ガシャン!
王城内の地下牢。
鉄格子が閉まる音が響いた。
閉じ込められたのはララルブレッド。
俺はマラランに小声で聞く。
「大丈夫なんですか、彼女、かなり強いらしいですよ?」
この世界の戦士は超常的な力を持っている。
もしも、彼女が剣なしで、『風の太刀』とかを使えるなら、この程度の鉄格子や壁など破れそうだ。
見張りの戦士もいるようだが、アレルはもちろん、ライトやマラランよりも弱いだろう。
「問題ない。ここではスキルや魔法は使えない」
どういう意味だ?
怪訝な顔をする俺に、マラランは肩をすくめる。
「王家の機密だ。詳細は語れない」
ふむ。
そう言われてしまうと、それ以上は聞けないか。
ここは彼の言葉を信じるしかあるまい。
俺達が永遠ララルブレッドの見張りにつくわけにもいかないし。
フロルが推測を口にする。
「たぶん、床の魔法円が関係しているんでしょうね」
言われて気づく。
あまり濃い色ではないが、地下牢全体に魔法円が描かれている。
囚人がスキルや魔法を使えないようにするためのものなのか。
マラランが苦笑する。
「めざといな。だが、それだけではないよ」
「でしょうね。魔法だけならまだしも、スキルを魔法円で封じられるとは思えないし」
フロルは言いながら、さらに考察しようとしているらしい。
俺はそんなフロルに言う。
「フロル、秘密だそうだからあんまり暴こうとしない」
なにしろ、王家の機密らしいからな。
暴いてしまったら最悪俺達が投獄されかねん。
それに。
今はそんな仕組みよりも考えるべきことが多すぎる。
魔族の襲撃。
これから予定されている国王との会談。
そして――
今のところ、ララルブレッドは大人しくしている。
むしろ、ひと言たりとも口を利いてなるものかというかんじだ。
俺が彼女の声を聞いたのは、アブランティアのことを尋ねられたときだけだ。
――彼女をどうするか。
尋問し、聞けるだけ聞いて、あとは死刑というのが普通の考えだ。
普通の考えなのだが。
――尋問か。
正直気が重い。
自分で尋問の権利を主張しておきながら今さらだが、たんに話を聞くならともかく、拷問めいたことが俺にできるとは思えん。
そんなことを考えていると。
マラランが俺達に言った。
「それでは順番が前後したが、王宮へと案内しよう」
「王様と会うのね?」
ソフィネの言葉に、マラランは頷いた。
「陛下は是非とも勇者に会いたいとおっしゃっている」
「わかりました。ご案内をお願いします」
相手が国王じゃ、拒否することはできないだろうし、拒否する意味も無い。
---------------
王宮。
王城の中でも特に煌びやかな一画。
国王が政務を行ない、また生活や睡眠をする区画。
その中の一室に俺達は案内された。
かなり立派な部屋だ。
国王に拝謁するまでの控え室ということらしい。
例のレストランの個室でも面食らったが、ここはさらにすごい。
絵画だのガラス工芸品だのがたくさんある。
椅子や机も、これまで見たことがないくらい高級そうだ。
いや、俺達は芸術を鑑定する眼など持ち合わせていないが。
「申し訳ないが、ここで、しばらく待って欲しい。何か必要な物があれば用意させるが」
マラランの言葉に、俺は言う。
「そうですね。俺は特に……皆は何かある?」
ライトがちょっと考えて。
「腹減った。結局、タルトーキ食い損なったし。あと、喉も渇いたな」
たしかにそうだな。
戦闘やらなんやらの緊張で忘れていたが。
マラランが頷く。
「わかった、お茶と軽食を用意させよう。さすがにタルトーキを用意する時間は無いと思うが」
それはありがたい。
さらにアレルが右手を挙げて言う。
「あと、アレル、おしっこー」
おいっ!
「わかった。それも案内させよう」
マラランは苦笑するのだった。
---------------
メイドさんに手を引かれ、アレルはトコトコとお手洗いに向かった。
マラランも、本来の仕事――軍の指導に戻る。
襲撃は終わったとは言え、まだまだ王都は混乱状態なのだ。
そんなわけで、部屋に残ったのは、俺、フロル、ライト、ソフィネの4人。
ややあって。
ライトが俺に言った。
「すまなかったな、ショート」
「なにがだよ?」
「戦士として、魔法使いのお前を護れなかった」
いや、それは。
確かに、戦士と魔法使いの役割分担としてはそうなんだろうけど。
「お前のせいじゃない。そもそも、別れて対処しようとした俺のミスだ。自信満々に魔法を使って敵を引き寄せて、結局追い詰められて」
はっきりいって、今回の俺の戦い方は赤点以下だ。
ドラゴンの強さや魔族の存在などの不確定要素があったとはいえ、完全に戦術も戦略も無謀すぎた。
「それでも、護るのが戦士の役目だ」
ライトは両手の拳を強く握りしめる。
「俺は、やっぱり弱い」
いや、そんなことはないだろう。
フロルもまた口を開く。
「私も、今回はなにもできませんでした」
フロルとソフィネの戦いを俺は見ていない。
だが、そちらはそちらで、やはりアレル頼みだったようだ。
「私も、勇者のはずなのに。今回だけじゃなくて、これまでもずっと全部アレルに押しつけちゃってる」
いや、そんなこともないだろう。
フロルはフロルでよくやっている。
俺以上に色々と考えてくれるし、魔法だって使えるし。
ソフィネもポツリ。
「私はフロル以上に役立たずだったわね」
いや、だって、あの戦いで弓矢も鍵開けも役に立たないだろうし。
いずれにせよ。
4人それぞれ落ち込んだ表情で同時に溜息。
分かっている。
今回だって結局アレル頼みだった。
言い方を変えれば、たった6歳の幼児におんぶに抱っこだったのだ。
その結果が、アレだ。
あの暗い目をしてアブランティアを殺そうとした、あのアレルの姿だ。
アレルは強い。
あるいは、大陸で一番強いかもしれない。
レルスだってもうアレルには勝てないのだろう。
だけど。
「アレルは、まだ子どもだよな」
そう。
アレルは悪い子じゃない。
力をむやみに使って暴れるような子でもない。
それでも。
幼い。
幼児だ。
日本で言えば、幼稚園の年長さんか、せいぜい小学1年生。
フロルと違って、頭脳の方は天才でもなんでもない。
ライトがポツリという。
「このままじゃ、ダメだ」
フロルとソフィネも頷く。
俺も。
「そうだな。アレルの負担を少しでも軽くしてやらないと」
ただでさえ、アレルは『勇者』という重圧を背負っているのだ。
その重圧の一部でも、俺達が――いや、俺が肩代わりしてやらなくては。
それが、この世界に勇者の保護者として召喚された俺の役目だろう。
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