「勇者! 私はアンタに決闘を申し込むわ!」
叫んだ王女様。
俺の頭痛がいよいよひどくなっていく。
……というよりも、アレルの反応が心配だ。
うかつに「いいよー」とか言い出したらヤバイ。
そう恐れた俺は、アレルが返事をする前にクラリエ王女に告げた。
「馬鹿なことを言わないでください」
「また、バカって言ったわね!」
「いや、馬鹿でしょう。王女様が決闘などと。もしも怪我でもしたらどうするんですか」
俺はアレルとレルスの決闘を見ている。
あれは命がけの戦いだった。
2人だけじゃなく、審判役ののライトすら危険なほどに。
いや、観客の俺たちだって死ぬかと思ったのだ。
あのときのことを思い出せば、クラリエ王女があまりにも気軽に『決闘』という言葉を使っているとしか思えない。
「怪我くらいなによ。ランディが治してくれるわ」
彼は回復魔法を使えるのか。
確かに、致命傷でなければ魔法で治せるかもしれない。
だがな。
「なら、命を失ったら?」
俺はあえて冷たい口調で言った。
決闘は命がけの行為。
怪我ならば模擬戦でもするが、決闘では死亡すらありえる。
こうに言えば、さすがにクラリエ王女も黙るだろうと思ったのだ。
だが。
「死んだってかまわないわ」
あっさりと言ってのけるクラリエ王女。
自分が死ぬことを恐れていないっていうのか?
「いや、王女様が命を粗末にするのは困りますよ」
俺が言うと、ランディも同意する。
「あの方のおっしゃるとおりです。クラリエ様、いいかげん帰り……」
言いかけたランディの顔面に3度目のグーパンチ。
ノックアウト3回目。
わがまま王女というよりも凶暴王女だな。
あと、ランディくんもいい加減よけることを覚えた方がいいと思う。
クラリエ王女は俺たちをにらむ。
「困るって言うのは、政略結婚のコマがなくなると困るって意味?」
言われて思い出す。
クラリエ王女は間もなく他国――確か、ブラネルド王国に嫁ぐことになっていた。
「私はっ! 勇者の戦いのために、外国の会ったこともない男と結婚させられるのよ。私の意思なんて関係なく!」
そう言われると、言葉に困る。
「それなら、勇者と戦って勝ってやる。仮に負けて死んだとしても、政略結婚よりはマシよ!」
まいった。
そういう論法でこられると、クラリエ王女の言い分も理解できてしまう。
実際、10代前半で政略結婚など嫌に決まっている。
「なんで、産まれながらに運命が決まっているのよ! 王女だからって全部言われたままで。自由に生きているあんた達にはわからないわ!」
俺は言葉に詰まる。
正直、俺としてもクラリエ王女の政略結婚には思うところもあるのだ。
現代の日本――自由恋愛が当たり前の世界で俺も育ったからな。
とはいえ、ここでこれ以上騒がれるのは本当に困る。
なんと言って説得したものか。
と。
アレルがスルリと俺の前に出た。
「おい、アレル」
まさか、決闘を受けるとか言うつもりじゃないだろうな。
慌ててとめようとしたが、その前にアレルは動いた。
おそらく、『俊足』も使ったのだろう。その場からぱっと消えていなくなる。
次の瞬間。
アレルはクラリエ王女の背後にいた。
そして、彼女の首筋に手刀を当てる。
文字通り目にもとまらぬ早さ。
俺にも、そしておそらく他の誰にも見えないスピードだった。
「……うそ」
何一つ抵抗できずに背後をとられたことで、クラリエ王女もさすがに震えてそう言うのがやっとの様子。
そんなクラリエ王女にアレルが鋭く言う。
「決闘だったら、王女様の首なくなっているよ」
その通りだ。
手刀ではなくミスリルの剣を使えば――いや、今のアレルの実力なら、あるいは素手でも王女の首をへし折るくらいできるかもしれない。
「あ……」
「本当に死にたい? なら、このまま……」
アレルが冷たい声で言う。
「おい、アレルやめろ!」
俺が怒鳴るが、アレルは無視。
やはりそうだ。
昨日の戦いから、アレルは明らかに変わった。
普段は今まで通りの無邪気なお子様なのだが、命がかかわった場面になると、恐ろしいまでに冷淡になる。
