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(フロル/3人称)
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フロルは守人の里を歩きながら周囲を観察する。
全体で30人前後の人間が住んでいる様子だ。
赤ん坊から老人まで、老若男女そろっている。
服装は全員同じデザイン。制服というわけではなく、里の中で生産している布の種類や織物の技術が限られているだろう。
家はレンガ製。
ドワーフが住んでいるようには見えないので、これは里の外から建築材料を仕入れているのか。
村の東と北には畑が広がっており、様々な植物を育てている様子だ。西はコッコなどの家畜を飼っているのだろう。
ようするに。
服装などに少し独特な文化はあるにせよ、普通の小さな村――いや、案内してくれているカロカロという青年によれば、村ではなく里という呼び名らしいが――
(いきなりビンゴだったけど、『勇気の試練』はどこにあるのかしら?)
フロル達がこの里を探した方法は単純だ。
『浮遊』をつかって、上空10メルくらいまで上がり、人里らしきものを探したのだ。
見えたのは3ヶ所だったが、そのうちの2ヶ所にはそれなりに広い街道が通じていた。
そこで、フロル達は街道がつながっていない人里へとやってきたのだ。
道のつながらぬ場所を選んだ理由は簡単。
『勇気の試練』についての情報はほとんどの人が知らなかったから。
冒険者になってから、勇者の話は伝説や物語として知っていたが、勇者の試練についてはレルス意外の人から聞いたこともなかった。
エンパレの冒険者ギルドで話題になってない。
街道沿いに守人の里があるなら、最低でも冒険者達が話題にしているはずだ。何しろ冒険者というのはどこへでも旅をするし、噂話や自慢話が大好きなのだ。
そんな、若干根拠の薄い推理で、フロル達はこの里へとやってきた。
幼児4人と少年少女という一行に、里の門番はやたらと警戒していて、フロルは逆に何かあるなと直感した。
だから、あえて真っ正面から尋ねたのだ。
「ここ、『勇気の試練』の守人が住む村かしら?」
若い門番――カロカロは明らかに狼狽した顔になる。
「な、なぜそれを知っているのだ!?」
これで決定。
自分たちは『勇気の試練』に心当たりがありますと言っているようなものだ。
だから、フロルは続けて告げた。
「私が勇者だからよ」
その言葉に、カロカロは跳び上がらんばかりに驚き。
しばし待たされた後、こうして里の長の元へと案内されている。
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長だとい老婆を前にしてカロカロは言った。
「長、この女の子が勇者様だそうです」
老婆は余裕の笑みを浮かべる。
「そんなことはみれば分かるよ。ようこそおいでになった。2人の幼き勇者様。そして勇者様のお仲間達。我々守人は300年この日を待ち望んでおりました」
そういって、老婆はフロルとアレルに近づいてくる。
カロカロが首をひねる。
「2人?」
実は里に来てからフロルしか勇者だと名乗っていない。
別にアレルが勇者だと言うことを隠したわけではなく、言うタイミングがなかっただけだが。
「カロカロ、お前は若いね。なにもみえていないようだ」
「ばあさんみたいに何もかも見通すなんてできねーよ」
「ふんっ、言ってくれる」
その会話を聞き、フロルは違和感を覚える。
それを感じたのはフロルだけではなかったようで。
アレルが不躾に聞いた。
「おばあちゃん、目をつぶっているのに見えるの?」
長は「ふぉふぉふぉ」と笑う。
「目を開けても見えんよ。赤ん坊の時からな。だからこそ、視ることができる」
トンチのような問答にアレルは混乱している。
フロルは「つまり……」と長に言う。
「視力がない代わりに、別の感覚が優れていると」
「それ、どーいう意味?」
「そうね……例えばアレルも『気配察知』を使えば、目をつぶっていても人のいる場所が分かるでしょう? 長様はそういうスキルを持っているんじゃないかしら」
「ふーん、『気配察知』使えるんだ」
「話を聞く限り、『気配察知』とは違うスキルっぽいけど」
フロルの推察に長は「さてな……」と笑う。
「目が見えないので、思念モニターとやらも使えん。自分が他者よりも世の本質と少し先の未来を見通す力を持っているとは思っているが、それがお前達の言うスキルと同じ物かは分からん」
確かに、表示される文字がみえなければ思念モニターを使うことは困難だろう。
「さてと。カロカロ、私は勇者様達と少し話がある。あんたは歓迎の宴の手伝いをしな」
