「アレルくんやフロルくんと、ショートくんの奴隷契約のことじゃ」
ダルネスの言葉に、俺は緊張する。
やっぱり、幼子を奴隷にしているのはマズいのかな。
色々と事情はあるのだけど。
ちょっと体を緊張させる俺。
「奴隷制度についてはワシなりに思うところもある。とはいえ、奴隷という物が国に認められた財産である以上、それを咎めるつもりはない。じゃがな……」
ダルネスはそこでスッと目を細めて俺達を見た。
「どうも、先ほどから見ているかぎり、ショートくんは2人を自分の私有物ではなく仲間だと思っておるようじゃ。ならばなぜ奴隷契約をしておる?」
眼光鋭く老人に尋ねられ、俺は隠しきれないなと感じた。
そもそも、むしろ俺が子どもを奴隷にしたがる人間じゃないと理解してほしい。
「実はですね……」
俺は事情を説明した。
勇者とか転移者とかいう部分は隠し、幼い奴隷を憐れに思って買い取ったという類いの話だ。
「なるほどのう。ならば、お主と双子が奴隷契約をいつまでも結んでおくことはないのではないか?」
「ですが、2人の身分証代わりとも聞きました。下手をすると俺が誘拐犯とみなされかねないとも」
「確かにそういう一面もあるじゃろうが……身分証ならば、もうもっと立派なものがあろう?」
え?
それは何のこと?
とおもって、すぐに冒険者カードのことだと気づく。
「レベル0ならともかく、レベル1ならば冒険者カードが身元保証になる。冒険者パーティを組んでいるならば、誰も誘拐したなどとは言わんよ」
なるほど。
「それをふまえて、ショートくんに質問じゃ。おぬしは2人との奴隷契約を破棄するつもりはあるかのう?」
その問いに、俺は考える。
いや、考えるまでもない。
「はい。もちろんです」
俺は深く頷いたのだった。
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話を聞いていたフロルがビックリした顔で言う。
「ご主人様、奴隷契約の破棄って……」
「もう必要ないと思うからね」
「そんな……」
フロルは驚き、そしてそのあと不安そうな顔になる。
え、なんで?
「ご主人様には、私たちはもう必要ないんですか?」
いやいやいや、そんな意味じゃないよ!?
「アレルも、ごちゅじんちゃまといっちょにいたいの……」
いや、だから違うって。
俺は慌ててしまう。
2人の中では『奴隷でなくなる=俺から捨てられる』みたいな図式が浮かんだらしい。
ちょっとショックだ。
「そうじゃなくてっ!! これからは奴隷とご主人様ではなく、冒険者の仲間として一緒にやっていこうって話だよっ!!」
その言葉に、フロルとアレルの顔がほっとした表情に変わる。
「じゃあ、アレルとフロルとごちゅじんちゃまは、ずっといっちょ?」
「ああ、もちろんだとも」
俺はアレルに頷き返す。
「……でも、いいんですか?」
「なにが?」
「だって、ご主人様は私たちを買うためにたくさんお金をつかったのに」
まあな。
ゴボダラの野郎に一杯食わされた部分もあるし。
だが、あの金は俺が稼いだものじゃないし。
シルシルの金で、おそらくあの幼女神様としても2人にいつまでも俺の奴隷でいて欲しいとは思っていまい。
「もちろんだよ。むしろそうしたい。アレルもフロルも、いつまでも奴隷でいることはない」
2人の顔にパッと笑顔が浮かぶ。
「ありがとう……ございます」
フロルは俺に深々と頭を下げる。
「ありがとうなの」
アレルも同じようにする。
「おいおい、やめろよ」
逆に焦りつつ、俺はダルネスに尋ねる
「それで、奴隷契約書の解除ってどうすればいいんですか?」
「ふむ、契約書は今もっておるか?」
「はい」
俺は頷いて無限収納から奴隷契約書を取り出す。
「なんじゃ、無限収納に入れておったのか」
ダルネスが驚いた顔をする。
「はい。何かマズかったでしょうか?」
「無限収納の中に入れている間、奴隷契約書の効力はなくなっていたはずじゃ。冒険者カードには表示されるが、2人に命令を強制することはできなかったのではないか?」
え、そうなの!?
2人ともけっこう素直に俺の言うことを聞いてくれていたけど!?