「なんで? この人、死にたいって言ったよ?」
俺の背中に寒気が走る。
アレル、おまえは……
「い、いやぁっ」
クラリエ王女は叫び、その場にへたり込んだ。
「死にたくない! いやよっ!」
先ほどまでの勢いなどなくなり、涙するクラリエ王女。
そんなクラリエ王女にアレルが一歩近づく。
「昨日、王都ではたくさんの人が死んだんだよ? お母さんを目の前で殺された女の子もいた。王女様はそれを知っている?」
アレルの問いに、クラリエ王女は後ずさりながら言う。
「何が言いたいのよ?」
「本当は死にたくないのに、簡単に死んでもいいなんて言う人、アレルは嫌い」
ピシャリと言うアレル。
どうやら、クラリエ王女の『死んだってかまわない』という言葉が口先だけだと考えたらしい。
気軽にそういうことをいう彼女が許せないと。
そんなアレルに、背後からすがりついた者がいた。
「や、やめろ! やめてください!」
ランディだ。
必死にアレルにすがり、止めようとする。
「勇者様に失礼を働いた件は謝ります。でも、クラリエ様は助けてください。どうしてもというなら、僕の命を差し上げますから」
おお。
なかなか男気のあるセリフ。
だら、アレルはそんなランディにも冷たく言う。
「うーんとね、アレルは誰かの代わりに簡単に命を差し出すなんて人も嫌いだな」
アレルの価値観ではそうなるらしい。
それも確かに一面の真理ではあるが。
「そうやって、誰かを助けようとして、逆に大切な人の命を危険にさらすことだってあるんだよ」
それは……あの魔の森でのセルアレニ戦のことを言っているのか?
と。
アレルが「ふぅ」と息を吐く。
それで、固まっていた空気が弛緩した。
もしかすると、アレルはその場の全員に『威圧』を使っていたのかもしれない。
「心配しなくても、本当に殺したりしないよ」
アレルはそう言って笑った。
その笑みは、5歳の時から変わらぬ無邪気さで。
だからこそ、俺には恐ろしく思えた。
「アレルは王女様に本当の気持ちを話してほしかっただけ」
それだけ言うと、アレルはクラリエ王女とランディに背を向けて宿の中へと戻る。
どうやら、クラリエ王女とそれ以上やりとりをするつもりはないらしい。
そんなアレルに、クラリエ王女はへたり込んだまま叫ぶ。
「私はっ! 王女になんて産まれたくなかった。なんで私だけ産まれながらに役割や運命が決まっているのよ!?」
それは――
普通に考えれば、王族として産まれたから。
だが、俺はさらに裏の答えを知っている。
ゲームマスターがそう作り出したからだ。
それを知っているからこそ、俺はクラリエ王女の問いに答えることができず。
その代わりに、答えたのはフロルだった。
「王女様、運命に翻弄されているのがあなただけだと本気で思っているんですか?」
「どういう意味よ?」
「私もアレルも勇者という運命に翻弄されています。私たちだけじゃない。奴隷も、冒険者も、農民も、みんな産まれながらに何らかの運命を背負っています。
それに逆らおうとするなら、それこそ命がけになります。政略結婚については私も同情はしますが、あなたのなさりようはただのわがままです」
フロルはそう言い切ってから、アレルの後を追った。
後に残されたのは、俺とクラリエ王女、それにランディと野次馬だけ。
なんだかなぁ。
何が正しいとか間違っているとかは難しい。
だけど、フロルの言うとおり、クラリエ王女の行動は周囲の迷惑も自分の立場も無視したわがままだろう。
その時。
野次馬をかき分けるように、近衛兵が数人やってきた。
どうやら、クラリエ王女を探していたらしい。
そりゃ、あれだけ騒いでいれば見つかるわな。
その後、クラリエ王女とランディは近衛兵に連行されるようにして王宮へと戻った。
なんとも困った王女様だが、これで騒動は終わりだろう。
その時の俺はそう思っていた……のだが……
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