とりあえず、リラレルンスとラクラレンスを俺たちの部屋に案内――というよりも連れ込んだ。
あのまま人の目があるところで話を続けるわけにもいかないからな。
本来2人部屋なのに、7人もの人間がいて密度高すぎだが、しかたがない。
いずれにしても、あらためて。
「リラレルンスさんのお申し出は分かりました。確かに連絡できるようにしておいた方が良いとは思います」
「では、ラクラレンスの同行をお許しいただけると」
「いや、それは……」
問題なのは、だ。
本当にラクラレンスが信用できるかどうかである。
リラレルンスのことは、まあ、それなりに信用できると思っている。
俺たちがその気になれば一瞬で殺せる場所に身一つで現れたこと。
マラランによれば、ララルブレッドから八賢人の名前は聞き出しており、そこにリラレルンスという名前もあったこと。
さらにいえば、リラレルンスが穏健派だというのも、ララルブレッドを尋問した結果判明している。
もちろん、今目の前にいるリラレルンスが影武者とか、そういう可能性だってあるわけだが、あまり彼が嘘をついているようには感じられない。
だが。
リラレルンスを信用することと、リラレルンスが信頼している部下を信用することは全く別問題である。
しかも、ラクラレンスは王都の兵士に化けていたという。
その時点でいろいろ怪しい。
その上、王都に着いた俺たちに問答無用で槍を向けた兵士でもあるってことだ。
ラクラレンスは俺たちに言う。
「アラバ門でのことは申し訳なかったと思っていますよ」
申し訳なかったとかいわれてもなぁ。
「アレル様が勇者であることは一目で分かりました。それゆえに、王都に入れたくなかったのです」
俺は尋ねる。
「それはなぜ?」
「あのとき、すでにアブランティア達は王都襲撃の機会をうかがっていました。そこに、勇者がやってきたという情報が入れば、いよいよそれを後押ししかねなかった。いや、実際そうなりました」
ふむ。
確かにタイミングが良すぎたことは事実だ。
勇者が王都にやってきたのを狙ったというよりも、王都襲撃を画策しているところに勇者がやってきたので、ターゲットを変更した――あるいは、ターゲットを増やしたということか。
それを防ぐために、勇者が王都に入らないようにしたかったと、それはまあ、わからんでもないが。
結果論としては彼が騒いだことで逆効果だったような気がしてならない。
それにそうなると、当然浮かぶ疑問。いや、疑惑がある。
俺より前に、フロルが言う。
「それって、ラクラレンスさんがアブランティアに私たちが王都にやってきたことを伝えたとも聞こえるんですけど?」
そう。
むしろ、そう考えると色々とつじつまが合ってしまう。
何しろ、彼は王都の兵隊に化けていて、しかも『通信』スキルとやらまで取得しているというのだ。
だが、ラクラレンスはそれを否定する。
「それは違います! 王都に潜入していたのは私だけではありません。アブランティアら過激派の味方の中にもいたのです」
そう言われてもねぇ。
信じろというのが難しい。
俺はさらに尋ねる。
「じゃあ、その侵入していた過激派の魔族はどこに? それが本当なら、和平を目指す上で放置できないでしょう?」
その問いに答えたのはリラレルンス。
「残念ながら、すでに行方をくらませています。探し出そうにも、その方法がありません。あるいはすでに南大陸へと逃げ延びようとしているかもしれませんが」
うーん。
どうにもこうにも。
信頼しきれない。
つじつまが合わないとは言わないが、むしろ都合が良すぎるという印象だ。
やはり、この申し出は断るべきではないか。
俺はそう思ったのだが。
「アレルは別にいーよ。ついてきたいならくればいいよ」
実にあっけらかんとアレルがそういった。
ライトが慌ててアレルに言う。
「おい、アレル、簡単に言うなよ。もしスパイとかだったら……」
「そしたら、アレルがその人を殺すだけ」