「今日は俺、警備の当番なんだけどな」
「じゃあ、そっちの仕事に戻るんだね」
そういって、長は『シッシ』と手を振る。
「ちぇ、俺も勇者様の話聞きたいのに」
不満を言いながらも長の命令に逆らうつもりはないらしく、部屋から出て行くカロカロ。
が。
ライトが言う。
「俺が警告するまでもないと思うが、聞き耳立てられているぞ」
どうやら、扉の向こうでカロカロが耳をそばだてているらしい。
タイレスが付け足す。
「しかも5人以上はいるわね」
どうやら、里の人たちにとって勇者はとても興味深いらしい。
長は「わかっている」とうなずき、それから怒声をあげた。
「あんたたち、いい加減におし! 聞き耳をたてるなどはしたない。それぞれの仕事に戻れ!」
老婆とは思えない怒鳴り声に、扉の向こうで慌てた足音がして、去って行った。
「まったく、しょうがない子たちだね。ともあれ、あらめて……」
長はゴホンと咳をする。
「私は『勇者の試練』の守人の長、アルベロ。できれば勇者様達のお名前もお聞かせ願えますかな?」
どうやら、名前までは見通せないらしい。
「僕はアレルだよ」
「私はフロル」
その言葉に長――アルベロはうなずく。
「今代の勇者様は、双子に生まれ落ちたのですな」
「分かるの?」
「同じ魂を分け与えられた、大きな光ですからの」
そう言ってまた「ふぉふぉふぉ」と笑う。
「私は人の顔を見ることはできませぬが、その者の命の光をしる力を持っております。あなた方の光はとても美しくまぶしい」
その言葉に、アレルが首をひねる。
「僕ってまぶしいの?」
「はい。勇者様はとても強く輝いております」
「だからおばあちゃんは目をつぶっちゃってるんだ」
いや、それは違うから。
フロルはツッコミを入れようかと思ったが、話が先に進まなくなるので我慢する。
「そちらのお2人は勇者様のお仲間ですかな?」
「ああ、俺はライト、こっちはソフィネだ。勇者の仲間になったのは成り行きだな。あるいはたまたまか」
「すなわちそれは運命でありましょうな。そして……そちらの3人」
長はタイレスとワイルスに顔を向ける。
「3人? 2人じゃないの?」
アレルが首をひねる。
「そこには3つの光が見えます。1つは動物に近いですが、のこる2つは……勇者様とは真逆の色をした、漆黒に近い、それでいてやはり美しい力を感じます」
タイレスが「ああ、そうか、スラピーのことも分かるんだ」という。
透明化能力を持つというスライム。
未だ、フロル達の前でその能力を解いていないのですっかり存在を忘れていたが、王都からずっとタイレスの肩に乗っかっているらしい。
それが分かると言うことは、この長の力は本物だ。
「勇者様に匹敵するほどの漆黒の力。あなた方は何者ですかな?」
フロルは(まずいわ)と感じる。
長の力は予想外だ。
勇者に匹敵する漆黒の力だというならば、生半可ないいわけは通じない。
というか、彼女の物言いは半ば2人の正体に気がついているように聞こえる。
どうごかまかしたものかと考えていると、とうのタイレスがあっさりと言った。
「オイラ達は魔王だよ。アレル達とお友達になって、いっしょにここに来たんだ」
すさまじくサラッと言ってのける。
これにはフロルだけでなく、ライトやソフィネ、それにワイルスもギョッとなった。
「ちょ、ちょっと、タイレス! なにいきなりバラしているのよ!?」
慌てるワイルス。その反応自体がタイレスの言葉を肯定してしまっている。
「だってさぁ、このおばあちゃん、とっくにオイラ達の正体わかってるみたいだし。だったら隠しても意味ないじゃん」
「そりゃ、そうかもしれないけど……」
そんな魔王2人に、またまた「ふぉふぉふぉ」
「やはりそうですか、勇者様と魔王様とは、これは豪勢なお友達ですな」
なかなかに懐の広い反応だ。
「ただ、そのことはむやみに里の者に言わぬよう願います。カロカロ辺りが聞けばパニックでしょうから」
なるほど。
アルベロがカロカロを追い払ったのは、勇者というよりも魔王の正体を聞かせたくなかったからか。
「うん。オイラ達もわかってるよ」
「ありがとうございます。では、もう少し詳しいお話をお聞かせ願えますかな? なぜ勇者様と魔王様がいっしょにおられるのか。そして、その幼さで試練をうけることになった理由など……」
フロルは尋ねる。
「全てを見通せるんじゃないの?」
「まさか。私に視ることができるものなどごくわずか。世の真理にはほど遠く、真実すらあやしいものです」
老婆はそういって、もういちど「ふぉふぉふぉ」と笑うのだった。
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