転移した場所から徒歩10分ほど。
俺はエンパレの町にたどり着いた。
町は俺の背丈ほどの壁に囲まれている。材質は石だろうか。少なくともコンクリートやレンガではない。
その一角に門があり、鎧と剣を装備した兵士が見張りについている。
兵士は2人。20代の男女だ。どちらも金髪で西洋人っぽい。
……ガチでラノベファンタジーの世界だなぁ。
そんなことを思いつつも、俺は兵士に近づいた。
確か、シルシルによれば言葉は通じるはずだし、スキルにも自動翻訳というのがあったが、本当に大丈夫か?
えっと、なんて話しかけるべきかな?
「失礼します。私、朱鳥翔斗……いや、ショート・アカドリといいますが、ちょっとよろしいでしょうか?」
迷ったあげく、俺はまるで就職面接のようなかしこまった態度を取ってしまった。
兵士2人はそんな俺を訝しげに見る。
「何者だ?」
女の兵士が俺に尋ねてくる。よし、とりあず言葉は通じる。
「はい、ですからショート・アカドリというもので……」
「旅の宣教師かなにかか?」
「宣教師? いえ、そんなものではありませんが」
なぜ、いきなり宣教師?
「ふむ。その黒い服装、牧師でなければなんなのだ?」
え、この世界の牧師ってスーツ着ているの!?
「そもそも、魔の森から来たようだが、武器ももってなければ護衛もいないようだが?」
「魔の森?」
オウム返しに尋ねる俺に、2人の兵士はあきれ顔。
「お前が今歩いてきた森はモンスターの巣くう魔の森だぞ。わかっていないのか?」
マジですか。
あの幼女神様、そんな危険な場所に俺を送り込んでいたのか!?
「えっと、そのー、この辺りのことについてはくわしくなくてですね……」
しどろもどろに説明する俺。
就職面接なら確実に不採用にされるだろうな、こんな話し方だと。
「どうにも怪しいヤツだな。お前、このエンパレの町に何の用だ?」
「えーっと、ですね。町というか、この町にいる奴隷商人さんに用がありまして……」
俺の言葉に、女兵士の目が冷たく光る。
「奴隷商人に用だと? 貴様も奴隷商人なのか!?」
なぜ、そんなにキレるんだ、この兵士は。
今にも斬り掛かってこんばかりの女兵士を、男兵士が諫める。
「落ち着け、ミリス。奴隷商人も立派な職業だ」
「ふんっ、人を金で売り買いする最低の連中じゃないか」
「だが、国に認められた|生業《なりわい》だ」
ふむ。
女兵士――ミリスは奴隷商人が嫌いなのか。
俺だってあんな幼子を牢屋の中に入れる奴隷商人などにいい感情はない。
ともあれ、奴隷商人の仲間だと思われているのはイヤだな。
「いえ、確かに奴隷を購入しようとは思っていますが、俺は奴隷商人ではありません」
「ならばなんだ?」
「えー、実はですね……」
俺は説明を始める。
半分はその場ででっち上げた内容だが。
「なんでも、ここの奴隷商人が幼い双子を捕まえているという情報がありまして。とある方から、あまりにも憐れなので助け出すようにと、|金子《きんす》を預かってこの町にやってきた次第で」
嘘ではないが、かなりうさんくさい話をする俺。
案の定、ミリスの顔が不快に染まる。
これは信じていない……かな?
実際、自分でも話していて無理があるなぁと思う部分もあったし。
だが。
「幼い双子だと? この街の奴隷商人が子どもを奴隷にしているというのか?」
怒気を込めた声で言うミリス。
「はい」
「許せん」
「すっ、すみませんっ」
思わず背筋を伸ばして全力で謝ってしまう俺。
身についた日本人根性である。
だが、ミリスが起こっている相手は俺ではなかった。
「子どもを奴隷にするなど、畜生にも劣る。いいだろう、この町の奴隷商人といえばゴボダラのやつしかいない。案内してやる。ついてこい」
どうやら、俺にキレたのではなく奴隷商人に怒り爆発したらしい。
慌てたのは男兵士。
「おい、ミリス、そいつの話を信じるのか? っていうか、警備の仕事投げ出すなよ」
「嘘だったら、それこそこの男を捕えるまで。警備はニサンに任せる」
「……お前は。いや、いい。どうせ何を言っても無駄だろうからな」
男兵士――ニサンは頭を抱えつつそう言ったのだった。
うん、最初は怖いと思ったけど、2人ともいい人っぽいな。
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エンパレの町はけっこうな広さだ。
まだ全容を把握したわけではないが、新宿の歌舞伎町と同じかそれ以上の面積があるのではないだろうか。
もちろん、町の様子はそれとはまるで違うが。
自動車などはなく、乗り物は荷車がたまに通る程度。
道ばたには露天商が並び、建物はせいぜい二階建て。ほとんどが町を囲んでいた壁と同じ材質でできている。
そして、町ゆく人々の様子も日本とは違う。
基本的に金髪碧眼の者が多い。一般の人々の服装は日本人から見てもそこまで違和感はない。もっともスーツ姿は俺だけだが。
その一方で目立つのが、剣や鎧を装備した者達。それこそラノベやRPGの冒険者っぽい姿だ。
――と。
「うわぁ」
俺は思わず声を上げた。
目の前に現れたのは緑色の鱗と茶色い尻尾をもつ人間。トカゲ人間とでも表現すべきか。
そんな俺にミリスが言う。
「どうした? もしかして亜人種に驚いているのか?」
「亜人種ですか」
「ふむ、この町では珍しくないぞ。亜人種への差別や偏見は捨てることだな」
俺は「はい」と頷く。
むろん、俺だって人を外見で差別するつもりはない。
慣れるまではちょっと怖いと感じる程度の偏見は捨てられそうもないが。
「これから会う奴隷商人――ゴボダラも亜人種だ。そんな風にビクビクしていたのでは先が思いやられるぞ」
ミリスはそう言って笑うのであった。
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