「冒険者登録?」
オウム返しに問う俺に、シルシルは「その通りじゃ」と頷く。
「どこから説明したものかのう。
そうじゃな。おぬしもそこにたどり着くまでに街灯の明かりは見たじゃろう?」
「ああ。なんでも魔石とかいうので光らせるているとかなんとか……」
「その通りじゃ! おぬし達の世界では『デンキ』なるもので実現していることを、この世界では魔石の魔力で実現しておる」
ふむ。
「魔石には他にも、人間の|魔法力《MP》を回復させる力もある。ただし、1つの魔石に含まれる魔力は有限じゃ。おぬしもすでに無限収納の魔法を使ったようじゃが、消費したMPを回復させるには魔石が必要なんじゃ」
「え、宿屋で寝ても回復しないの?」
「あたりまえじゃ。そんなに都合良くMPが回復してたまるか」
ここまでラノベ的というか、ゲーム的なのにかよ!?
「故に、この世界の人々は常に新しい魔石を必要としている。じゃが、魔石を手に入れる方法は限られておってな。
具体的には世界各地にあるダンジョンでしか手に入らん。ダンジョン内のモンスターを倒すと魔石になるんじゃ。他に、宝箱の中に入っていることもあるがの」
完全にRPGの世界じゃねーか。宿屋がしょぼい以外は。
「冒険者とは、ダンジョン探索を|生業《なりわい》とするもののことじゃ。冒険者登録をして、おぬしや双子は経験を積んでレベルを上げるのじゃ。
勇者の試練の場所も一種のダンジョンじゃからの。それも、高難易度の。まずはこの近辺の低難易度のダンジョンから探索するのが良かろう」
いや、簡単に言うがな。
「俺は戦闘訓練なんて受けていないぞ。あのチビ達は尚更だろ。モンスターと戦うなんてできるわけない」
「心配はいらん。ワシの祝福により、そなたは魔法の天才になっておる」
そうかぁ?
確かに無限収納とか便利な魔法だと思うが、戦闘用の魔法は火炎球しかなさそうだったがな。
「冒険者ギルドで金を出せば、おぬしはほとんどの魔法を覚えることができるじゃろう。そして、双子は勇者の因子を持っておる。今はまだ未熟じゃが、戦闘に関しては天性の才能を発揮するはずじゃ」
うーん。そういわれてもなぁ。
平和な日本で暮らしていた俺と、ちびっ子2人でどうしろと……という思いは捨てきれない。
とはいえ、今はシルシルの言葉に従う以外の選択肢はない。
何しろ、俺自身の蘇生がかかっている。
下手にこの幼女神様に逆らうのは得策ではないのだ。
「まあ、努力はしてみるよ」
自分と双子がモンスター退治をする絵はどうしても見えないが。
「うむ。ところでおぬし、金遣いが荒すぎはせんか?」
「どういう意味だ?」
「ワシがあたえた|金子《きんす》のほとんどを、すでに使っているようではないか」
「仕方が無いだろ。2人を購入するのに必要だったんだから」
その言葉に、シルシルが首をひねる。
「2人を奴隷商人から購入するだけなら、せいぜい大判金貨8枚程度のはずじゃがのう」
なんだと?
「いや、だって地下に案内するだけで金貨1枚取られたし、金額は割引込みで15枚って言われたぞ」
シルシルの顔に呆れが浮かぶ。
「おぬし……ひょっとして馬鹿なのか?」
神様とはいえ、幼女にあからさまに馬鹿なのかと聞かれるとさすがにちょっと腹が立つんだが。
「まさか、価格交渉もせずに2人を購入したわけじゃあるまいな」
「え? 価格交渉?」
「小物の購入や宿代ならまだしも、大きな買い物をするときに相手の言い値で購入するアホがどこにおるのじゃ」
馬鹿の次はアホ呼ばわりされた。
だが言われてみれば確かにそうかもしれない。
「いや、なんつーか、俺の世界ではあんまり価格交渉って一般的じゃないっていうか」
もっとも、日本でも不動産や車みたいな大きな買い物なら価格交渉をするかもしれない。
これまでの俺の人生では、最も大きな買い物でもせいぜいリクルートスーツくらいなのでそんな経験無かったが。
シルシルはため息1つ。
「まあ、しかたがないのう。その世界の貨幣価値基準を教えておかなかったワシにも責任の一端はあるか。
じゃが、その調子で金を使っていたらあっという間に残りもなくなるぞ」
たしかにそれはそうかもしれないが。
「えっと、追加で金貨を送ってもらうとかできないのか?」
「一度転移させた後ではワシが手助けできることも限りがあるんじゃよ」
マジか。
「だったら、もっとたくさん金とか道具とか入れておいてくれればいいのに」
「贅沢を言うな。本来なら現時点でも大判金貨10枚は残っていたハズなんじゃぞ。それだけあれば冒険の準備にも十分だと判断したんじゃ」
そういわれてもな。
「まあいい。今日は宿に泊って、明日から活動を始めよ。念のため言っておくが、宿代はせいぜい1人銅貨1枚といったところじゃからな」
その後、シルシルにこの世界の貨幣制度の基本を習う。
簡単に言えば、大判金貨1枚=金貨10枚=銀貨100枚=銅貨1,000枚=鉄銭10,000枚で取引されるらしい。
ちなみに、ライ麦パン1個で鉄銭2枚程度とのこと。
最後に俺はこの部屋に入ってから気になっていたことを尋ねた。
「ところでさ、そこの偶像なんだけど……」
「おう、この世界の神様、つまりワシの姿じゃな」
……やっぱりそうなのか。
どうみても偶像は8頭身の美女で、目の前の神様は2.5頭身の幼女なのだが。
「どうじゃ、美人さんじゃろ?」
「おう、《《偶像は》》美人だな」
「……ものすごくひっかかりのある言い方じゃが、まあいい。そろそろ帰るぞ。ワシが消えた瞬間から時間が動き出すからの」
シルシルは一方的にそう言い残すと、その場からドロンっと消えたのだった。
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