魔法を習おうと決めた翌朝。
俺達はギルドの受付にいた。
「ごちゅじんちゃま、きょうもけんじゅちゅ?」
尋ねるアレルに、俺は首を振って否定する。
「いや、今日は魔法を習おうと思っている」
その言葉に、アレルの顔が曇る。
「やだ」
え?
アレルがここまでハッキリ俺に対して否定的な言葉を使うのは初めてのことだった。
俺はビックリして固まってしまう。
「アレル、けんじゅちゅがいー、まほーいらない、けんじゅちゅっ!」
いや、あの、え?
そんなアレルをフロルが叱る。
「アレル、我儘を言うんじゃありません。今日は魔法を勉強するってご主人様が仰っているでしょう」
「やだやだぁー、アレル、けんじゅちゅがいーの、けんじゅちゅぅぅぅ」
ジタバタと床に転がって訴えるアレル。
ど、どうしよう、この事態。
もちろん、厳しく命令すれば奴隷契約書の効果でなんとでもなるのだろうが……いや、しかしそれもなぁ。
「アレル!」
「ぶー」
フロルがさらにしかり、アレルが完全にぶーたれる。
さて、どうしたものか。
受付のミレヌも困惑気味の顔。
「……どうします、ショートさん?」
「そうですね……」
色々方針は考えられるのだが……
アレルの我儘を許すべきか否か。
せっかくやる気を出しているのだから、剣術修行をさせてあげたい気もする。
何より、アレルの才能は剣術なのだ。魔法は俺とフロルの都合である。
それに、せっかく昨日あれだけ結果を出したのだし、剣術修行は毎日した方が効果的かもしれない。
とはいえ、午前中を剣術修行に当ててしまうと、魔法の修行をする時間が無い。
昨日もそうしたのだが、午前中修行、午後依頼をこなすというローテーションでないと生活が破綻しかねないのだ。
さて、困ったなぁ。
そんな俺達に、ギルドの入り口から声をかけてきたのはライトだった。
今日は彼のパーティーメンバーも一緒だ。
「何騒いでいるんだ?」
尋ねるライトに、俺が事情を説明する。
「じゃあ、アレルだけ剣術修行で、ショートとフロルは魔法修行をすればいいじゃん」
実にあっさり、ライトはそう言ってのけた。
確かに効率を考えればそれが一番いい。
俺とフロルにその発想が出てこなかった理由はただ一つ。
「アレル、俺とフロルがいなくても剣術習えるか?」
幼児思考のアレルを1人剣術修行に行かせても大丈夫かということである。
俺の問いに、アレルは目を輝かせる。
「うんっ、アレル大丈夫だよ。けんじゅちゅがいー」
ふむ。どのみち剣術道場と魔法修練場は同じ建物の地下と2階だ。
半日くらいなら幼稚園に預けるようなものだろう。
だが、フロルは心配そうだ。
「アレル1人で大丈夫でしょうか、ご主人様?」
それに答えたのは俺ではなくライトだった。
「大丈夫だって。俺達も一緒にいるし。先生は今日もミリスだし」
確かに、ライトやミリスもいるならば、大丈夫かな。
「ですけど……」
まだ言いつのろうとするフロルに、俺は言う。
「今後のことを考えたら、アレルも少しは独立心を持った方がいいと思う。同じ建物の中だし、これも丁度いいんじゃないか?」
「……ご主人様がそうおっしゃるなら」
フロルは不満と心配が入り交じった顔だ。
うーん、実はフロルにとってもアレルから離れてすごす時間が必要なのかもな。
この2人、生まれてからずっと一緒だったみたいだし。
「では、アレルくんとライトさん達は剣術訓練、ショートさんとフロルちゃんは魔法訓練の受付ということでよろしいでしょうか?」
ミレヌが尋ねる。
「はい、よろしくお願いします」
俺はそう返事をしたのだった。
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「じゃあ、アレル、我儘言っちゃダメよ。オシッコしたくなったらちゃんとトイレに行くのよ。私とご主人様は2階にいるから、何かあったら……」
道場の建物1階。フロルがアレルに口うるさく注意している。お母さんみたいで微笑ましいが、さすがにアレルやライト達がウンザリした顔になりつつある。
「フロル。大丈夫だよ。ライト達に任せよう」
「……はい」
うーん、実はアレル以上にフロルの方が独立心は必要なんじゃ……
「じゃあな、アレル、がんばれよ」
「うん、がんばるー、アレル、けんじゅちゅがんばるー」
アレルは俺とフロルに手を振って、ライト達と共に地下道場へと駆けていった。
「さて、じゃあ、俺達もアレルに負けてられないな」
未だアレルのことが心配そうなフロルに、俺は言った。
「はい。そうですね」
まだ後ろ髪を引かれる思いらしいが、それでもフロルは俺と共に2階の魔法修練所へと階段を上ってくれたのだった。
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「いらっしゃぁい。あなたがショートちゃんねぇ、それで、その子がフロルちゃん?」
魔法修練所で俺達を迎え入れたのは、タンクトップ姿の筋肉男だった。
「わたしぃ、ここの魔法講師のブライアンっていの。ブラちゃんってよんでくれてもいいわよ」
……想像とまるで違う講師に、俺は呆然となる。
なんというか、魔法の講師というと、白髪の生えた老人とかを勝手にイメージしていたのだが。
目の前に居るのは筋肉隆々の中年男性。それも、何故だか内股で腰を無意味にフリフリしているのだ。
「え、えっと……」
「うーん、かわいいわねぇー」
「ええ、まあ、フロルは可愛い子ですけど」
「違うわよ。私がかわいいっていったのは、あ・な・た♪」
そういいながら、あろうことか俺の胸元を指でツンツンしてくるタンクトップ男。
「ひぃ」
思わず悲鳴を上げてしまう俺。
こうして、俺の背筋にものすごいうすら寒さを感じさせながら、俺とフロルの魔法修行が始まったのだった。
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