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(ライト/一人称)
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ミノルが真顔で俺に尋ねる。
「ライトさんにおたずねしますが、ショートさんに勇者様を殺せると思いますか?」
え?
いや、それは……
そう尋ねられば……
「それは……むりかな?」
「ええ。百歩譲ってフロルちゃんならともかく、ショートさんの魔法ではアレルくんは殺せないと私も思います」
ショートの最大魔法の『爆炎連弾』でも、アレルを殺すのは無理だ。
俺たちのちびっ子勇者のステータスはすでにそんなレベルではない。
「ってことは、ゲームマスターの目的は……」
「アレルくんとフロルちゃんを精神的に追い詰めることでしょうね。今、まさにそうなっているように」
俺たち全員、未だにうつむいたままのアレルに注目する。
「平和を望む神は、ショートさんをこの世界に送り込み、勇者の保護者としました。その目的は、勇者を優しい子に育てること」
確かに。
ショートもフロルも、戦乱を望まない子どもに育った。
それは、ショートが一緒だったからというのが大きい。
奴隷のままだったら、きっと双子はもっと荒れた子どもに育ったはずだ。
ミノルはさらに続けた。
双子に『優しさ』を教えたショート。
彼が今度は勇者の敵として襲いかかってくる。
そうなれば、2人は……とくにアレルはどうなるか。
精神的にとことん追い詰められる。
今は泣きはらしているけど、そのうちショートの与えた『優しさ』をうしなうかもしれない。
それこそが、ゲームマスターの狙いではないかとミノルは推察しているらしい。
俺の中に怒りがあふれてくる。
拳を握りしめ、壁を思いっきりぶったたく。
「なんだよそれは!? なんなんだよ!!!」
アレルやフロルに『勇者』なんて使命を押しつけて!
戦争を起こすための道具に使う!?
しかも、ショートを、俺の仲間を操って!
アレルとフロルを追い詰めて!!!
「ゆるせねぇ! ぜってぇゆるせねえ!!」
ガチでキレた。
ここまでキレたのは生まれて初めてだ。
王都の戦いで街が焼かれたのを見たときですら、ここまでじゃない。
こんな、こんなふざけた話、あってたまるか!!!!
そんな俺に、ソフィネが言う。
「ライト、落ち着いて」
「落ち着いてられるかよ!?」
「分かってるわよ。気持ちは私もおなじ。だけどさ」
ソフィネが視線だけで、アレルやフロルを示す。
そうだ。
今、一番傷ついているのは2人だ。
俺が感情的になってもなにも解決しない。
「ごめん」
俺はそう言って頭を下げた。
「問題は、これからどうするかね」
「決まっているだろ、ゲームマスターをブチ倒して……」
「どこにいるかも分からない神様を?」
「う、それは……」
「クラリエ王女をブラネルド王国に送る依頼とか、他の2カ国やエルフ達を説得するのも放り出して?」
「……それは……でもさ……」
「ここで感情にまかせて行動したら大変なことになる」
「だけどっ」
口論する俺とソフィネ。
ミノルはさらに言う。
「おそらく、人族を和平の方針でまとめようとしている私たちの旅を邪魔することも、ゲームマスターの目的の1つでしょう」
「……くっ」
ここで、リラレルンスやアラバラン国王との約束よりも、操られたショートを追うことを優先したら……
和平への道はなくなる。
戦争一直線。
そういうことかっ!
ミノルは言う。
「今、なにをすべきなのか。勇者として、王女として、勇者の仲間として、王女の従者として。皆さんが考えるべきです。しょせん、私やショートさんは異世界からの来訪者に過ぎません。この世界の未来は皆さんが決めるべき」
無責任なことをとも思うが、しかし。
確かにその通りだな。
今、なにをすべきなのか。
感情的にはゲームマスターとやらをぶんなぐって、ショートを取り戻したい。
が、しかし。
ミノルはさらに付け足す。
「そもそも、ゲームマスターがどこにいるかは私もわかりません。それに……」
「それに?」
「私とショートくんは和平を望む神から警告を受けています」
「警告って何だよ?」
「ゲームマスターを倒せば、この世界そのものが消えてなくなると」
その言葉に、俺はいよいよムカつく。
敵対している相手を倒したら、世界そのものが消えてなくなる。
反則も良いところだ! 最悪にもほどがある!
