やっぱり場違いだ。場違いすぎる。
王都の高級レストランに立ち入った俺達。
そこはあきらかに冒険者パーティが入っていいようなランクの店ではなく。
薄汚れたり、破れたり、はてはモンスターの返り血がついていたりするような服装で入店した俺達は、それはもうひたすら目立ちまくっていた。
子ども達はともかく、せめて俺だけでも『無限収納』に入れてある、日本から転移したときに来ていたリクルートスーツに着替えたいくらいだ。
いや、この世界ではそれはそれで浮きまくるのだが。
もっとも、そんなことを気にしているのは、俺とフロルとソフィネだけ。
マラランは店員に何か話しかけているし、ライトはただただ物珍しそうに店内を見回し、アレルは……あーもう、コッコ料理のことしか考えていないな。口からヨダレ垂らしまくり。
マラランの言葉に、ウエイトレスが「かしこまりました、こちらへどうぞ」と、俺達をうながす。
貴族らしき他の客達はともかく、店員は俺達の身なりを気にする様子もない。
気にならないのではなく、職業意識……あるいは職業倫理でそうしているのだろうけど。
はたして、案内されたのは、店内でも特にVIPが使うのであろう広めの個室だった。
東京の大衆居酒屋の個室なんかとは違う。あえていうなら政治家御用達の高級料亭の個室だろうか。いや、むしろ、高級フレンチか高級中華料理店の個室というべきか。
転移してからはもちろん、東京でもこんな高級そうなお店の個室になんて入ったことがない。
なにやら高そうな壺やら絵画やらが飾られているし、シャンデリアのような照明まである。もちろん、光源は電気でも蝋燭でもなく魔石だと思うが。
「それでは、おくつろぎください」
ウエイトレスがそう言って、俺達6人――というか、マラランに頭を下げる。
ちなみに、他の兵士たちはお店の外で待機中。
ウエイトレスが部屋から出て行き、俺も『それじゃあ椅子に座ろうか』などと思ったその時だった。
突然マラランが俺達の前にすすみでて膝を突き、腰を折って頭を下げた。
え?
なに、いきなり?
唐突な豹変に、俺は戸惑うしかない。
「えーっと、マラランさん?」
俺の困惑声に、マラランは頭を下げたまま言う。
「今代の勇者、アレル様、フロル様。そして神の使徒ショート・アカドリ様。並びにそのおつきの方々。
お忍びの旅と聞き及んでいたがため、部下達に勇者様方のことを周知することが出来ず、また部下や民達の手前礼を尽くすこともできませんでした。
重ね重ねのご無礼、誠に申し訳ありません」
えーっと。
これは……
なんだろう。
困ったなぁ。
ヤリをつきつけられるよりも反応に困るんだけど。
つーか、俺って神の使徒なの?
いや、確かに神様にこの世界に送り込まれたけどさぁ。
「え、えーっと、マラランさん、とりあえず頭を上げてもらえませんか?」
俺は逆に恐縮してしまう。
「はっ」
まるで国王に相対するかのようなかしこまり方だ。
確かに、『神の使徒』はともかく、『勇者』というのはこの世界の人々にとってそれくらいの意味があるのかもしれない。
まだレベル0のころからアレルやフロルを知っていたミリスや、ある意味で勇者以上の大物のダルネスやレルスだからこそ、普通の対応だっただけなのかも。
だけど、こういう対応されてもはっきりいって困るんだよなぁ。
なにより、双子に『自分たちは偉いんだ』なんて思って育って欲しくなかったからこそ、ギリギリまで勇者の話は秘密にしたわけだし。
俺がどうしたものか考えていると、アレルがマラランに言った。
「アレルはね、アレルなの。勇者かもしれないけど、アレルはアレルだから」
舌っ足らずでこそなくなったが、言葉足らずは相変わらずだなぁ。
そのアレルの意図を代弁してくれたのはフロルだ。
「マラランさん。私達は確かにこの時代の勇者として生を受けたのかもしれません。ですが、私もアレルもまだ何もなしてはいません。
ただの冒険者、ただの子どもです。あなたに頭を下げられる理由はありません。
アレルはアレルですし、私はフロルです。勇者であろうがなかろうが、ただの冒険者で、6歳の子どもです。ですから、どうぞ、普通に接してください」
アレルとフロルはそう言って、マラランにニッコリ笑いかけた。
アレルはアレルなりの、フロルはフロルなりの言葉で、自分は自分でしかないと。
勇者として生まれたとしても、今の自分たちはただの子どもだと。
そう言ってくれた。
それは俺にとってなにより嬉しいことで。
同時に、マラランもホッと息を吐いた。
「そうですか。そう言っていただけると助かります」
マラランはもう一度頭を下げて、それから立ち上がった。
フロルは続ける。
「敬語もいりません。6歳児に敬語なんて使わないでしょ」
「わかりました……いえ、わかった。了解した」
「ただ、1つだけ覚えておいて欲しいことがあります」
フロルはそこで言葉を句切った。
どこか、本気で挑むような……あるいは忠告するような口調で続ける。
「ライトとソフィネは私達の大切な仲間です。けっして付き人などではありません。それだけはご承知おきを」
そうだ。
それはその通りだ。
「わかった。先ほどの言葉は失言だった。ライトくん、ソフィネくん。君達にも謝罪する」
ライトとソフィネは顔を見合わせる。
「いや、分かればいいし」
「ちゃんと謝ってくれるなら別に」
うん。
2人とも直情型ではあっても、ネチネチと恨みに思うタイプじゃないからな。
これでわだかまりは全部解消ってことかな?
「えーっと、とりあえず、席に座ります?」
俺がそう言うと、あらためて6人でテーブルを囲んだ。
フロルの隣に座ったライトが、小声で「アリガトな、フロル」と言ったの、俺は聞き逃さなかったよ。
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