ビックリした顔を浮かべる俺に、ダルネスは『こりゃあおかしい』とばかりに笑い出す。
「どうやら、アレルくんもフロルくんも、ショートくんのことを信頼しておったようじゃな」
言われて理解する。
2人はこれまで奴隷契約書の効力じゃなく、自分の意思で俺に従ってくれていたということか。
思い返せば、魔法を最初に習おうとしたときのアレルの態度などは、奴隷契約書が有効ならばありえなかったのかもしれない。
「ならば、なおさら奴隷契約書はもう必要あるまい。かしてごらんなさい」
ダルネスは奴隷契約書をうけとり、思念モニタを弄る。
ぼっ。
奴隷契約書に炎が灯る。契約書は灰となって消えた。
後に残ったのは小さな魔石のみ。
「これで、奴隷契約は完全に破棄されたはずじゃ」
言われて、俺は双子の冒険者カードを見てみる。
その職業欄には、冒険者であることが記されているのみで、俺の奴隷だという文字は消えていた。
「ありがとうございますっ!」
俺は心の底からダルネスにお礼を言った。
「ふぉふぉふぉ。自らの奴隷を失って礼をいうとは。ショートくんも面白いのう」
ダルネスはそういって笑うのだった。
「この魔石はショートくんが持っておきなさい。わずかじゃがまだ魔力が残っておる。1度くらいならMPを全回復させられるじゃろう」
「はい」
俺は魔石を受け取った。
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ダルネスとレルスは仕事を終えたとばかりに席を立つ。
「それじゃあの。3人の新たなる冒険者に祝福を」
ダルネスの言葉に、俺達はもう一度頭を下げた。
試験だけじゃない。もっと大きなものをもらった気がする。
レルスも言う。
「アレル、がんばれよ。君には俺をも超える才能がある。期待しているぞ」
レルスの言葉に、アレルは大きく頷く。
「うん、がんばるのー、いつか、レルスにも勝つのっ!」
アレルの言葉に、レルスは満足げだ。
「その意気だ、できれば俺が現役のうちに、もう一度手合わせをしたいものだな」
「うん。おねがいちますなの」
こうして、俺達のレベル1への試験は本当に終わったのだった。
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冒険者ギルドに戻ると。
そこには、ミレヌやミリス、ブライアン、それにライトとその仲間をはじめとする、多くの冒険者達が待ち構えていた。
代表するように、ミリスが俺に尋ねる。
「どうだった?」
「無事、3人とも合格しました」
その言葉に、喚声が上がる。
みんな、本当に喜んでくれた。
「この町から最年少冒険者誕生か!」「やったな、アレル、フロル!」「すげーな」
口々にそういう冒険者達。
うん、なんだか俺はオマケ扱いっぽい。
そんな中、ミリスがアレルに近づく。
「よくやったぞ、アレル。私は君を誇りに思う」
「ありがとうごじゃいます!」
うん。まだまだ舌足らずだけど、アレルもすこしずつ成長してる。ステータス以外の部分も。
ブライアンも俺達の元へ。
「ショートちゃんとフロルちゃんなら大丈夫って信じていたわよ♪」
お、おう。
正直、アレルがミリスに感じているほどには、俺は彼に対して師弟関係を感じてはいない。
しかし、それでも彼から魔法の使い方や心得も含めて教わったことは多い。
ならば、ここはお礼を言うべきだろう。
『ありがとうございました』
俺とフロルが声を合わせる。
「いいのよ、いいのよ。こんどショートくんがちょっとデートしてくれたら♪」
「それは遠慮します」
即座に断る俺。ブライアンとしても冗談だったのだろう。それ以上は言ってこない。
……冗談だよな?
「アレルっ! おめでとう!」
ライトがアレルの手を掴む。
「うん。アレルもレベルあがったよっ」
「おう!」
2人の間には、俺やフロルもしらない絆ができているっぽい。
少し気になるのは、そんな2人へちょっと複雑な目線を向けているライトのパーティーメンバー達だ。
彼らはレベル1への試験を落ちている。確かに心中複雑かも知れない。
「3人とも、おめでとうございます」
ミレヌも祝福してくれた。
「はい。ミレヌさんにもお世話になりました」
「ええ、ダルネス様達も無事お帰りになって、私もほっとしています」
え、それはどういう意味?
きょとんとする俺に、ミレヌは「聞いていないのですか?」と言う。
「ダルネス=ゴッドウェイ様はこの大陸の冒険者ギルド長――最高責任者ですよ。国をまたにかけた組織の長という意味では国王陛下以上のお立場の方とすらいえます」
まじで!?
「レルス=フライマント様も、現在のお立場こそ一介の冒険者ですが、大陸中の冒険者ならば知らぬ者はいないほどの伝説の方です」
とんでもない2人だったんだ。
「今回、アレルさんとフロルさんの話を聞いて、お2人自らこられるとなって、私たちもう、緊張しまくりだったんです」
「それはなんというか……」
冷や汗たらたらの俺。
「ともあれ、今日はお祝いですね。これじゃあ、仕事になりそうもありません」
そういって苦笑するミレヌ。
確かに、ギルドの受付場で、冒険者達が酒盛り状態。
アレルとフロルも……
……って、ちょっとまて。
「あ、こら、アレル、フロル、お前達はお酒はダメだぞっ!」
この世界に年齢による飲酒の制限はないようだが、さすがに5歳児の体にお酒は不味いだろう。
俺が止めると、2人はちょっと不満そうにしながらも、素直に従ってくれた。
うん、俺達にもう奴隷契約書は必要ないねっ!
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