(フクロウ亭……ここか)
シルシルとの会話を終え、ゴルに紹介された宿屋に着いた時、もはや深夜といっていい時間だった。
正直、クタクタだ。
回復魔法で心労を癒やせないのが恨めしい。
この世界の仕組みを作ったゲームマスターとやらには人の心労なんて理解できないのかもしれないな。
そんなことを思いつつ、俺は宿の扉を開ける。
エンパレの街で利用していた宿と同じように、1階部分は食堂件居酒屋みたいな運営携帯らしい。
その食堂の一席から、ライトの声がする。
「ショート、こっちこっち」
ライトとゴルが一つのテーブルを囲んで座っていた。
どうやら、俺を待っていてくれたらしい。
「おう、アレル達は?」
「3人とも疲れているっぽいから先に寝かせといた」
「そっか、サンキュ」
確かにアレルもフロルも、俺と同じかそれ以上に疲れている様子だった。
ソフィネだって疲れはあったはずだ。
俺はライトの席の隣に座る。
「ライトも疲れてるだろ?」
「まーな。でも、誰か起きて待っとかないととだろ」
確かに。
みんなが寝てしまっていては、俺が宿にやってきても困ってしまっただろう。
「重ね重ねすまん」
「いいって、いいって」
笑ってみせるライトだが、表情を見る限り彼もやっぱり疲れているっぽい。
「で、なんでゴルも待っていたんだ?」
「話を聞かせろって言っただろうが。あんなこと言われたら、気になって眠れねーよ!」
あんなこと?
ああ、アレルが勇者だって話か。
正直、魔族との和平とか、この世界の成り立ちとかと比べると些末ごとにも思えてしまうが……
いや、しかしやはり勇者のこともむやみに吹聴してよいことではないだろう。
ライトが俺に言う。
「俺としても、どこまで話したもんかなと思って、お前が来るのを待っていた」
その発言自体、アレルが勇者だと認めたようなもんじゃねーか。
俺はしかたなく、ゴルにいう。
「まあ、アレルがそういうアレなのは本当だよ」
俺は曖昧な言葉で認めるしかなかった。
「つまり、あのガキが勇……」
言いかけたゴルの口を、俺は手を当てて押さえる。
ゴルは不満顔。
「何だよ、他に客はいないだろ」
小声で俺は言う。
「宿のご主人が掃除しているだろーが」
店の片隅をご主人が黙々と履き掃除中。
別段聞き耳を立てているとも思わないが、聞こえない距離でもない。
「あ、すまん」
ゴルは素直に謝った。
うん、最初にあったときの印象よりは素直なヤツなのかな。
「なんか、1年前より性格が丸くなってね?」
「うるせよー、つーか、あの時は女の方のガキ――フロルが挑発してきたんだろうが」
そういう事実もあったような気はする。
「俺の方も初対面で言葉が過ぎたのも事実だけどよ。あのときは、お前達3人が冒険者になったらすぐに死んじまうんじゃないかって思えてな」
確かに。
ひ弱な日本人と幼児2人。
ゴルでなくてもそう考えるだろう。
ミレヌもそんな様子だったし。
よくよく思い出してみれば、ゴルが最初に俺たちに浴びせた言葉には『ギルドに子供を連れてくるな』といった忠告も含まれていた。
言葉足らずで乱暴な言い方ではあったが、冒険者なんて多かれ少なかれそんな物言いをするもんだ。
剣術の訓練の時の言葉だって、せっかく金を払って習いに来たのに5歳児と一緒にお稽古するなんてゴメンだというのは、一般論としてわからなくもない。
要するに、ゴルもフロルやソフィネと同じく毒舌が過ぎることがあるだけで、そこまで悪いやつではないのだろう。
そうでなければ、俺たちよりも長くつきあっていたライトが、ゴルに気さくに話しかけるわけもない。
ライトはこれで人を見る目はある方だと思うし。
俺はゴルに言う。
「こっちも、あのときのフロルの暴言は、改めて保護者として謝罪するよ」
「ああ、俺も大人げなかった。あと、何も言わずにエンパレから逃げ出したのは、今思うとダサすぎだ」
だわな。
「ガキどもの何倍もの年月生きているのに、情けねーったらないさ」
そう言って、ゴルは自嘲気味に笑った。
『ガキどもの何倍もの年月生きている』
ゴルのその言葉に、俺はギクリと顔を曇らせる。
