勇者アレルやタリア達が消えた。
私の手をつかんだソフィネと、私の足にしがみついたフロルだけが残っている。
……いや、違うわね。
微妙だけど周囲の景色が変わっている。
『山道』のダンジョンではあるけど、違う場所だ。
いなくなったのは、私たちの方なのかも……
ソフィネが苦々しく言う。
「しくじったわね」
「どういうこと?」
「転移の罠です。ひっかかると、パーティが分断されます。引っかかった者と、それに触れていた者だけが同じ階層内の別の場所に飛ばされてしまうんです」
なるほど。
フロルが苦々しい声。
「これ、あんまり良い状況じゃないわよね」
そうなのかしら。
「確かにね。私とフロルだけじゃ、大量のモンスターが現れたら厳しいかもしれない」
「向こうは向こうで、アレルだけだと色々とあぶなっかしいし」
勇者アレルがいればどうにでもなりそうだけどね。
フロルも勇者っていうんだから、いざとなったらすごい魔法が使えるんだろうし。
「そんなにまずいの?」
そんな風に軽く考えてしまう私に、ソフィネが言う。
「フロルは確かにこの大陸でも5本の指に入る魔法使いです。でも、魔法使いには思念モニター入力のタイムラグがあるんです。単独でモンスターと戦うのは厳しいといえます」
「でも、ソフィネも戦士でしょ?」
「私はあくまでもアーチャーであって剣士じゃありません。遠距離はともかく、接近戦は、私もフロルも厳しいんです」
さらに、フロルが続ける。
「アレル達もね。確かにアレルは最強の剣士だけど、本質はお子様だから。しかもショート様の一件以来いろいろ精神的に不安定。モンスターは倒せても、他の罠とかとっさの方針や判断決定は無理なのよ」
「そこは、タリアさんに期待するしかないわね、彼女も冒険者なんだし、レンジャースキルも持っていたから」
「そうだけど……」
2人は難しい顔。
「つーか、アレル達も同じ罠を踏めばここに来るんじゃ?」
「転移の罠は1回使うと消えます。2度は使えません」
ソフィネが素っ気なく言う。
なるほど、確かにそこそこピンチなのかも。
「つーかさ、だったらなんであんた達は私と一緒に転移したのよ?」
私の手を握ったり、足にしがみついたりしなければ、転移したのは私だけだったはず。
そう考えて尋ねる私に、フロルは『なに馬鹿なこと言っているのかしら、この王女』といった表情を見せる。
「クラリエ様だけが転移したら、それこそ助からないじゃないですか」
それはつまり……
「私を1人にしないためにってこと?」
「当然でしょう?」
「え、いや、だって……」
「私たちが現在うけているのはクラリエ様の護衛――あるいは護送依頼なんです。ただでさえ、ショート様の件でクラリエ様をダンジョンに連れて来るなんて危険なめにあわせているのに、転移の罠で1人飛ばさせるわけにはいきません」
フロルは当たり前のことだという。
ソフィネが付け足す。
「その意味じゃ、やっぱりアレルはとっさの判断がダメよね。あの子も本来なら、飛ばされる前にクラリエ様に触っておくべきだったわ。『俊足』を使えば十分可能だったはず」
「確かにね。ま、その場合はランディさんがさらに危険になったとも言えるけど。タリアさんだけじゃ、彼の護衛が不安だから」
「タリアさんのステータスはそこそこ強そうだけど?」
「その通りだけど、彼女もアレルと同じ判断ミスをしているわけで」
タリアの仕事は私を護ることなのだから、彼女こそ私にしがみつくべきだったと言う。
「ま、アレルとランディさんだ残すっていうのも不安だけどねぇ」
「まして、ランディさん1人残すのも最悪ではあったわね」
結局、どう別れてもまずかったということか。
「そうなると、一番の判断ミスはそもそもライトを連れてくるべきだったってことに落ち着くわけだけど」
「転移の罠はやっぱり恐ろしいわね。他の罠よりも色々な意味で危険だわ」
などと、2人でゴチャゴチャ。
なんだろうな。
色々な意味でムカついてくる。
そもそも、私とランディは完全に戦力外って言わんばかりだ。
私だって剣はそれなりに使えるつもりだし、ランディだって魔法使いなのに。
そりゃ、勇者達から見れば問題外の実力なんだろうけどさ。
なにより、この2人の物言いはっ!