6歳児が、あまりにもあっさり言ってのけた殺害予告。
その場にいる者達が凍り付く。
「その人、どうみてもそこまで強くない。アレルやライトがその気になれば簡単に殺せるよ」
いやいやいや。
そんな、暴論。
「だから、むしろ一緒に来てもらった方がいいよ。
だってさ……」
アレルはそこで、少しだけ言葉を句切り、ラクラレンスを見やる。
「……もしも、この人が赤ちゃんを殺すようなアブランティアの味方だって分かったら……すぐにでも殺せるところにいてもらった方がいいでしょう?」
あまりにも無垢にそう言ってのけたアレル。
俺は背筋にゾッと寒気を覚える。
いや、アレルのいわんとすることはわかるのだ。
怪しい相手だからこそ手元に置いておいた方が良い。
その方がいざとなったら、自分たちで対処できると。
確かにその通りだ。
スパイ疑惑がある相手ならば、それこそここで放置するべきではない。
だが。
それにしても、アレルの言い様は。
恐ろしい。
俺なんかの思考の外側にある考え方。
わずか6歳のアレルが、どうしたらここまで無垢に残酷な方法を言うのか。
昨日の戦闘がそこまでアレルを変えたのか。
あるいは――
――これが、アレルの本質なのか。
ゲームマスターが作り出した勇者の、これが本来の考え方なのか。
俺が幼いアレルの言動に戦慄く中。
フロルが小さくため息。
「アレルの言い方は乱暴だけど、確かに彼には私たちと一緒にいてもらった方が良いかもしれないわね」
おい、君まで!?
続けてライト。
「まあ、アレルの言う通りか。俺とアレルで見張ればあくどいことなんてそうそうできないだろ」
いや、あの、ちょっと?
さらに、ソフィネ。
「ま、スパイかもしれない相手を放置する方が100倍愚策だっていうのは同意するわ」
4人とも、ラクラレンスを同行させることに賛同するらしい。
「い、いや、ちょっと待てよ。信頼できない相手をパーティに入れるとか、それ自体どうなんだよ!?」
俺は4人に向かって叫ぶ。
だが、そんな俺に、アレル達はきょとんとした顔。
いや、なんで俺がおかしいみたいなかんじになっているの!?
困惑する俺に、フロルが代表して言った。
「ショート様。私たちの旅は、すでに普通の冒険ではなくなっています。一般の冒険者なら、確かに信頼する者とのみパーティを組むのが当然ですけど、今の私たちの旅は、魔族との戦争回避のためのものです」
あ。
フロルに言われ、俺はそのことを思い出す。
その通りだった。
昨日の開戦から――いや、ダルネス達に真実を話してエンパレの街を旅立ったときから、すでに俺たちの旅は『冒険者パーティによる楽しい旅路』などではなくなっている。
どうやら、目的をはき違えて安全パイを切りすぎていたのは俺の方だったらしい。
「わかりました。ラクラレンスさんの同行に俺も同意します。
ただし……それ相応に監視はさせていただきますし、場合によっては拘束――あるいはアレルの言ったような対処もありえると思ってください。
それでもよければ」
俺の言葉に、ラクラレンスは神妙な顔でうなずいた。
「心しましょう」
こうして、俺たちの旅路に新たな仲間――かどうかは微妙だが、同行者が増えることになった。
――のだが。
実は同行者はその一人では終わらなかったのだ。
俺たちの話がまとまったあたりで、1階の食堂から何やら大声が響いた。
「ここにいるのは分かっているのよ、勇者! 私と勝負しなさい!」
……おい。この声。
俺は頭を抱えたくなる。
俺の聞き間違いでなければ、聞こえてきたのはクラリエ王女――そう、もうじきブラネルド王国に嫁ぐことになっているという、あの少女だった。
なにがなにやらわからないが。
(さらなるやっかいごとが舞い込んできた)
そのことだけは確信できてしまった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!