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(フロル/一人称)
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ギルラルデの街の宿。
その2階の部屋から私は庭を――正確には庭で剣の素振りをしている3人を眺める。
アレル、ライト、クラリエ王女。
3人とも特になにもしゃべらずに一心不乱ってかんじだ。
こういうとき、私は『剣士って良いな』って思う。
なにも言葉にしなくても、一緒に剣を振るうだけで心が通じ合う。
私には無理だ。
なまじ頭がいいからか、『理屈じゃなくて心で通じ合う』というのがわからない。
双子のアレルのことすら、理屈で考えてしまう。
と。
コンコンと部屋の扉がノックされた。
続いて聞こえてきたのはソフィネの声。
「フロル、入ってもいい?」
「いいわよ」
私はアレルと同じ部屋で寝ているけど、ソフィネはタリアさんと同室だ。
ソフィネは両手にフルーツジュースの入ったコップを持っている。
「どうしたの? なにか用事?」
「あら、パーティメンバーに話しかけるのに用事が必要?」
言われてみればその通り。
「そんなことはないけど」
「ま、確かに2人っきりで話すのってめずらしいからね」
ソフィネとは1年以上ずっとパーティを組んできたけど。
どうも私と彼女には接点が少ない。
別に仲が悪いわけじゃない。
ただ、2人きりになるタイミングはあまりなかった。
あえていうなら、クラリエ王女を連れていったダンジョンで、転移の罠を踏んだときだけど。
……あれは緊急事態だったし、そもそも王女が一緒だったわけで、やっぱり2人っきりじゃない。
「あなたのそばにはいつもアレルがいるしね」
「そういうソフィネのそばにも、いつもライトがいるわ」
「あら、ライトはアレルと一緒のことも多いと思うけど?」
「そうかもね。でも、いずれにしても、2人でこうやって話すのって……」
「あんまりなかったわね」
ソフィネがテーブルにフルーツジュースを置く。
「どうぞ」
「ありがとう」
私たちはフルーツジュースを一口。
このあたりのジュースは、エンパレのそれとちがって少し甘みが強い。
美味しいとも思うし、しつこいとも思う。
口の中が潤った後、あらためてソフィネが言う。
「ま、用事ってほどじゃないけど、ちょっと確認したいなって」
「何かしら?」
「今後の私たちのリーダーについて」
ああ、それか。
確かにね。
ソフィネは続ける。
「冒険者のパーティにはリーダーが必要よ。エンパレからそれをつとめてきたのはショート」
「そうね」
「でも、今はショートがいない」
「ええ」
「なら、私たちは新しいリーダーを決めなくちゃいけない」
その通りだ。
別に一番偉いのは誰かという話じゃない。
行動指針を決めるのは誰かという話だ。
まず、ソフィネが現状確認。
「今はタリアさんが決めているわよね」
「それはブラネルド王都につくまでのことよ」
「ええ、そうね」
ブラネルド王都まではタリアさんが導いてくれている。
でも彼女は私たちのリーダーってわけじゃない。
むしろ、依頼人――あるいは依頼人の代理だ。
「そのあと、私たちは誰をリーダーにすべきか」
私、アレル、ライト、ソフィネの4人パーティ。
リーダーにすべきは4人のうち誰か。
私は答える。
「決まっているでしょ。私たちは勇者のパーティよ。ならば、リーダーは勇者であるべき」
当たり前のことだ。
ショート様がリーダーをしていたのだって、あくまでも勇者の代理にすぎない。
勇者が育てば、リーダーはどのみち勇者が担うべきだった。
ショート様は、いつかはミノルと同じくニホンに帰るのだから。
少しだけ、ショート様との別れは早くなったけど。
小首をかしげてソフィネが言う。
「あなたがリーダーになると?」
私は苦笑する。
「ソフィネ、それ分かっていてとぼけているわよね?」
私はリーダータイプじゃない。
「リーダーは魔法使いより戦士がふさわしいわ」
