なんだかんだとあって、ようやく椅子に座って一息。
さて、なにから話すべきかと考えていると、個室の扉がノックされた。
「どうぞ」
「失礼します」
ウエイトレスが入ってきて、俺達の前にスープとサラダを並べていく。
スープはポタージュ系で、サラダの上には肉が乗っているようだ。
それを見てアレル。
「……これがタルトーキ?」
うわ、露骨に不満そう。
しかし、むろん、そんなわけはなく。
「いいえ、これは前菜とスープでございます。メインディッシュはのちほど」
ウエイトレスはそう言って頭を下げて部屋から出て行った。
アレルは首をひねる。
「前菜ってなぁに?」
そうだよね。
コース料理なんて食べたことないもんね。
口に出さないだけで、ライトやフロルも同じような疑問を持っているらしい。
ソフィネがそんな3人に言う。
「順番に料理が出てくるのよ。たっぷり一刻くらいかけて、色々なものがね」
どうやら、彼女はこういう形式の料理にも覚えがあるらしい。
実父のロルネックさんと旅をしたこともあるらしいし、その中でコース料理を食べる機会もあったのかも。
「ふーん?」
よくわからない様子のアレル。
俺はマラランに言う。
「とりあえず、食べましょうか」
「そうだな」
フォークを持ってサラダを食べる俺。
うーん、デリシャス。
野菜は新鮮、肉の味付けも濃すぎず薄すぎず。ドレッシングも美味い。
この世界に来てから、ここまで美味いサラダは初めてだ。
と。
俺はスープを飲み出したアレルを見て慌てる。
「おい、アレル、皿に直接くちをつけて飲むな。スプーン使え、スプーン」
カップならともかく、平皿を持ち上げてスープを飲むのはいくら何でもマナー違反だろう。
「ほへ?」
全然分かっていない表情のアレル。
『なんでダメなの?』と不思議がっている様子だ。
それもそのはず、アレルだけでなく、ライトも同じようにして飲んでいた。
さすがにソフィネとフロルはそんなことはしていないが、だとしてもズズズズ音を立ている。
俺はもう、恥ずかしくなってしまって。
しかし、一方で俺自身こういう場所でのテーブルマナーなんて知らないと思い立つ。
東京でもこんな高級店には入ったことがないし、そもそも日本でのマナーとこの世界出のマナーが共通とも限らない。
「すみません、マラランさん。俺達、テーブルマナーとか知らなくて」
慌てまくる俺に、マラランは「はははっ」と笑う。
「かまわんよ。そんなに固くなる必要は無い。かくいう私もテーブルマナーは苦手でな」
言って、彼も音を立ててスープを飲む。
おそらく、俺達に気を使ってわざとフランクなマナーで食事をしてくれているのだろう。
ま、マナーとか気にしすぎても美味しくないよな。
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「さて、メインディッシュが来る前に、話すべきことを話しておきたい」
サラダとスープを一通り楽しんだ後。
マラランはそう切り出した。
「そうですね」
「どこから話すべきか。まず、君達に疑問があれば答えよう。私に答えられる範囲でな」
ふむ。
そうだな。
まず聞くべきは……
「マラランさんは元々、俺達のことを知っていたんですよね?」
「その通りだ。あるお方から聞いていた。勇者と神の使徒が間もなく王都を訪れること、その容姿と能力、名前など」
そうだろうな。
それはこれまでの彼の言動を見ていれば明らかだ。
「あるお方とは?」
俺の中で、ほぼ答えは出ているが、あえて尋ねる。
「ふむ、どなただと思う?」
ちょっといたずらっ子っぽい表情で尋ね返すマララン。
この人って、案外お茶目な部分もあるのかな。
その問いに答えたのは俺ではなく、フロルだった。
「王様よね。で、王様に話したのはギルド長ダルネス」
フロルの答えに、マラランはパチパチと軽く拍手。
「正解だ」
ま、そうだよな。
そもそも、アレルやフロルが勇者だと知っているのは、俺達5人以外だとダルネス、レルス、それにミリスくらいなもんだ。
ミレヌやブライアン、ゴボダラあたりもさっしてはいたかもしれないが。
いずれにせよ、俺達を先回りして伝えられるのは飛行魔法を持つダルネスくらいだろう。
そして、彼はむやみやたらに勇者について吹聴したりはしないはずだ。
例外がいるとしたら、国の指導者レベルだけ。
で、マラランはこの王都――つまり、国王陛下に仕えている。
そう考えていけば、最初から答はほぼ決まっていた。
マラランは付け足す。
「厳密には、国王陛下に伝えたのはダルネス殿とレルス・フライマント殿の2人だったようだが」
なるほど。
「マラランさんも2人に会ったんですか?」
「遠目に拝見しただけだ。レルス様のお力はそれでもよく分かった。ダルネス様の威厳もな」
確かにね。
あの2人は親しみやすい人柄のようで、上に立つものとしての圧はちゃんともっているからね。
「君達も、2人とは面識があるのだな?」
マラランの言葉に、俺達は頷く。
さらに、アレル。
「うん、アレルはレルスと決闘したよー」
おい、そういう物騒なことをあっさりいうな。
「ほう」
マラランが目を細める。
「それで結果は?」
「うーん、負けちゃった」
「なるほどな」
マラランは頷き、さらに続けた。
「私も一介の戦士として、レルス殿とお手合わせしてみたいものだ」
戦士というのはそういうものらしい。
この世界に来て1年以上。
アレルやレルス、あるいはミリスやライトを見ていて、俺にも戦士の生き様みたいなものが少しは理解できてきた。
時に自分の命よりも強き相手を追い求めすらするからこそ戦士なのだろう。
だが、マラランにアレルは無邪気な笑顔のままで言う。
「やめたほうがいいよー、マラランさんじゃ殺されちゃうから」
あっさりいうアレルに、マラランが引きつる。
「おい、アレル」
マラランじゃ弱すぎると言わんばかりのアレルの発言に、さすがに俺はアレルを止めようとする。
いくらなんでも失礼だろう。
だが、マラランは苦笑しただけだ。
「そうか、私の力ではレルス殿の相手には不足か」
「うん。だって、おじさんって、たぶんライトと同じくらいの強さでしょう? だから、レルスも手加減できないし」
おい、ライトにまで流れ矢が飛んできたぞ。
俺はマラランに頭を下げる。
「マラランさん、すみません! 何分見ての通りお子様なもので……」
アレルに悪意はないのだろう。
戦士としての実力を彼なりに分析して、思ったままを言っただけだ。
そして、おそらくそれは正しいのだろう。
あの、炎の竜が荒れ狂うような決戦、普通の戦士が関われば命がないことくらい、さすがの俺も分かる。
ライトと同じくらいの強さというのも、勇者でもない少年と同レベルとも聞こえるが、実際のところライトだって超天才といえる戦士なのだ。レルスだって今のライトの年齢の時には『風の太刀』なんて使えなかったと聞くし。
だが、本当のことだとしても――いや、本当のことだからこそ失礼になることもある。
アレルにはまだ、そういった機微はわからないだろうが、それを彼が理解できないのは保護者の俺の責任だ。
「いや、かまわん。確かにアレルくんの言うとおりだ。私ごときがレルス殿と手合わせを願うなど、身の程知らずだったな」
俺はホッとする。
内心はどうか分からないが、マラランに特に怒った様子はない。
むしろ、戦士として少し恥じているようにすら見えた。
フロルが閑話休題とばかりにマラランに尋ねる。
「それで、王様はなんで私達を呼びたいの?」
いや、フロル、ちょっと話が飛びすぎじゃね?
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