大陸一の戦士に『困っている』などと言われても、それこそランディの方が困ってしまう。
その気持ちが顔に出てしまったのだろう、レルスが苦笑する。
「いや、今のは失言だった。だが本音でもある。何しろいきなり王国軍と決闘だからな。常識外もいいところだ」
そりゃあそうだろう。
クラリエ王女から解雇されたことがショックで当初は頭が働かなかったが、普通に考えて国軍と決闘などありえない。
「確かに色々と非常識ではあると思いますが、子どものすることですし」
「まさにそこだよ。子どもの短慮と勇者という立場、そして世界一の力。今のアレル達はあまりにもアンバランスだ」
レルスの言葉は正しい。
正しいがしかし。
(それを自分に言われても……)
ランディとしては困惑するしかない。
「ランディくん、君は勇者をどう思う?」
「……そうですね。まあ、悪い子じゃないと思いますが」
「アラバラン王国から共に旅し、あの決闘を見て思ったのはそれだけかね?」
「それは……」
ランディは口ごもる。
話してしまっていいのだろうか。
「他に思うことがあるなら正直にお願いしたい。他言はしない」
「はい」
本当に誰にも言わないでくれるだろうか。
だが、ランディとしても誰かに相談したいことではあった。
「勇者の力ははっきり言えば恐ろしいと感じています。特にアレルは……」
ランディは思い出す。
最初に勇者アレルと出会ったときのことを。
クラリエ王女を一瞬で押さえ込み、首筋に手刀を当てて彼は言った。
『決闘だったら、王女様の首なくなっているよ』
『本当に死にたい? なら、このまま……』
『なんで? この人、死にたいって言ったよ?』
あの時のアレルは恐ろしかった。
正直に言えば、恥ずかしながらランディは少しチビってしまったほどだ。
もちろん、客観的に見て悪いのはクラリエ王女だったし、アレルも本気で王女の首を取ろうとしたわけではないだろう。
だが。
だとしても。
クラリエ王女を追い詰めた胆力。
ダンジョンで見せた圧倒的な能力。
王国軍との決闘で見せた武力。
どれもこれも恐ろしい。
そう吐露すると、レルスは「ふむ」とうなずいた。
「だが、今君が言ったようなことをできる人間は……そう多くはないがそれなりにはいるだろう。現に私にもできるだろうし、あるいはライトくんにもできる」
「はい。ですが、あなたは大人だし、ライトも幼児ではありません」
そう。
アレルの恐ろしさはそこだ。
彼は悪い子ではない。
むしろ良い子だろう。
だが、しょせん6歳児。
感情の赴くままに動くし、我儘も言うし、涙と共に暴走もする。
ショート・アカドリを失ったときのように動けなくなってしまうときもある。
幼児として当たり前の傷つきやすい心しか持ち合わせていない。
ただの幼児ならばランディだって『かわいい男の子だな』と思うだけだ。
だが、彼は勇者であり、そしてなによりも……
「あの幼さで、あの力を持っているのは恐いですよ」
いつか、誰も抑えられなくなるのではないか。
とくに、ショートが消えた今となっては……
レルスは「そうだろうな」とうなずく。
「私も同じように懸念している。ショートくんやライトくんが一緒なら……と思ったのだが、ショートくんはいなくなったし、ライトくんだけに押しつけるのは酷だろう」
「あなたが共に行動すればよいのでは? 大陸一の戦士たるレルスさんなら、アレルの暴走なんて抑えられるでしょう?」
ランディがそういうと、レルスは自嘲気味に笑う。
「私が大陸一の戦士か。本当にそうならばよかったのだが」
「違うのですか?」
「今のアレルには、私が3人いても勝てんよ。私はせいぜい大陸で2番目だろうな。ライトくんの成長を見ているとじきに3番目に後退しそうだが」
「はぁ……」
「私が最強でないことは問題ではない。いずれにしても年を取れば衰えるだろうと覚悟はしていた。問題なのは6歳のアレルが圧倒的な力を持ちすぎたことだ」
いいたいことはわかる。
わかるのだが。
(だから、それを私に言われても困るんだが)
結局、レルスは何を言いたいのだろうか。
「さて、アレルは魔族との戦争を回避したいと思っているらしい。フロルやライト達もな」
「そのようですね。私も戦争は避けるべきだと思います。それが可能かどうかは別問題としてですが」
「ふむ。その通りだな。ところで……」
ここで、レルスは声を潜めた。
ランディにもここから先は他人に聞こえないようにしろと命じる。
「300年に一度、勇者と魔王の生誕をきっかけに起きる戦争。それを避ける最も簡単な方法は何だと思う?」
「さあ? 話し合いですむとは思えませんが。なにしろ、すでにアラバラン王都は焼かれましたし」
勇者やアラバラン国王は和平を模索しているようだが、そう簡単ではないだろう。
魔族側の動きもさることながら、親や子どもを焼かれたアラバランの民の嘆きや怒りの感情は簡単には消えない。
勇者がいるならば魔族を滅ぼせと考える民がいたとして、誰が責められようか。
そして何よりジンバルグ帝国だ。
貴族であるランディは知識として知っているが、彼の国は魔族だけでなくアラバラン王国をはじめとした北大陸の3カ国に対しても、いくどとなく軍事的、政治的、経済的な侵略を試みている。
ジンバルグ帝国にしてみれば、魔族との戦争でアラバラン王国をはじめとする他の国の国力が下がるのは願ったり叶ったりですらあるかもしれないのだ。
「その通りだ。話し合いで解決すると思うのは子どもの発想。だが、もっと乱暴で、もっと簡単な考え方もある」
「……?」
「そもそもの戦争の原因を取り除く」
「意味がよく分かりませんが」
「分からないか? 戦争のきっかけとなるのが勇者と魔王であるというならば、それを排除すればいい」
レルスは淡々とそう言った。
「なっ!?」
ランディは息をのむ。
「それはつまり……」
勇者と魔王を殺す?
