切り落とされ地面に転がった。
なんだ?
何をやっているんだ、アレル!?
「らくに死ねると思わないでね」
まさか、殺すだけじゃなくて痛めつけるつもりなのか?
そんなことっ!
いくらなんでもダメだ。
そんなこと、アレルにさせたら。
オレは叫ぶ。
「アレル! よせ!」
その言葉に、アレルが俺の方をちょっとだけ振り返る。
「なんで?」
心底不思議がっている表情のアレル。
「いや、なんでって、もう勝負はついただろ」
「だからなに?」
「いや、なにじゃなくて……そいつからは聞きたいこともある。殺すんじゃない」
俺の言葉に、アレルは少し首をひねり。
「この人の仲間はフロル達が見張っているよ? この人は殺しても大丈夫だとおもうけど」
情報源は1人よりも2人の方がいい。
いや、問題はそこじゃない。
そういうことじゃないだろう。
「アレル! 正気になれ! お前はそんなことをする子じゃないだろう!」
アレルはさらに首をひねる。
「この人達のせいで人がいっぱい死んだ。アレルの目の前で、お母さんと赤ちゃんが焼け死んだんだ」
え、それは……
確かにこの大混乱。
ドラゴンが街を焼き払った状況。
赤ん坊を抱えた母親が焼け死ぬようなこともありえるだろう。
アレルの目の前で、そんなことが起きたというのか。
それで、彼はここまで……
「いっぱい、死体があった。ライトとご主人様もそうなっていたかもしれない」
アレルの瞳は暗い。
いつも通りの顔なのに、その瞳は闇に沈んでいるかのごとくだ。
俺は、今度こそ二手に分かれたことを心底後悔した。
目の前でたくさんの人が焼け死ぬ光景。
そんなものを、6歳の幼児達に見せるなんて。
しかも、その時、保護者たる自分がその場に居合わせなかったなんて。
戦力分析とか、街を救うためとか、そういう以前の問題だ。
こんな戦いで、俺はアレルやフロルとわかれてはいけなかった。
ソフィネだけでアレルの心を護れるわけがない。
いや、むしろソフィネだって10代前半の少女だ。
彼女の心のフォローだって俺の仕事じゃないか。
しかも、結局、戦力分析も間違っていて、アレルに助けてもらわなければ俺もライトも死んでいた。
最悪の大失敗だ。
シルシルに役立たずと罵られて蘇生を拒否されても文句が言えない。
ゴボダラやマーリャにだっていいわけできない。
「アレル。たのむからその人にそれ以上手出しをするな」
「……よくわからないけど、放っておいてもこの人死ぬよ?」
確かにな。
アブランティアの出血は致命傷だ。
放っておけば死ぬだろう。
だが、俺なら助けられる。
『怪我回復』を使えばいいだけだ。
「分かっている」
俺はアブランティアに近づく。
「回復させますから、動かないで。回復後に抵抗されたら、今度こそ殺さざるをえなくなる」
俺はそういって、思念モニターを開き――
だが。
「人族の情けなどいらん!」
アブランティアは左腕で懐から何かを取り出した。
何を?
それは小さなナイフだった。
俺かアレルを狙って?
いや、違う。
アブランティアは自らの喉にナイフを当てた。
「お、おい!」
とめる間もなかった。
少なくとも、俺には。
アレルの実力ならとめられたのかもしれない。
だが、彼はそうしようとしなかった。
俺とアレルの体や服に、アブランティアの血液が飛び散る。
「あ、あ、ああぁ」
自分の口からでたそんな言葉が、悲鳴なのか、嘆きなのか、それとも他の何かなのか、それすら分からない。
俺の――俺達の目の前で、魔族の戦士アブランティアは死んだ。
その姿を見て、俺はその場に膝を落としてしまった。
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