エンパレの町から徒歩10分ほど。
せせらぎ流れる水が綺麗な小川のそばに、俺は双子と共にやってきていた。
冒険者登録をした翌日。
俺達は初めて依頼を受注したのだ。
結構採取できたな。
袋の中の薬草を確認しながら俺は思う。
薬草1本で銅貨1枚。すでに薬草を12本手に入れている。
その多くはフロルが見つけたものだ。
彼女は天性の才能でも持っているのか、ささっと岩陰の薬草を見つけてくるのだ。
俺が見つけたのは2本だけ。アレルが見つけたのは薬草ではない黄色いお花が1本。もちろん、お花は一銭にもならないだろう。
「ご主人様、また見つけました」
フロルが俺に言う。
すげーな、フロル。
「……よく見つかるな」
「私、こういうの得意なんです」
俺がなかなか見つけられないのは理由がある。薬草は岩陰に生えていて、しかも大きさが小さいのだ。苔と混じってしまって見分けが付きにくい。
一生懸命探してもなかなか見つからないのだが、彼女はあっさり苔の中から薬草を探し出してしまう。
これも、勇者としての力なのだろうかと考えてしまう。が、アレルが1本も見つけずに早々に飽きて川に石を投げて遊んでいるのを見る限り、単に向き不向きの問題のような気もする。
しかし、5歳児に単純作業のお仕事で負けるとか、俺も情けなすぎるよな……
そう考えると少しおちこむわけだが。
ちなみに、採取した薬草を『無限収納』ではなく袋に入れているのは、MPを無駄遣いできないからだ。
MPを10回復させるための魔石の値段が銀貨1枚。『無限収納』からモノを出し入れすると、1回につきMPが1程度減るらしい。
薬草を一々『無限収納』に出し入れしていたら完璧に赤字である。
袋は昨日、冒険者ギルドに登録した後に購入した。
同時に、運動靴と動きやすい服を3人分購入して、今は着替えている。
俺のスーツと革靴はお世辞にも冒険向きではないし、双子の服はボロボロで、靴にも穴が空いていたからね。
さらに、袋だけでなく俺はリュックサック、双子には小さなポーチを購入。
他に干し肉やビスケットも買って、双子のポーチや俺のリュックに入れてある。
シルシルに最初にもらった軍資金は、すでに大判金貨4枚とちょっと程度しかなくなってしまった。
そろそろお昼だ。
なお、スーツと一緒に身につけていた腕時計で確認する限り、この世界の1日は元の世界で22時間ほどらしい。
お昼は2つの太陽を結んだ線が南の空の頂点に達したときである。
「2人とも、そろそろご飯にしようか」
「はい。ご主人様」
「わーい、ごはんっ、ごはんっ」
俺のそばに駆け寄ってくる2人。
だが、その時だった。
小川の上流から|角《つの》の生えたピンク色のウサギのような動物が現れた。
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「なんだ、あれ!?」
俺は思わず叫ぶ。
「ツノウサギです」
フロルが教えてくれた。
|角《ツノ》がはえているだけじゃない。頭の先から尻尾まで1メートルくらいある。
それ以外は確かに向こうの世界のウサギに似ているが。
「確か、この辺りに生息している魔物の一種」
「魔物!?」
本来なら、その言葉を聞いたとき俺はもっと警戒するべきだったのだろう。
だが、俺は愚かにもぼーっと眺めてしまっていた。
何しろ、見た目は|角《ツノ》がはえているだけのでっかいウサギである。
むしろ、ちょっと可愛いなと感じてしまったくらいで、襲われるなんて思いもしなかったのだ。
そう思ったのは俺だけではなかったらしく。
「わーい、かわいいねぇー」
そう言って、アレルは無邪気にツノウサギに近づいていく。
「ダメよ、アレルっ!」
フロルが警告の声を上げる。
俺もさすがにこれはマズいと思った。
ツノウサギの生態は知らないが、アレルの体よりも大きな獣――魔物である。
襲われたら大変だ。
「アレル、待ちなさい」
俺が叫ぶと、アレルが立ち止まった。
奴隷契約書の命令をしてしまったかもしれないが、ここはやむをえない。
だが。
ツノウサギは突然アレルに向かって突進した。
「ぇ……?」
アレルは立ち止まったまま小さく声を上げる。
「アレルっ!」
フロルが悲鳴のような声を上げて、アレルを突き飛ばす。
おかげで、アレルはツノウサギの突進から逃れた。
その代わり……ツノウサギの|角《つの》はフロルの右腕に深々と刺さったのであった。
「フロルっ!!」
オレは叫んで彼女の元に駆け寄る。
「くっ……」
痛そうにうめくフロル。
ツノウサギはフロルに|角《つの》を刺したまま暴れている。このままじゃ傷がどんどん広がってしまう。
「ごめん、フロル」
俺は言って、ツノウサギを掴みフロルから無理矢理引き離し、投げ飛ばした。
衝撃で目を回したのか、その場に転がって動かなくなるツノウサギ。
「大丈夫か、フロル!?」
「……ご主人様……ごめんなさい」
「謝るなよ」
謝るべきは俺だ。
本当なら、アレルを庇うのは大人の俺の役目だったのだ。
いや、それ以前にもっと最初から警戒して相対すべきだった。
フロルは魔物だと警告してくれたのだから。
「フロルぅ……」
傷つきうめくフロルに、アレルがすがりつく。
「フロルぅ、しっかりしてぇ……」
フロル以上に涙を流しながら言うアレル。
フロルの右腕からは血が流れ続ける。
くそ、どうしたらいい?
とにかく止血しないと。
包帯はないぞ。
傷薬。
薬草ならあるが、使い方が分からない。
……って、いやいや、違う。
何を考えているんだ。
俺はバカか。
この世界にはもっと便利なものがあるじゃないか。
俺は半透明の画面――思念モニタを開き、『魔法使用』を選択。
『怪我回復』の魔法を選択した。
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誰に?
・ショート・アカドリ(現在必要ありません)
・アレル(現在必要ありません)
・フロル
・その他
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くそ。必要なのがフロルだけだと分かっているなら一々聞くなよっ!
思念モニタをタッチするのももどかしい。
俺はようやくフロルに『怪我回復』の魔法を使う。
これで、どうにかなるのか?
と。
フロルの表情から苦痛が消えた。
服の袖をめくり上げてみると、怪我が完全に塞がっている。
「ふぅ」
安心して一息ついた俺に、フロルが警告の声を上げる。
「ご主人様、後ろ!!」
その言葉に振り返ると、先ほど投げ捨てたツノウサギが目を覚まし、こちらに|角《つの》を向けているのだった。
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