私は再び窓の下に目を向けて続ける。
「でも、ライトは勇者じゃない。そうなると……」
ソフィネがうなずく。最初から彼女も同じように考えていたのだろう。
「アレルね?」
「ええ、当然でしょう?」
「昼間の話し合いで混乱しまくっていたみたいだけど?」
「それでも、リーダーはアレルよ。他にありえない」
確かにアレルはお子様だ。
昼間話し合った後、あらためて色々と相関図までつかって教え込んだが、それでもブラネルド王族について理解したかどうか。
「もちろん、アレルはああだからね。細かいことは分からないだろうし、色々と不足もある。
だから、アレルが本当にやりたいことを決めて、具体的にどうするかを考えるのが私の役目。もちろん、アレルが間違えていたら止めるのも私の役目」
アレルは魔族と戦争したくないと言った。
私もそれに賛成だ。
だから、そのために私は全力を尽くす。
細かい手段は私が決めて、アレルを導く。
でも、根本的な大きな方針を決めるのはアレルだ。
「フロルのしようとしていることは、リーダーよりもずっと大変な役割よ?」
「そうかもね、でもずっとそうしてきたから」
「そっか……。なら、私は大変な役割を担うあなたを助けるわ」
「え?」
「アレルのことは、ライトが助けるでしょ。だから、フロルのことは私が助けるって言っているの。
ま、あなたに比べれば私はそこまで頭脳明晰ってわけじゃないけどね」
ソフィネも窓からアレル達を見下ろす。
「それでも、あの剣術バカ3人よりはマシのつもりよ。私やライトにできるのはたいしたことじゃない。それでも、仲間としてあなたとアレルの負担のほんのちょっとでも軽くしてあげたいから」
まったく、この人は。
「私に負担がかかっているように見える?」
「ええ、だってさ……」
そこでソフィネは少しだけ言葉を句切る。
「……ずっと泣きたいのに我慢しているでしょう?」
「私が泣きたい? そんなわけ……」
『……ないじゃない!』と言おうとした私を、ソフィネがスッとハグした。
「ちょっと、ソフィネ!?」
「泣きたくて当然よ。ゴボダラさん、マーリャさんに続いて、ショートも。大切な親がみんないなくなって。6歳の女の子が泣きたくないわけがないじゃない」
そんなことっ!!
そんなこと……ない……と思ったけど。
でも……
ソフィネの優しい胸の中で、私の瞳からひとしずくの涙が落ちる。
「ソフィネ、ごめん。今だけ、今だけだから……」
私はソフィネの胸の中でポロポロと泣く。
「私、ずっとつらかった。奴隷だった時も、冒険者になったときも、勇者っていわれたときも、ショート様に攻撃されたときも。ずっとずっとつらくて。
でも、アレルがいたから。私まで泣いたりしちゃいけないって思って。
私は勇者の頭脳担当。アレルが泣いたり怒ったりしても、私は冷静じゃなくちゃいけない。涙しているアレルを叱咤するのが私の役目だから。
でも、でも……」
私だって泣きたい。
わんわん泣きたい。
そう思ったことは何度もあって。
でも、泣いちゃダメだって自分に言い聞かせて。
今、堰を切ったように私は涙をこぼし続けていた。
泣いて泣いて泣いて。
恥ずかしいほどに泣いて。
ソフィネは何も言わずにそれを受け入れてくれた。
ああそうか。
『理屈じゃなくて心で通じ合う』ってこういうことなのかな。
涙が涸れきったとき、ソフィネが言った。
「スッキリした?」
「ええ、ごめんなさい」
「謝ることないわ。私たちは仲間だし、友達なんだから」
「仲間で友達……」
「だから、口に出すべきは謝罪じゃないでしょ?」
え?
じゃあ、他に何を?
考えても分からない私に、ソフィネが言う。
「こういうときは、笑って『ありがとう』よ」
あ、そうか。
そうよね。
私は涙で濡れたままの顔でにっこり笑う。
「ありがとう、ソフィネ」
「どういたしまして」
ブラネルド王国初の夜は、ゆっくりとふけていった。
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