なら、どうするべきなのか。
ソフィネが結論を出す。
「なら、やるべきことは決まっているわね」
「なんだ?」
「当初の予定通り、まずはクラリエ様をブラネルド王国へお連れする。それから、他の国やエルフ達とも話す。やるべきはそれなのよ」
「いや、だけどさ……」
ソフィネの言っていることは正しい。
でも、それじゃあ……
フロルが叫ぶ。
「ショート様を見捨てるって言うの!?」
そうなるよな。
「……見捨てるもなにも、どこにいるかも分からないわ」
「まだ遠くに行っていないかも……」
「そうね。一方で神様の世界とかにワープしちゃったかもしれない」
「そんなのわからないじゃない!」
「そうよ。わからないからこそ、私たちはできることをするべきなのよ。フロルなら、わかるでしょ?」
フロルはそこで押し黙る。
彼女の頭脳なら、ソフィネの言葉の正しさは理解できるだろう。
理解した上で――それでも、自分たちのショートのことを切り捨てられないでいる。
フロルもまた、毒舌家のようで性根はやさしい子だからな。
と、そこで、口を開いたのはタリア。
「ですが、そうするとしても、問題が2つあるかと」
「なんだよ?」
「1つは、ショートさんを失った――それどころか、敵に回った状況で、果たしてクラリエ様の安全が確保できるかどうか」
確かに。
ショートがいなくなったのは単純に戦力ダウンだし、強力な魔法使いがいつ襲いかかってくるか分からない状態となれば、王女の護衛に不安が残る。
アレルと俺はともかく、王女を含む他のメンツは『爆炎連弾』あたりをまともに食らったら命に関わる。
「そして、もう1つ。1つ前の問題にも関連しますが……肝心の勇者様がこれでは……」
タリアに言われ、俺たちはあらためてちびっ子勇者2人を見る。
フロルはまだなんとか立ち直りつつあるように見える。
ショックは大きいようだが、意見を言うくらいはできているし。
問題なのはアレルの方。
一言も言葉を発さず、うつむいて心ここにあらず。
もはや涙すら流さない、感情が喪失したような有様。
先ほどからの議論も、ほとんど頭に入っていない様子だ。
アレルにとって、ショートという存在がどれだけ大きかったのか、あらためて実感させられる。
アレルがこんな状態じゃ、クラリエ王女の護衛どころじゃない。
各国の王と話そうにも、肝心の勇者様がこれじゃあ、話を聞いてすらもらえないだろう。
ブラネルド国王やリラレルンスが6歳の勇者の話を聞いてくれたのは、2人が年齢よりもずっとしっかりした子だと思ってもらえたからだ。
どう動くにしても、アレルに立ち直ってもらわないとどうにもならないのだ。
とはいえ、保護者として信頼していた相手に殺されかけるという衝撃体験をした6歳児に、一体なにをいってやればいいのか。
重苦しい空気をかき分けるように叫んだのはクラリエ王女だった。
「あー、もう、うざい!!!」
クラリエ王女は、うつむいたままのアレルにズカズカと歩み寄る。
「あんたね! いい加減にしなさいよ! せっかく、最近は勇者として認めてやろうと思っていたのに!!」
クラリエ王女の言葉に、アレルは無反応。
「ガキみたいにいつまでもめそめそしているんじゃないわよ。勇者なら勇者らしくなさい!」
アレルは顔を上げる。
そして、クラリエ王女に言い返す。
「好きで勇者にうまれたんじゃないもん!」
「ええ、そうでしょうね! 私も好きで王女に生まれたわけじゃないからね!!」
タリアとランディが『王女』とか『勇者』とか大声で言うなとか騒いでいるが、まあそこはおいておいて。
クラリエ王女はさらに続ける。
「でもね! 今のあんたは勇者とか関係なく、ただのクズよ!」
さすがにアレルも腹が立ったらしい。
自分のミスリルの剣をつかみ、クラリエ王女に――
――って、それは待て!
俺は慌てて、アレルの右手をつかむ。
勇者の力をすべて使われれば、俺にもアレルをとめられないが、今は捕まえられた。
アレルが手加減しているというよりも、自分でもわけがわからなくなっている動きだからだろう。
信念のない攻撃など、俺からすれば簡単に止められる。
「ライト! 離して!」
「離したらなにをするつもりだ?」
「なにをって……だって」
「まさか、ちょっと正論言われたからって、護衛対象に襲いかかるつもりか?」
「それは……だって……」
アレルは迷っている。
いや、どうしたらいいか分からないでいる。
そうでなければ、勇者の力で俺の制止なんて振り切れる。
アレルは苦しんでいるのだ。
たった6歳の心と体に、勇者という使命を背負わされ。
王都で残酷な戦場を体験し。
信頼していた保護者があんなことになり。
そりゃあ、何もかも投げ出したくもなるだろう。
やけっぱちになってしまってもおかしくない。
どうする?
どうしたら苦しむアレルを、俺たちの勇者様を、俺の仲間を、大切な友達を助けられる?
こういうとき、俺にできることはなんだ?
簡単な言葉でどうにかしてやれるもんじゃない。
俺にできること。
俺はなんだ?
きまっている戦士だ。
人より優れているのは、結局そこでしかない。
そして、アレルもまた――
――なら、それしかないか。
俺はアレルを部屋の外へと引きずり出す。
「なにすんだよ!?」
アレルが騒ぐがしったことか。
ソフィネも慌てた様子で言う。
「ちょっと、ライト!?」
が、俺は無視。
「こいよ、アレル!」
「どこに……?」
「お前の性根、たたき直してやる!」
俺はそのまま、アレルを宿屋裏の広場へと引きずっていく。
アレルはほとんど抵抗しない。
抵抗する気力もないというのか。
ソフィネ達も俺たちの後追ってきた。
皆、色々と騒いでいるが全部無視。
俺が今すべきことは、戦士としてアレルを立ち直らせることだ。
そして、戦士にできることなんて1つしかない!
「アレル! 剣を抜け」
「え?」
「抜けよ。でないと……」
俺は買ってきたばかりの鋼の剣を抜いてちびっ子勇者に向ける。
「……死ぬぞ」
俺はアレルに斬りかかった。
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