「なによなによ! ハッキリ言ったらどうなの!?」
叫んだ私に、ソフィネとフロルはびっくりした表情、
「何のことですか?」
そらっとぼけるソフィネ。
「ようするに、私が悪いっていうんでしょ! 不用意に罠を踏んでみんなを危険にさらしたって責めたいんでしょ! だったらハッキリそういいなさいよ!」
文句があるならハッキリ言えばいい。
今回ばかりは私だって自分のミスを自覚している。
ハッキリ文句を言われれば、『ゴメン』の一言くらい言うわよ。
でも、こんな遠回りな責め方しなくてもいいじゃない!
が。
ソフィネは首を横に振る。
「クラリエ様。あなたを責める理由はありません」
「なんでよ!? 私が罠を踏んだから……」
「それに関しては、私のミスです。パーティーの誰が引っかかろうと、罠に関してはレンジャーの責任とするのが冒険者の常識です。謝罪というなら、私がするべきところです」
え、そうなの?
さらにフロルが続ける。
「でも、冒険者にとって謝罪や反省っていうのは、ことが解決してからおこなうことよ。ダンジョンをクリアーした後なら、『あそこはこうするべきだった』、『あの時は迷惑をかけた』とかいくらでも言い合えばいい。
でも、今は解決策を考えるべきであって、責任がどうこうとか、謝罪がどうこうなんて意味が無い」
それが、冒険者の考え方か。
なら、私も言うべきことがあるわね。
「そう、分かったわ。でもそれなら、そもそもここで話し込むこと自体が違うじゃない。時間制限もあるんだし」
私の言葉に、フロルがハッとなる。
「確かに仰る通りでした。ソフィネ、まずは次の階層へのオーブを探しましょう。同時に『気配察知』でアレル達の行方も探って。モンスターが少しでも近づいてきたら教えて。できるだけ魔法で倒すわ」
「了解。まずは歩くべきね」
こうして、私たちは3人で『山道』のダンジョンを歩き始めた。
しばし歩いて。
ソフィネが警告する。
「くるわ。前方からモンスターが。おそらく獣型。3……いいえ4匹はいる」
「了解」
フロルは思念モニターを表示。
ソフィネも弓を構えた。
私も剣を抜く。
現れたのは第一階層で勇者アレルが一瞬にして倒した犬型のモンスター。
よかった、あいつらなら倒せる……そう思ったのだが。
モンスターがフロルに飛びかかってくる。
「くっ!」
ソフィネが弓を引き絞り、モンスターの腹を射貫く。
だが、それでもモンスターの攻撃は止まらない。
フロルの顔面をモンスターの爪がひっかく。
「フロル!」
私は叫ぶ。
フロルの右手から炎が放たれ、モンスターを焼く。
どうやら、無事らしいが……
「大丈夫なの?」
「事前に『金剛』を使っておいて良かったです」
いいながら、フロルはさらに思念モニターに入力。
今度は複数の炎の球が生み出され、残り3体のモンスターをも焼き尽くす。
「すごい……」
彼女の魔法も、やはり勇者アレルの剣と同じく規格外だと思える。
だが。
ソフィネがいう。
「ゴメン、フロル。やっぱりアレルやライトのようにはいかないわ」
剣士ではなくアーチャーであるソフィネの限界。
戦士として、魔法使いを守り切るのはアーチャーには難しいらしい。
「いいえ、ありがとう。ソフィネの矢で弱ってなかったら、たぶん追撃をくらっていた」
『金剛』は2撃目には無効だったわね。
フロルはさらに衝撃的な言葉を続ける。
「そしたら、死んでいたかも」
え、死んでいたって……
「いくらなんでも死にはしないんじゃ……」
「アレルなら死にません。ソフィネでも多分大丈夫。でも魔法使いである私のHPでは耐え切れたか分かりません。仮に死ななくても、気絶してしまえば魔法で回復できませんからジリ貧です」
ひょっとして、今のって想像以上にピンチだった……?
私は震える。
アレルが一瞬で倒したモンスターだったから軽く考えたけど。
もしかして、本当に……
私はゴクリと唾を飲み込む。
この時、ダンジョンに入って私は初めて『恐怖』を感じていた。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!