そして、直後に悟られてはマズイと表情を戻す……少なくとも戻したつもりだ。
本当は、ゴルもライトも、アレル達と同じ時に産まれた――いや、作られたのだ。
だが、それだけは誰にも伝えるわけにはいかない。
それは、あまりにも残酷すぎる真実だから。
ライトはゴルに言う。
「ま、そういうことだ。アレルは俺やお前みたいな凡人とは桁が違う天才だよ」
ライトは慰めているつもりなのだろう。
「俺からすれば、お前も天才なんだけどな。その年でレベル7の戦士とか、ありえねーだろ」
「それもアレル達といっしょだったからだよ。運が良かっただけだ。俺一人だったらまだレベル3くらいが関の山だ」
ライトの言葉にゴルがジト目。
「お前、俺がレベル2だって分かっていてそれ言っているか?」
「そりゃ、多少は俺の方がゴルよりつよいからな」
実際の実力差は多少なんてものじゃない。
アレルが一緒だから目立たないだけで、すでにライトはこの大陸で10本の指にはいる戦士らしいからな。
明確にライトより強い戦士なんて、それこそアレルとレルスくらいなんじゃないかね。
ゴルは舌打ちしつつもそれ以上は反論しない。
実際、今ライトと戦えば勝てないと理解しているのだろう。
それを理解しながら、反論するほどには恥知らずでない様子だ。
そこまで話した後。
「さて、と。いい加減俺たちも寝ようぜ。ガチでクタクタだよ」
ライトがそう言って立ち上がる。
俺とゴルもうなずき、それぞれの部屋へと向かった。
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ライト達があらかじめ借りていた部屋に入ると、すでにアレルとフロルが一つのベッドですやすやとお休み中。
その隣のベッドではソフィネも眠っている。
「なあ、ライト、これ、俺たちどこで寝るんだ?」
部屋の中にあるベッドは2つだけ。
そのうちの1つは双子が一緒に、もう1つはソフィネが使っている。
俺とライトのベッドはどこにもない。
あ、ちなみにパーティ外のゴルは別室ね。
「すまん、空室がここしかなかった」
エンパレでは、ソフィネが一緒になってからは2部屋借りていた。
男部屋と女部屋でわけていたのだ。
もっとも、フロルとアレルは離れたがらないので、結局ソフィネだけが別部屋のことが多かったが。
「とりあえず、毛布は借りたから」
そう言って、ライトは毛布をまとって木製の床に横になる。
「ま、そうなるか」
ベッドが二つしか無いというなら、幼子の双子と女性のソフィネに使わせるのが妥当。男はこういう時泣くものである。
俺も毛布にくるまって横になる。
「じゃ、お休み」
「ああ、お休み」
俺たちはそう言って、目をつぶる。
くたくたの体は睡眠を求めていて。
だけど、どうしても眠れない。
シルシルから聞いたこの世界の真実が。
どうしても俺の心をざわつかせ続けているのだ。
気がつくと、俺はライトに小声で話しかけていた。。
「なあ、ライト、お前はソフィネのこと好きなのか?」
なぜそんな言葉が出てきたのか、自分でも分からない。
ライトはちょっと焦った様子。
「そ、そんなことねぇよ。いきなり何言うんだよ!?」
その慌てっぷりはむしろ怪しいっぽいが。
そんなことを思っていると、ライトはぽつりと付け足した。
「まあ、赤ん坊の時からの付き合いだからな。嫌いではねーよ。仲間としては良いやつだと思うしな」
なんとも思春期らしい微妙な反応である。
それにしても。
『赤ん坊の時からの付き合い』か。
俺はそれが偽りの記憶だと知ってしまった。
それでも、ライトに、あるいはソフィネにとってはそれが真実なのだ。
ならば。
俺は。
「そうだな。彼女は良い子だと思うよ。ちょっと毒舌だけど」
「フロルほどじゃねーだろ」
「それもそうだ」
ライトと話しているうちに、少しだけど心のモヤモヤがとれつつあった。
偽りの歴史と記憶も、この世界の人々の真実。
ライトにとって、ソフィネが幼なじみであることはかわりないのだ。
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