そう言いかけたランディに、レルスは「それ以上言わないように」と忠告した。
「あくまでも、そう考える人間が出てもおかしくないということだ。いや、現にそういう意見はある。ダグルハンドのギルド総本山でギルド長にそう連名で提案が成された」
「それは、ですがっ!」
「むろん、ギルド長は即却下した。あまりにも浅慮な方法であるとしてな」
ランディはホッとする。
アレルの力は恐ろしいと感じる。
が、しかし。
6歳の勇者を始末して世界は平和になりました。
めでたしめでたし。
……これはさすがにランディの正義感や倫理観も受け入れられない。
貴族とはいえ、彼も少年。当たり前の感情としてそう思う。
「そもそも、勇者だけを排除して魔王が残ったのでは、むしろ魔族に好機を与えるだけだからな。魔王と勇者を同時にならともかく、勇者のみを排除するなど悪手だろう」
「当たり前です。第一、勇者様を殺すなんて無理でしょ」
アレルのとんでもない力量を見れば当然の結論としてそう思う。
何よりレルス自身が、さっきアレルは大陸一の戦士だと認めたではないか。
「そうかね? 手段を選ばないならば、彼らを殺すことなど君にだって簡単だと思うが」
「無理ですよ!」
「簡単だ。この店で焼き菓子を買い、森に生えているアルベンの実から猛毒を生成して振りかけたうえで、土産だと言ったアレルとフロルに渡せばいい。『解毒』の魔法を使う暇もなく、2人の命を奪えるだろうな」
ちなみに、アルベンの実とはこのあたりに生えている雑草だ。
そのままならば触っても手が荒れる程度だが、ある種の加工をすると人の命を奪う猛毒となる。
「いや、そんなことを言われても……」
まさか、彼はランディに2人を毒殺しろと言っているのか?
「誤解しないでくれ。あくまでもそういうことが可能で、そう考えている人間もいるというだけだ。
もし、今後、勇者と魔王を同時に排除することができるチャンスが訪れれば、あるいはそういうことを企む輩も出てくるだろう
むろん、そうでなくても魔族側からすれば勇者のみを暗殺しようとするものもでてきてもおかしくないが」
なんだか、とんでもない話を聞かされている気がする。
今からでも聞かなかったことにしたい。
「問題なのは、アレル達がそれを自覚していないことだ。アレルもフロルも……いや、ライトやソフィネもだが……あまりにも純粋だ。世の中の暗い面を知らない。それは少年少女としてみれば好ましいことだが、今の彼らにとっては……」
「危険なこと、ですか」
レルスはうなずいた。
「それなら、なおのこと、レルスさんがアレル達についているべきだと思います」
「それが難しい」
「なぜですか? レルスさんにもお役目はあるでしょうが……」
「もちろんそれもあるがな。私はそもそも……」
レルスがその後語ったことは、色々と衝撃的な内容だった。
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(さて、どうしたものか)
アレル達の待つ宿屋の部屋に向かいつつ、ランディは頭を悩ませる。
レルスから告げられたことは本当に頭の痛い内容だった。
はっきりいって、ランディの手に余るのだが……
いずれにせよ、部屋に入るとそこにはアレルとフロルとライト。
そして見知らぬ幼児が2人。
「あ、ランディ、お帰り」
そう言ってきたアレルに、ランディは尋ねる。
「だれだ、その2人は?」
首をひねるランディにアレルが無邪気に言った。
「ワイルスとタイレスだよ。2人は魔王で、さっきお友達になったんだ」
その言葉を聞いて。
ランディは頭がクラッっとなるのを自覚した。
(勇者と魔王、そろっちゃったよ!?)
色々な意味で、さらなる波乱が起こりそうで。
(ダメだ、私のキャパを超えている!)
ランディはその場にぶっ倒れたのだった。
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