まずい。
まずい、まずい。
まずい、まずい、まずい!
俺達の目の前で口を開ける巨大ドラゴン。
その口奥からは輝く炎が吐かれようとしている。
さらに、上空のドラゴンたちもまた、俺達を狙っている。
ライトとアブランティアの戦いは引き分けに終わったが、結局俺達はドラゴンの炎で丸焼きにされてしまう。
くそ、なんとかしないと。
だが、たとえ巨大ドラゴンの炎を『水連壁』あたりで防御したところで、上空からの炎で終わりだ。
『水連壁』は正面と上空両方に同時展開はできない。
ライトが苦々しげに俺に言う。
「すまねえな、ショート。俺じゃあお前を守り切れなかったみたいだ」
「お前のせいじゃねーよ」
アレルに比べれば年上とはいえ、彼もまだ少年。
日本ならば中学生程度にすぎない。
責任うんぬんいうなら、大人の俺の判断ミスだ。
いよいよ巨大ドラゴンから炎が吐かれる。
くそ、『水連壁』を使うしか!
俺が魔法の入力を終えようとした、次の瞬間だった。
巨大ドラゴンの目の前を、何かが横切った。
凄まじいスピードの何か。
鎌鼬のような一閃。
そして。
巨大ドラゴンの首が、付け根から切断され地面に落ちる。
一体、何が起きた!?
戸惑う俺。
だが、答はすぐに分かる。
「間に合ってよかった。ご主人様、ライト!」
そう言ったのは、目にもとまらぬスピードで巨大ドラゴンの首を切り落としたアレルだった。
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ライトが叫ぶ。
「アレル!」
俺もまた、言う。
「どうしてここに?」
アレルは少し困った顔をして言った。
「ごめんなさい。命令と違うけど、2人が心配だったから」
どうやら、俺達が心配になり、街の南の戦いの後、1人ここに駆けてきたらしい。
「いや、ありがとう。助かったよ」
俺の言葉に、アレルはちょっと安心したようだ。
事前の計画と違う行動を怒られるかもしれないと思っていたらしい。
「フロル達は?」
「アレルだけで来た。2人には向こうで見張ってもらってる」
微妙によくわからんが、確かにアレルの『俊足』はライトすら追いつけないレベル。
フロルやソフィネと一緒に行動していたら、彼が来る前に俺達は丸焼きになっていただろう。
一方、突然の乱入者に震えるのはアブランティア。
「きさま、一体!?」
「アレルはアレルだよ」
そう言うアレルはいつも通りに見える。
だが。
何故だろう。
どこか違和感がある。
別にニセモノとかそういう話じゃなくて。
淡々としたアレルの様子。
そう。淡々としすぎている。
無邪気な幼児ではなく、まるでそれは――
アレルはアブランティアの方にミスリルの剣を構えようとし――しかし、思い直したように上空のドラゴンを睨む。
ドラゴンたちは、未だ俺達を狙っており、しかしアブランティアを巻き込まないで炎を吐くのが難しいのか攻撃を迷っている様子だ。
「先にあっちを倒すか」
アレルは剣を振り上げる。
ミスリルの剣から、炎の竜が荒れ狂う。
『蛟竜の太刀』か。
かつてレルスとの決闘の最中に覚えたスキル。
圧倒的。
まさに圧倒的な勇者の力。
それが躊躇なく使われた。
炎の龍はドラゴンたちを焼き払い、消し炭とする。
「きさま、よくもドラゴンたちを!」
アブランティアが叫ぶ。
「だが、わかったぞ! お前こそが勇者だな!」
アレルはそれには何も答えない。
「ララルブレッドはどうした!?」
「あの人ならもう倒したよ」
南を襲ったというもう一人の魔族の戦士のことか。
「倒しただと!? きさま、よくもララルブレッドやドラゴンたちを! やはり勇者は魔族とモンスターに災いを呼ぶ者だ! 絶対に許さんぞ!」
その言葉に、アレルは「ふう」と息を吐く。
「許さないかぁ、許さないのはアレルの方だよ?」
そのアレルの言葉は、いつもと同じく穏やかな調子で。
「街を焼いて……」
ゆっくりと、アレルがアブランティアに近づく。
「みんなを殺して……」
ゾクッ。
なぜか、俺の背に嫌な汗が流れる。
「ご主人様とライトまで殺そうとした」
アレルの言葉は、淡々としていた。
別におかしなところはない。
普段通りだ。
普段通りのアレルだ。
そのはずだ。
それなのに――
「アレル、怒っているんだよ」
恐い。
率直にそう思った。
ドラゴンに感じた以上の恐怖。
それを、味方のはずの……ちびっ子勇者のアレルから、俺は感じていた。
『威圧』のスキルなんかじゃない。
いや、あるいはそれも使っているのかもしれないが、そんな次元ではない。
アレルから放たれる強力なプレッシャー。
あるいは、それこそが殺気とよばれるものなのかもしれない。
自然と体が震える。
俺だけじゃない、ライトも青ざめている。
本気の怒りを見せた勇者。
幼児で無邪気なアレルがここまで変わるのか。
いや、無邪気だからこそ怒りのおさめ方も知らないのか。
かつて。
俺はエンパレの街の戦士、ミリスに言われたことがある。
『だが、それだけにショート、お前の責任は重大だぞ。あの子ども達――特にアレルはある意味危険だ』
『危険?』
『それはそうだろう。悪い子だとは思わんが、あの無邪気さで『風の太刀』なんぞをおいそれと街中で使われてみろ。それこそ、近所の子どもと喧嘩しただけで相手を殺しかねんぞ』
あの時はよくわからなかった。
いや、わかったつもりになっていたが、理解していなかった。
アレルは子ども同士の喧嘩で『風の太刀』を使ったりするような子ではなかったから。
色々とお子様なようで、そういったことはきちんと理解している子に育ってくれたから。
だから、俺は長らくそんなミリスの忠告を半ば忘れてアレルやフロルと接していた。
だが。
今のアレルは。
怒りの抑制が効かなくなったアレルは。
(恐ろしい)
俺は率直にそう思った。
アレルの力を初めて恐ろしいと感じていた。
あの子は、その気になれば一瞬で王都を破壊するくらいの力を持っている。
たった6歳の、まだまだ心も感情も未熟な体に、それだけの力を秘めている。
そして、理解する。
アレルのスキルを見て警戒した王都の門番達はある意味正しかった。
ミリスの忠告も正論だった。
アレルの力は、幼い心がちょっと揺れ動いただけで、あるいは世界すらも滅ぼす力。
「アレル!」
俺はアレルの名前を呼ぶ。
アレルは俺の方を振り返りもしない。
背中を向けたまま、こう言った。
「大丈夫だよ、ご主人様。すぐに終わらせるから」
そう言って、アレルはアブランティアに向けてミスリルの剣を構えるのだった。
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