国王は振り上げた手をクラリエ王女の頭に乗せた。
「父上?」
「いいかげんにしなさい、クラリエ」
国王はそう言うと、クラリエ王女を抱きかかえる。
その様子を見て、アレルはクラリエ王女から手を放したようだ。
「父上、お父様、おろして!」
国王の手の中で、クラリエ王女が暴れるが、国王は離さない。
彼は少し声を張り上げる。
「誰ぞ!」
「はっ」
謁見の間の外から兵士――近衛兵が現れて国王に跪いた。
「クラリエを部屋に連れ帰れ」
「はっ」
言って、国王は近衛兵にクラリエ王女を託す。
近衛兵はクラリエ王女の手をひき、謁見の間からでていこうとする。
「は、離せ、父上、ちょっとまってください! 私はまだ勇者に……」
クラリエ王女は何やら叫び続けているが、大人の兵士に引っ張られては王女といえど抵抗しきれないらしい。
王女の声が聞こえなくなったところで、国王は再び椅子に座り、俺達に相対した。
「すまなかったな。我が娘が失礼をした」
「いえ……」
俺は口ごもる。
『子どものしたことですから』と言いそうになったのだが、仮にも王族に対して子ども呼ばわりも失礼かなと思った結果だ。
いつもなら毒舌を繰り出しそうなフロルとソフィネも、さすがに国王相手だからかなにも言わない。
アレルはちょっとまだムスっとしているけど。
「本来なら、あの子をここに呼ぶつもりはなかったのだ。だが、勇者を見たいというものでな。我儘を許してしまった」
なんと応じたものか。
俺が考えていると、国王はさらに続ける。
「あの子は、数日後にブラネルド王国に嫁ぐ」
「は?」
唐突な国王の言葉に、俺は無作法な反応をしてしまった。
だが、国王は気にした様子もない。
「おかしいか?」
「い、いえ……」
嫁ぐって、結婚するってことだよな。
でも、クラリエ王女ってどうみてもソフィネと同じ――いや、それよりも年下に見えたんだが。
ともあれ、婚姻と言うことならば言うべきは1つだろう。
「それは、おめでとうございます」
他に言うべき言葉もない。
「他に、言いたいことがあるように見えるが?」
確かにね。
どうみても10歳前後の少女を外国に嫁にやるというのは聞いていて気分が良い物ではない。
とはいえ、王族の話だ。
この世界の王族ではそれが当たり前なのかもしれないし、口を出すべき事でも無いだろう。
「いや、わかる。幼い子どもを嫁にやるなど、親としては失格だろうからな」
あ、やっぱり普通のことではないんだ。
「だが、今、人族の国同士の結束を固めねばならん。なにしろ、300年に一度の大戦争が待っているのだから」
魔族との戦争。
その為に、人族同士の結束を高める。
すなわち、この婚姻は政略結婚ってことか。
理解はできる。
地球でも――日本でも昔はよく行なわれたことだ。
戦国時代に同盟を結ぶために娘を嫁という名の人質に送ったなどよく聞くことだろう。
むろん、必ずしも幸せな結末にはならないが。
有名どころではお市の方と浅井三姉妹の話とかだろうか。
いや、今は日本の戦国時代の話はどうでもいい。
問題なのは。
「それはわかるのですけど、なぜ俺達にそんなことを?」
国同士の結束を高めるための政略結婚。
それ自体は王侯貴族の常なのかもしれない。
だが、それを何故俺達に言うのか。
「1つは、余があの子の我儘を許してしまった理由の説明だ」
ああ、なるほど。
数日後に親元を離れて他国に嫁ぐ幼い娘の我儘だから、ついききいれてしまったと。
だが、そんな国王に、フロルが言う。
「でも、それは本丸の理由ではないですよね?」
フロル、それはどういう?
俺がフロルの頭の良さについていけないでいると、国王が頷いて自ら説明してくれた。
「うむ。勇者殿に、我々四カ国の覚悟をみせるためだ」
四ヶ国の覚悟?
