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(ヘドラー・ブラネルド・ペルガ五世/三人称)
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ヘドラー・ブラネルド・ペルガ五世。
誰あろう、現ブラネルド王国国王その人である。
彼は現在、息子にやや厳しめに問い詰められていた。
「どういうことですか、父上。勇者殿と我が国で決闘とは!」
息子にて、第一王子のサリナスが声を荒げる。
その後ろに控えるクラリエもやや憮然とした表情だ。
勇者のひととなりを質すと言って引見した結果が『国を挙げての決闘だ』では納得などできようはずもない。
「勇者殿ともに魔族と戦う準備をするのではなかったのですか!? クラリエ王女との婚姻もそのためのものでありましょう」
クラリエの顔が少しだけピクリと動く。
「サリナス、クラリエ殿の前で言葉が過ぎるぞ」
目の前で未来の夫が『お前との結婚は戦争のための国策だ』などと言えば不快も感じよう。
事実としてそうだと双方が理解していても口にして良いことではない。
まして、ヘドラーはクラリエよりも7歳も年上なのだ。
元々、ティーンエイジャーのクラリエがこの結婚に全面的に賛同というわけでもないだろう。
(わが息子は未来の伴侶への配慮が足りていないな)
まして、相手は現時点では他国の姫なのだ。
許される無礼と許されない無礼がある。
「むっ、それは……クラリエ王女、申し訳ない。だが、しかし勇者殿と決闘など、一体なにゆえなのですか?」
改めて問われて、ヘドラーは勇者とのやりとりを説明する。
サリナスもある程度納得したらしい。
「それは……確かに我が国を侮辱されたように感じます」
実際、勇者達の言葉には相手が一般の大人ならその場で即刻首をはねてやるような暴言も混じっていた。
「納得したか?」
問いかけるヘドラー。
これでうなずくならば、サリナスはまだその程度の実力ということになるが。
「いいえ、納得できかねます」
「ほう?」
「確かに勇者殿の物言いには私も思うところがあります。が、そうであったとしても勇者殿と、あるいは冒険者ギルドと敵対しても、国益にはデメリットこそあれ、メリットなどありません。」
ふむ。
この程度考えられるくらいには成長したか。
幼い頃から体ばかり鍛えて頭が不自由とすら言えた息子の成長を内心少しだけ喜ぶ。
サリナスは「それに……」と付け足した。
「そもそも、相手は6歳の幼児です。少年少女とすら言えない年齢でありましょう。そのような子どもと本気で諍いを起こすは、むしろ我が国の恥かと」
その通りだ。
プライドだけをとるならば、あの場で子どもを叱りつける大人になれば良かっただけである。
故に、ヘドラーは大仰にうなずいてみせる。
「お前の言うとおりだな」
「ならばなぜ、決闘などと!?」
「なぜだと思う?」
ヘドラーが逆に問いかけると、サリナスは「え……」と口ごもった。
どうやら、それ以上は思考できていないらしい。
教えてやるのはかまわないが……いや、ここは息子の嫁の頭の程度もはかっておくか。
「クラリエ殿、あなたはどう考える?」
クラリエは一歩だけ前に出て自分の考えを語る。
「恐れながら陛下のお心をを推察させていただくならば、それこそが勇者のひととなりを知るすべだとご判断なされたのではないかと」
「その心は?」
「私は勇者とともに旅をしてきました。その結果わかったことは、あの2人はバカではないということです。フロルはもちろん、アレルも重要な事柄の本質はしっかりと見抜いています。陛下も御聡明ならば、勇者も利発。
なれど決闘となったとすれば、思考の末に勇者達があえて恐れ多くも陛下を挑発していたことになり、陛下もまたそれを見抜いた上であえて乗ったのではないかと」
なるほどな。
ヘドラーは内心笑う。
「噂ではアラバランの王女はどうしょうもないお転婆姫と聞いていたが、やはり人づての情報など当てにならんな。そなたも勇者殿らと同じく聡明だ。我が息子はこの通り頭に脳みそよりも筋肉が詰まっている男。苦労もあろうが末永く支えてやってほしい」
「お褒めの言葉と受け取らせていただきます」
クラリエはそう言うと、一礼して一歩身を引いた。
「そういうことだ、サリナス。勇者殿はしっかりとした目的を持ってこちらに挑戦してきたように見受けられる。我が国は武の国である。そのような幼児がいかなる者であるのか、見極めるならば相手の挑戦に乗るのが一番手っ取り早い。
その上で、我らが力を勇者殿にお見せしなければならない。さもなくば、魔族や魔王の前に、冒険者ギルドや勇者殿との交渉において後手に立つことになる」
「はっ」
サリナスは頭を下げた。
「クラリエ殿には勇者殿と敵対することになりもうしわけない。婚礼の儀もおくれるやもしれぬ」
「かまいません。ただ……」
「ただ?」
「いささか無謀な挑戦であるとは思いますが」
「さもあらん。国軍をもって幼児を虐めるようで、あまり良い気持ちではないな」
「いえ、私がいいたいことは陛下のご懸念と少し異なります」
「うん?」
「未来のこの国の妃として陛下にご進言いたします。勇者と決闘をするというならば、この国の可能な限りの兵力を結集してください」
サリナスがクラリエに尋ねる。
「それはいかなる意味か。まさか、たった数人の子どもに我らが負けると言うのか?」
「これ以上は私の立場では何も申し上げられません」
クラリエはそう言って口をつぐんだ。
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決闘当日。国王は500の兵を集めて勇者との決闘に挑んだ。
どうやら勇者達もこれだけの人数を投入したのには驚いたらしい。
幼児相手にいささか大げさであるが、恨むならば余計な進言をしたクラリエを恨んでもらうしよう。
VIP席から決闘の行方を見守る。
審判役のレルス・フライマントが決闘の開始を宣言する。
「では、決闘開始!」
その瞬間だった。
勇者達が消えた。
サリナスが叫ぶ。
「父上、上空です!」
勇者アレルとフロル、それにライトルールという少年達は一瞬にして闘技場の上空へと舞い上がっていた。
「まさか、空を飛ぶ魔法とは」
ギルド長ダルネスのみが使える移動魔法だと聞いていたが。
やはり勇者はただ者ではないということか。
とはいえ、空を飛んだら勝てるというものではない。
王国側も弓兵や魔法使い、あるいは『風の太刀』という秘技を使える兵士もいる。
それら遠距離攻撃をを得意とする者達が、いっせいに勇者達へと攻撃を仕掛けた。
サリナスが笑いながらクラリエに言う。
「どうだ、クラリエ? 空に上がったとて遠距離攻撃の方法などいくらでもある。そもそも逃げるがごとき行動をするじてんで勇者殿らは負けをみとめたようなものよ。
むしろ、万が一にも子ども達を殺してしまっていないかが心配だな。さすがに国軍をもって幼児を殺すなどは寝覚めが悪い」
高笑いするサリナスを見て、ヘドラーは『やれやれ』と感じる。
結果を確認せずに勝ったと思い込んで油断するなど、我が息子はやはりまだまだ未熟だ。
一方のクラリエは落ち着いた表情。
「殿下、戦いはまだ始まったばかりです」
クラリエ王女の言葉に、サリナスは「ふっ」と笑う。
「何を言うか、もう戦いなど終わっ……」
そう言ったときだった。
勇者の魔法が兵士達に襲いかかった!
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