アラバラン王都。
エンパレの街よりもずっと大きな街。
その街が、燃えていた。
街の南にアレルとフロル、それにソフィネがやってきたとき、そこはすでに半ば廃墟のような状態になっていた。
「なんてこと」
フロルが戦慄した声で言う。
火傷や大怪我をした人々が沢山いる。
母親らしき倒れた女性にすがってなく、アレルやフロルよりも小さな女の子。
フロルがかけよってみるが、小さく首を横に振った。
「もう、亡くなっている」
死んだ人間は蘇らない。
フロルやショートの魔法でも。
アレルにはどうしょうもなかった。
「ままぁぁぁ~」
そう言って泣き続ける女の子に、アレルができることは何もなかった。
と。
反対方向の道から誰かが走ってきた。
女の人と、その腕の中には赤ん坊。
彼女たちを、ドラゴンの一匹が追いかけていた。
まるで、いたぶるように。
駆り立てて楽しむように。
アレルはとっさに助けようとし――
――だが、その前にドラゴンの口から閃光が走った。
『俊足』を使う間もなかった。
気づいたのが、あまりにも遅すぎた。
アレルの目の前で、赤ん坊と母親が真っ黒な灰になった。
目の前で行なわれるモンスターによる蹂躙。
「あ、あ、あぁぁ……」
アレルは震えた。
こんなの、無理だ。
アレルだけでみんなを助けるなんて、無理だ。
人々は右往左往し、とてもじゃないけど全員を救うことなんてできない。
助けなきゃいけないのに。
アレルは勇者なんだから。
みんなを助けなくちゃいけない。
その思いから、むしろ動けなくなって誰も助けられないアレル。
その時だった。
遠く街の東から、炎の弾が発射され、モンスター達を焼き尽くす。
フロルが呟く。
「『爆炎連弾』……ショート様?」
その魔法で、ドラゴン以外のモンスターはあらかた倒せたようだ。
だが、ドラゴン達には大して効果がない様子だ。
ドラゴンたちはさらに街を襲う。
どうしたらいいのかわからない。
奴隷のころは何も考えないでよかった。
ゴボダラの命令さえ聞いていれば、それでよかった。
勇者と呼ばれる前も、無邪気に笑っていられた。
ショートの言葉さえ聞いていれば問題なかった。
考えるのはフロルの役目で。
唯一自分が考えて動いたセルアレニ騒動の時は、そのせいでむしろみんなを危険な目にあわせてしまった。
(どうしたらいいの? わかんないよ)
この場には、ゴボダラもショートもいない。
ミリスも、マーリャも、ライトも。
アレルは震えていた。
自分の力じゃ、助けられないと思って。
そんなアレルにフロルが叫ぶ。
「アレル!」
それでもアレルは反応できない。
「アレル!!」
フロルはアレルの横に立ち、彼のほほをはたいた。
「フロル……?」
「なに立ち止まっているのよ!? みたでしょ! ショート様の『火炎連弾』でもドラゴンは倒せなかった。だったら、私の魔法やソフィネの弓でも多分無理」
そうだろうなと思う。
「倒せるのは、あなたしかいない。みんなを助けられるのは、あなたしかいないの!」
「みんなを、たすける?」
無理だよ。
死んじゃったお母さん達や赤ちゃんを、どうやって助けるんだよ。
「そんなの、むりだよ」
ドラゴンを倒すことはできるかもしれない。
でも、みんなを助けるなんてアレルにはできない。
「無理でもやるの!」
フロルはそう言って、未だに母親の死体にすがりついて泣く少女を指さした。
「あの子を助けられるのは、あなただけなのよ!」
アレルはハッとなる。
そうだ。
何を悩んでいたんだ。
らしくもなく、塞ぎ込んで。
「わかった、ドラゴンはやっつける」
アレルは上空のドラゴンを睨む。
フロルがそんなアレルに『金剛』と『力倍増』の魔法をかける。
ソフィネが幼い女の子を抱きかかえる。
「これいじょうはやらせない」
飛び上がって斬りつけてもダメだ。
『風の太刀』や『光の太刀』で――いや、もっと強力な『蛟竜の太刀』がいい。
アレルの放った『蛟竜の太刀』は、ドラゴンたちを次々と撃墜していく。
(こんなに力があるのに)
『蛟竜の太刀』を何度も放ちながら、アレルは思う。
(勇者として、力をもって生まれたのに)
次々とドラゴンを倒していく。
(みんなを助けるってなんて難しいんだろう)
それでも。
アレルは戦う。
だけど。
魔の空から巨大なドラゴンが舞い降りる。
『蛟竜の太刀』すら、巨大ドラゴンは振り払い、アレル目指して降下。
そして、その背中には。
「人……人間?」
ドラゴンを操っているのは人間だった。
「あれほどの巨大な力を、このような幼き子が操るとは。もしや、あたりか?」
ドラゴンから降り立ったのは、戦士。
緑色の肌と赤い髪と尖った耳。
「まさか、魔族……」
フロルが呆然と呟く。
「え?」
戸惑うアレルに向け、魔族の戦士は剣を抜いた。
「我が名はララルブレッド。魔王様の目覚めを待つ者」
魔族の戦士――ララルブレッドは一方的にそう宣言した。
「貴様が勇者だというならば、全ての力に目覚める前に我が討つ」
その言葉に、フロルが問う。
半ば、自問自答するように。
「まさか、この襲撃って勇者を倒すために?」
「その通りだ。人族の子よ。そして幼き少年よ、貴様こそが勇者であろう」
魔族の戦士の出現がアレルの心をさらに揺さぶることになる。
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