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(ライト/一人称)
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イラルネの街から少し離れた草原。
俺はたき火に小枝を投げ込みつつ言った。
「来るかな」
俺の短い問いに、ミノルも短く答える。
「わかりません」
『何が』かは言うまでもない。
ショートだ。
あるいはショートを操るゲームマスターとやらだ。
アレル達双子や、クラリエ王女達をダンジョンに避難させた上で、俺とミノルは2人だけでここにやってきた。
この場所なら多少派手な戦いをしても街には迷惑をかけない。
「それにしても、国王陛下も大胆なことを考えるよな」
「たしかに」
国王陛下からミノルへの指令は、俺たちに自分で金や魔石を稼げというものだった。
その理由として、ミノルがアレル達に説明した言葉も嘘ではない。
王都の復興で金や魔石が不足しているのは事実だという。
だが、最大の目的は。
ゲームマスターに操られたショートから、勇者や王女を護ること。
アレルやフロルなら、実力的にはショートに勝てる。
だが、今のショートと対峙させる気にはなれない。
一応立ち直った様子だが、再び操られた保護者を前にすれば、やっぱり2人とも辛い思いをするだろう。また頭や体がフリーズしてしまっても不思議ではない。
仮に王都へと戻る道を選んでも、ショートから双子やクラリエ王女をまもったことにはならない。
ショートの魔法なら、王城をぶっつぶすことなど簡単だし、なにより王都までもどるとしても何日もの旅路だ。
せっかく復興を始めている王都を再び戦場にするわけにはいかない。
かといって、クラリエ王女のお輿入れ先の国の首都を戦場にするのも得策ではない。
ならば、ショートが手を出せない場所はどこか。
答えは仮にショートが追ったとしても別の場所に転移してしまうダンジョン。そういうことらしい。
「ダンジョンを避難所に使うとか、発想が大胆すぎるよな。本当に国王陛下の考えなのか?」
あの王様はそういう突飛な発想をするタイプには思えなかったが。
「対応会議もしたそうですから、発案は国王陛下以外の誰かでしょうね。あるいは冒険者ギルドのトップも絡んでいるかもしれません」
「あー、確かにダルネスのじいさんはそういうことを言い出しそうな……」
俺はうなずいておく。確かにダルネスならそのくらいは考えそうだ。
もっとも、実際の発案者は王様でもダルネスでもなく、目の前の男のような気がしなくもないが。
「ダンジョンにたどり着くまでに襲われていないだろうな」
「その可能性もありますが……」
「何も手を打たないよりはマシか」
「はい」
「ゲームマスターが、ダンジョンの法則すら無視して、ダンジョン内でアレル達を襲ったりとか……」
「そりゃ、相手は神様ですからね。可能性を論じだしたらきりがありませんよ」
「ま、そりゃそうか」
ぶっちゃけた話、相手が神様となれば、最悪『こんな世界消しちゃおう』とかできるかもしれない。そうなったら何をどうしたってどうにもならない。
どうにもならないことは考えるだけ無駄だ。
アレル達をダンジョンに向かわせた後、ミノルはあえて1人残ろうとした。
ショートを助ける手立てがあるのかと思ったが、そうではないらしい。
少なくともゲームマスターを見ることができるのはショート以外では自分だけ。
ならば、他人よりは対処もしやすいと考えたそうだ。
「まったく、1人で残るなんて無茶だぞ」
「すみません。これでも彼のことは責任を感じているんです」
ショートが1人宿から駆けだしていった経緯は簡単に聞いた。
確かにミノルが耳に痛いことを言ったらしいが、間違っているというわけでもないだろう。
ショートに優柔不断なところがあるのは、俺だって気がついていたし。
俺たちが仲間で年下だから、なかなか言えなかったことをミノルが言ってくれただけだ。
タイミングは色々悪かったみたいだが。
アレル達がダンジョンにいるうちに、ショートが俺たちの方に来てくれれば……
……来てくれたら、俺はどうするのだろうか。
「1つ聞きたい」
「なんでしょうか?」
「あんたとショートは別の世界から、神様によって転移してきたんだよな?」
「はい、厳密には魂だけの素材に仮の肉体を与えられているそうです。私もショートさんも、向こうの世界にも肉体は残っているとか」
「だよな」
だとしたら……
「もし、ショートやあんたがこの世界で死んだらどうなるんだ? 元の世界で生き返るのか?」
俺のその問いに、ミノルは天を仰ぐ。
「ショートさんを殺すと?」
「それも考えていはいる。最悪のケースとしてだけど」
俺にはショートを元に戻す方法なんて見当もつかない。
だがショートが2度と双子を襲わないようにすることは、ある意味簡単だ。
ショートを殺せばいい。
それで解決だ。
実力的には俺でもやれるだろう。
魔法使いには魔法を使うまでに入力というタイムラグが存在する。
俺が『風の太刀』や『光の太刀』を使えば魔法を使う前に殺すことは可能だ。
「あなたはそのために、私と残ったのですね」
「ああ」
ミノルの護衛なんてどうでもいい。
死んでもいいとまでは思わないが、俺にとってはアレル達のほうがよっぽど大切だ。
だが。
操られたショートがこれ以上双子の心を傷つける前に決着をつけられるなら。
「嘘をつくのも不誠実でしょうから正直に申し上げます。答えはノーです。この世界で死ねば、私もショートさんも元の世界で蘇生できないそうです。そもそも、現在は平和を願う神が何らかの形で封印されている可能性が高い。殺されなくても元の世界に戻れるかどうか」
「そうか」
「それでも、ショートさんを殺しますか?」
「それは……」
俺はゴクリと唾を飲み込んだ。
それから自分の考えを言う。
アレルにも、フロルにも、ショートを殺すなんてさせられない。
ソフィネにもだ。
そんなことをさせたら、3人とも立ち直れない。
「……だから、どうしても必要なら、それは俺の役目だ」
俺は言いながら、無意識に買ったばかりの剣を握りしめていた。
「なるほど。ですが、ショートさんを殺して、あなたは立ち直れるんですか?」
「それは……ま、無理かもな」
問われれば苦笑しかできない。
人を殺す覚悟なら、もうできた。
あの時、王都の戦いで魔族の戦士と剣を交えて。
剣を振るいながら人を殺したくないなんて言っていられないと。
俺だってそのくらいのことは思い知った。
だが。
1年以上ともに冒険してきたショートを殺す?
双子の保護者を……いや、俺やソフィネの保護者でもあるショートを?
そんな覚悟は、いくらなんでもっ!
泣き出したいのはアレルとフロルだけじゃない。
俺やソフィネもだ。
だって……ショートだぞ。
仲間だぞ。
俺たちの大切な仲間だぞ。
それでも。
そうだとしてもっ!!
この役目だけは、双子やソフィネにさせるわけにはいかない。
「仮に殺すとしても、それは最終手段でしょう」
「当たり前だ」
「ショートさんのためだけではありません。ショートさんを殺したら、その直後に私かあるいはあなたが操られる可能性もあります」
「操られる人数に限りがあるならという前提だろ?」
「はい。ですが、可能性がある限り……」
「戦略的にも殺すのは本当の最終手段か」
かといって、はたしてどうしたらいいのか。
ただ、剣をふるうだけでは解決しない相手との戦い。
答えは見いだせない。
だが。
俺たちにそれ以上考えている時間は無かった。
『気配察知』スキルでわかった。
分かってしまう。
「来たぞ」
「わかりました」
俺とミノルが立ち上がったとき、草原の先の木陰からショートが姿を表した。
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