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(ライト/一人称)
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宿の俺たちの部屋。
そこに、思いっきり薄暗い顔をした、アレル。
アレルは未だに赤い目でグズグズ泣いている。
昨夜、ショートが俺たちを――勇者を攻撃してきた。
そして、勇者を――アレルとフロルを殺すと宣言した。
それ以来、アレルはすっかりこの調子だ。
それどころか、フロルも押し黙ってうつむいてる。
ソフィネもさすがにまいった様子で押し黙っているし、俺としてもどうしたらいいのやら。
ちなみに、ミノルのやつは「今は時間が必要でしょう」とかもっともらしいことを言って自分の部屋に戻りやがった。
俺としてもアイツを頼るつもりはないけど。
で。
そのまま朝になって。
部屋の扉がバーンと開いた。
入ってきたのはクラリエ王女。
その後ろにはタリアも控えている。
「ちょっと、あんた達! いつまで寝ているのよ!! はやく食事に……
……って、あれ? 何かあったの?」
どうやら、クラリエ王女は事情を知らないらしい。
俺はタリアに聞く。
「ミノルから聞いていないのか?」
「さあ、何のことでしょうか?」
マジで昨夜の騒ぎについてなにも知らないらしい。
いや、確かに部屋も違うし無理もないか。
タリアは一応ソフィネと同室だけど、昨晩ソフィネは俺たちと一緒だったし、タリアはクラリエ王女の部屋で護衛していたわけで。
しかしどう説明したものか。
「とにかく、ご飯よご飯! 何があったか知らないけど、ご・は・ん!!!」
知らないでいてくれるクラリエ王女の存在は、ある意味今はありがたいのだが。
双子は暗い顔をしたまま。
「アレル、いらない」
「私も」
むちゃくちゃ暗い。
まいったなぁ……
みかねてタリアが尋ねてくる。
「勇者様達、どうかされたんですか? それにショートさんは?」
「それは……まあ、なんつーか」
仕方なく、俺とソフィネが説明するのだった。
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話を聞き終え、タリアは深刻な表情。
「なるほど、そんなことが……しかし、そうなるとクラリエ様の護衛は……」
心配するのそこかよ!?
いや、彼女の立場ならそうなるんだろうけど。
肝心の勇者様がこの調子じゃあな。
しかし、すぐに復活してくれるとも思えないんだが……
一方、クラリエ王女の言葉は明快だった。
「なるほどっ! そういうことね。なら、あの男を助けるべきね!」
え?
あの男?
助ける?
「なに意外そうな顔をしているのよ、あの男――ショートを助けないとでしょ?」
え、いや、なんで今の話で助けるって流れになるんだ!?
「ショートってさ、確かに頼りなさそうな男だけどさ。あの男が勇者達を殺そうとするなんて本気で思っているの? たとえ神様の命令でもそんなことしないわよ。
だったら、ショートは誰かに操られているってことになるじゃない。なら助けるべきでしょ」
あっ。
そうだ。
当たり前のことだ。
1年ずっと一緒に冒険者やってきたじゃないか。
ショートが本心から、双子を殺すなんて言うわけがない。
そんなこと、ありえない!
クラリエ王女に言われるまでもないことだ。
なんでそんなことも考えられなかったんだ?
俺も相当混乱していたんだろうか。
ソフィネがうなずく。
「私もそれは考えていたわ。ただ……操られたとして誰に? どうやって?」
人をあやつる魔法とか、クスリとか、催眠術とか。
なくはないだろうけど、あれほど双子を大切にしてたショートをああも操るなど、いったいどうやれば……
そもそも一体誰が?
魔族か?
いや、しかし……
ちょっとまて。
何かを忘れていないか?
そう、昨晩、なにか……
「そうだ……ミノルだ」
俺が叫ぶ。
「え、ミノルが操っているっていうの? ならとっちめて……」
早とちりするクラリエ王女。
「ちげーよ、アイツ言っていたんだ。謎の少年がショートを操っているって。でも、俺には見えなかった。『気配察知』にすらひっかからなかった。
だから、あいつが見た幻とかかと思ったが、もしショートを操っている存在がいるとしたら……」
「なるほど、ミノルは何か知っているってわけね」
だとしたら……
なら、動かないと。
「アレル! フロル! 聞いていただろ、早速……」
俺は双子に言いかけ……しかし、言葉を止める。
2人は未だに塞ぎ込んだままだ。
「おい、聞いていたんだろ!? ショートを助けないと!」
だが。
フロルは……
「ええ、そうね。そうかもしれない。でも……」
「なんだよ?」
尋ねる俺に、アレルが叫ぶ。
「でも、そうじゃないかもしれない! ご主人様は神様に命じられてこの世界に来たんでしょ? だったら、神様が勇者を殺せっていったなら……もしかしたら……」
おいおい。
2人ともなにを言っているんだ!?
フロルは俺に言う。
「ゴメン、ライト達の言葉の正しさは分かるの。でも、どうしても体が動かない。ショート様に攻撃されるなんて、私……」
フロルとアレルはそれっきり押し黙る。
俺はソフィネと顔を見合わせた。
2人の受けたショックはそれくらい大きかったと言うことなのだろう。
もともと、王都での戦いから、2人の精神は疲弊していた。
今回のことがトドメになってしまったかもしれない。
(まずいな)
この状況はまずい。
もし、いま襲われたら今のアレルとフロルは戦力になりそうもない。ショートもいない。
しかも、俺の剣も折れてしまった。
まともに戦えるのはソフィネとタリアだけ。
単純に戦力不足だ。
もし、今クラリエ王女を、あるいは勇者を狙う存在が現れたら。
魔族が、あるいは操られたショートが。
いや、それどころか普通に強盗におそわれたとしても、ソフィネとタリアだけでは……
「タリア」
俺は言った。
「なんでしょうか?」
「半刻ほどクラリエ王女の護衛をまかせてもいいか?」
「……どういう意味ですか?」
「いまの双子は戦力にならない。アーチャーのソフィネじゃ護衛は難しい」
「そうでしょうね、それで?」
「俺の剣も折れちまったから、この街にどれだけの武器があるか分からないけど、せめて買ってこないと」
自分が勇者ほど強いとは思わない。
だが、それでも今、俺が戦えないでは本当にまずいと気がついた。
「わかりました。たしかにやむをえないですね。ですが、武具を買うお金はあるんですか?」
「そりゃ、国王陛下からもらった依頼料や魔石が……」
いいかけ、俺は気がつく。
パーティの財布や魔石はショートが管理していた。
特に魔石は『無限収納』の中だ。
俺やソフィネの手持ちは、お小遣いレベルしかない。
どうする?
俺の鎧を売る?
だが、それでどれだけの武器が買える?
タリアは「はぁ」とため息。
「やむをえませんね。こちらを」
そう言って、自分の髪飾りを俺に渡す。
「魔石というわけではありませんが、そこそこ貴重な宝石がついています。一般的な剣を購入するお金にはなるでしょう」
「いいんですか?」
「今は、クラリエ王女の護衛戦力を充実させるのが急務ですから」
「すみません、恩に着ます」
俺は言って、街の武器屋へと走り出したのだった。
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