国王が小さくうなずきながら言う。
「八賢人。確かに魔族の政治はそのように呼ばれる8人の合議制とは聞いているが」
魔族の政治体制ってそうなっているのか。
「同時に、アブランティアもまた八賢人が1人。賢人の中でも最も過激派でありました」
ふむ。
過去形で言うからには、アブランティアがすでにこの世にいないと認識しているのか?
「もう1人――ララルブレッッドも八賢人の1人か?」
国王の問いに、リラレルンスは首を横に振る。
「いえ。彼女はアブランティアの恋人にあたります」
なるほど。
「つまり、そなたは魔族の指導者の1人として、暴走したアブランティアらを止められなかったことを謝罪し、これ以上の戦を避けるためにこの場にいる。そういう認識でよいのだな?」
「はい。私が1人で武器を持たず、また魔物も連れずにこの地を訪れたのは、敵対する意図がないとお示しするため」
ふむぅ。
さて、どうするのか。
国王はどう判断する。
「リラレルンス殿。正直に余の気持ちを言うならば、王都を焼かれ、その日のうちに都合のよい申し出をされているという不快感もある」
だろうな。
自分が治める街を襲われたのに、『ごめんなさい』で許せるかと言われればノーだろう。
「むろん、言葉だけでなく和平の品もご用意しております」
リラレルンスは腰につけた布袋を取り外し、その場に置いた。
「それは?」
「オリハルコンにございます。むろん、それが王都の人々の命に代わるとはもうしませんが、今、この場で用意できる最大限の誠意です」
オリハルコン?
なにそれ?
「南大陸でとれるという、魔石に匹敵する力を持つ鉱石か」
そんなものがあるの?
「これで足りないと申されるならば、今すぐ差し出せるのは私の命くらい。それを欲するならば、今すぐこの場で我が首をおはねください」
国王がザスラルに目で合図する。
ザスラルは小さくうなずき、リラレルンスが渡した布袋を見聞する。
「本物か?」
問う国王に、ザスラルは困った表情。
「……私には鑑定眼はございませぬ」
まあそうだろうな。
俺はソフィネに小声で聞く。
「ソフィネ、君のスキルでわからない?」
彼女は『アイテム鑑定』の中級を身につけているはずだが。
「さすがに、見たこともないアイテムはわからないわよ」
だろうな。
さて、どうしたものか。
どうにも対処に困る俺や国王。
だが、アレルが言った。
「どっちでもいいよ、そんなことは」
いや、良くないだろ。
「それがオリハルコンだかなんだかだろうと、ただの石っころだろうと、そんなのはどうでもいいんだ」
アレルはそう言って、リラレルンスに近づく。
「大切なのは、これ以上誰も傷つかないこと。仲良くしたいっていうなら、それ以上の理由なんて必要ない。アレルはそう思うよ」
なるほどな。
確かにその通りだ。
オリハルコンが本物であるかどうかなんてどうでもいいことだ。
そもそも、ここで偽物の贈答物を差し出すなど、意味がなさ過ぎるし。
「では、勇者様は和平を受け入れてくださると」
リラレルンスの言葉に、アレルは言う。
「その前に、魔王さんはどう考えているのか教えてくれない?」
確かに。
未だ俺たちは魔王の意思を聞いていない。
魔王もまた勇者と同じく6歳の子どもらしいが……
「魔王様は……お優しき方です。あなたと同じように、誰かが傷つくことなど望んでおりません」
リラレルンスの言葉に、アレルはうなずいた。
「わかった。ありがとう」
いずれ勇者と相対するであろう魔王。
彼らがアレルやフロルと同じように、優しい子だというならば。
それはおそらく今一番の救いなのだろうな
国王が話を進める。
「リラレルンス殿、そなたの申し出は理解した。勇者殿のおっしゃるとおり、これ以上の犠牲は余もさけたいところ。
感情論よりも、理性的な決断をすべきであろう」
国王も和平に向けた道を考えているのか?
「まして、魔族との戦争となれば、南大陸に一番近いのは我が国。もっとも最前線になることは想像に難くない。戦を避ける道があるならば、それを探るは王としての務め」
国王のその言葉に、リラレルンスの顔にも希望が宿る。
「それでは、和平を受け入れていただけると?」
「具体的な取り決めはともかくとして、大筋の合意はすべきと考える」
ふむ。
どうやら、俺が口を挟むこともないな。
ライトやソフィネはもとより、フロルもほっとした表情だ。
だが。
よりにもよって和平が決まろうとしているこの話に口を挟んだのは、俺が知る限りもっとも平和を望んでいると思っていた子だった。
「え、ひょっとして、王様はこんな意味の無い仲直り話を飲み込むの?」
無邪気で優しいお子様勇者。
アレルはきょとんとした顔で、この仲直り――和平に意味が無いと言い切ったのだった。
「勇者殿、それはどういう意味かな?」
国王の問いに、アレルは言う。
「だって、こんなの意味ないじゃん。こんな約束で平和になんてなるわけないもん。だから、この話はだめだよ」
おいおい、アレル、何を言い出すんだ?
ハラハラする俺。
緊張した目でアレルをみるリラレルンス。
アレルの言葉の意味を理解しがたい目でみる国王。
そして、もう1人の勇者――フロルは厳しい目で、アレルと国王とリラレルンスの三者を見つめるのだった。
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