アレルの最初の記憶は暗い牢屋の中。
奴隷として捉えられていた、あの牢屋の中。
そこで優しく抱き上げてくれる女の人。
マーリャ。アレルとフロルの乳母。
奴隷時代のことは、もうあんまり覚えていない。
もちろん、マーリャやゴボダラのことは覚えているけど。
元々アレルはフロルのように頭が良くないから。
そして、冒険者になってからの日々が充実していたから。
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ご主人様――ショートはアレルとフロルを光の世界へと連れ出してくれた。
奴隷から解放し、冒険者として生きていく道を教えてくれた。
ミリスに剣を習って、ゴルやライトや他の人達と稽古して。
アレルは自分が普通じゃないとなんとなく理解した。
初めて剣を振るったとき、半ば本能的に『風の太刀』を使うことができた。
その時は、戦士ならみんな使えるのだろうと思った。
だけど、違った。
ライトもミリスも、他の誰も、そんなものは使えなかった。
『風の太刀』だけじゃない。
ライト達はアレルの強さについて来れなかった。
フロルのように賢くはないけど、アレルだってバカってわけじゃない。
いや、頭は悪いかもしれないけど、こと剣術に関してはちゃんと分析できる。
だから、不思議だった。
なんで、自分だけこんなに強いんだろうと。
でも、そんなこと、誰にも相談できなかった。
ミリスやライトに、「なんでアレルはライトより強いの?」なんて聞けない。
いくらアレルでも、それは聞いちゃダメなことだってなんとなく分かる。
フロルやショートに聞こうかとも思ったが、2人は戦士ではなかった。
魔法使いという別の才能を持っていて、だから、戦士の悩みは2人に聞いても無駄なんじゃないかなと思った。
自分の強さの正体は分からない。
でも、アレルはミリスの言葉を大切にしようと思った。
『アレル。確かに君は強いが、簡単に力をつかってはいけない。その力は、本当に大切なものを守るためのものだ』
ミリスはアレルの師匠だ。
アレルの方が強くなったとしても、アレルに最初に剣を教えてくれたのはミリスだから。
自分の力の理由は分からないけど、フロルやショートや、みんなを護りたい。
そのために力が使えたらいいなと、その時のアレルは思っていた。
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自分が何故強いのかを理解できないまま、レベル1のテストを受けることになった。
アレルはそこで思い知る。
圧倒的な強者という存在を。
レルス・フライマント。
彼はその時のアレルよりもずっと強かった。
アレルは負けた。
真っ正面からの戦いにすらなっていなかった。
テストが不合格かもしれないと思って、アレルは泣いた。
だけど、一方でちょっとだけ安心もした。
不思議なほどに強い力を持った人はアレルだけじゃない。
自分以外にも特別に強い戦士がいるんだと。
そう思ったら、なぜかとても安心できたのだ。
テストに合格して。
みんなが喜んでくれた。
最年少冒険者だと称えられて、アレルはとっても嬉しかった。
誇らしくて、ちょっとだけ調子にも乗った。
だからだろう。
一緒に修行した3人の少年――バーツ、マルロ、カイの気持ちを考えられなくなっていた。
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バーツ達が魔の森に行ってしまった。
ライトがそう嘆きながらギルドに来たとき。
アレルは何故か自分の責任だと感じた。
なんでそんなふうに感じたのか、アレル自身よくわかっていなかったけど。
後になってみれば、3人の行動の原因がアレルへの嫉妬だからと言えるが、その時はただ「じぶんのせいだ」とだけ思った。
(ぜったい助けなきゃ)
アレルはそう思った。
自分のせいだというのもあるし、なにより3人は仲間で、友達だから。
『アレルもぼうけんちゃだもん。じこちぇきにんで、3人をたちゅけにいく』
そう宣言したアレルに、冒険者ギルドのみんなは――特に、ショートとフロルは驚いた表情だった。
でも、ショートとフロルは一緒に来てくれた。
ミリスもだ。
アレルには自信があった。
自分ならバーツ達を助けられると。
アレルは強い。最年少冒険者ってみんなが褒めてくれるくらい強いんだ。
笑ってしまうほどに調子に乗っていただけだとすぐに思い知らされるのだけど。
当時のアレル程度の実力者なんていくらでもいる。
現に、レルスには勝てなかったのだ。
それなのに、なにを自信満々だったのか。
そもそも、剣術がいくら強くても、魔の森で人捜しなんてできないのに。
道場で木刀を振り回すのと、魔の森でモンスターとたたかうのじゃ、全然意味が違うのに。
それなのに、アレルは調子に乗ったままで。
下手にベルモンキに圧勝できてしまったのも良くなかった。
(アレルはやっぱり強いんだ)
魔の森を歩きながら、アレルはそう思い込んでしまった。
だから。
報いを受けた。
ずっとずっと強いモンスター。
セルアレニの親玉。
アレルだけではどうにもならない敵。
ミリスが、そしてショートが。
セルアレニの炎に焼かれた。
アレルは何も出来なかった。
アレルの攻撃なんて、全然通用しなかった。
なんで倒せないんだよ。
アレルは強いはずなのに!
考えてみれば当然のことだった。
アレルはレルスより弱い。
もし、敵がレルスと同じくらい強かったら。
レルスほどではないにせよ、アレルより強かったら。
こうなって当たり前だ。
そして、これはテストでも模擬戦でもない。
負けたら死ぬ。
アレルが死ぬだけじゃない。
ミリスも、フロルも、ショートも。
死んじゃうんだ。
目の前で倒れゆくショートを見て、アレルはようやくそのことを理解した。
そして。
アレルの頭の中で、何かがプツンと切れる音がした。
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