「アラバラン王国、ジンパルグ帝国、ブラネルド王国、ダグルハンド共和国の四カ国は先日会合を行なった。その結果、来る魔族との戦争において、勇者殿と共に全力を挙げて戦うという結論に至った。
この婚姻政策はその1つだ。同時に、我が息子にはジンパルグ皇帝の姫が嫁いでくることになっているし、ジンパルグの皇太子にはブラネルド王の娘が嫁ぐ」
なんとも分かりやすい三角関係だ。
と、そこまで聞けば当然疑問に思うこともある。
「ダウルハンド共和国はどうなっているんですか?」
「ダウルハンドは特殊な政治体制をとっている。共和制といって、民衆の代表が国を仕切る。選挙なるもので大統領なる代表を選ぶのだ。正直、余にも理解しがたい政治体制だ」
いや、俺には一番分かりやすいぞ。
要するに民主主義に近いのだろう。
この世界ではレアなのかもしれないが。
「それゆえに、代表との婚姻政策は意味が薄い。何しろ、選挙なるイベントで代表が容易に替わってしまうからな」
ふむ。
「とはいえだ、あの国こそ勇者のために戦うであろうことも想像に難くない」
「それは何故でしょうか?」
「ダウルハンドは冒険者の国だからだ」
え?
冒険者の国?
俺の怪訝な顔を見て取ったのだろう。
国王は少し困った顔をする。
「君達も冒険者であろう。ダウルハンド共和国については余が説明するよりも、ギルドで調べた方がよい」
ま、そりゃ確かにそうかもな。
「いずれにせよ、我らは勇者殿を柱として魔族と相対する覚悟を決めた。
いや、実際最後の決断をしたのは、今日、王都を焼かれたことによるがな」
なるほど。
「実をいえば、我が娘の嫁入りも、当初は3年後の予定だった。だが、ダルネス殿より勇者が産まれたことを聞き、そして国内でも魔族の目撃談が散見されるようになった。
ことは急がねばならん」
「魔族の目撃談?」
「ふむ。本来南の大陸にいるはずの彼らが、北の大陸で何をしようとしているのか。間者か、あるいは……とおもっていたのだがな」
そういえば、マラランが『色々あって王都も厳戒態勢だ』と言っていた。
その理由はこれか?
「しかし、まさか、王都を直接攻めてくるとは。こうなってはもはや猶予もあるまい」
確かにそうかもしれない。
「勇者よ、そして、神の使徒よ。そなたらはこれよりどう動くつもりだ?」
それは……
俺は考える。
ダルネスは言っていた。
1年ゆっくり各地を見聞してくるがいいと。
だが。
現に魔族が王都を攻めてきた。
本当にそんな余裕はあるのか?
いや、それ以前に。
『魔族と戦争』
話はどんどんそっちに向かっている。
かつて、アレルは言った。
『魔王さんとお話ししよーよ。だって、戦うよりも仲良くした方がいいでしょう?』
幼児の無邪気な理想論。
そうだとしても。
俺はその道を探りたいと思った。
アレルとフロルに戦争なんてさせたくないから。
そう思っていたのだが。
今日の戦いを思い出す。
もはや取り返しの付かないところに来てしまっているのではないか。
俺と同じように考えたのだろう。
フロルも、それにソフィネやライトも押し黙る。
そんななか、声を出したのはアレルだった。
「アレルはね、せんそーとかやだよ」
その言葉に、国王が「ほう」っと目を細める。
「だって、戦争になったら人がいっぱい死んじゃうよ。それはよくないよ」
その通りだ。
その通りなんだけどさ。
だが、アレルはそこで少し目を閉じた。
「でもね。そう思っていたけどね。だけどさ……」
アレルの声が冷たい。
口調こそ無邪気なままだけど。
「魔族が赤ちゃんを焼き殺すっていうなら……魔王がそう命じるなら……
……アレルは魔族や魔王を許さない」
ゾクリッ
俺の背中を嫌な汗が流れる。
あの時。
アレルが、魔族の戦士アブランティアを殺そうとしたときと同じような強烈なプレッシャー。
それを誰もが感じ。
フロルも、ソフィネも、ライトも、国王すらも。
そして、俺も。
押し黙ってアレルを見やるしかなかった。
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