━━━━━━
聖獣判断の進化が行われようとしています。
許可をしますか?
━━━━━━
視界に映ったウィンドウを咄嗟に叩きつけた瞬間、光が視界を焼く。
頭上に現れた影が背中に滑り込み、そしてその場から勢いよく離脱していく。
もふりと全身を包み込む感触に、あたたかい体温。本当に血が通っていると錯覚してしまいそうなほどの、その背中。
「あ、かつき……?」
「クオオオオオォォォォォ!」
バサリと空気を掴む力強い緋色の翼。
アルビノのように真っ白な羽毛に全身に刻まれた緋色の隈取り。
私が寝そべってちょうどいいくらいの全身に、白から緋色へとグラデーションしていく長い尾。頭には額のところからか、太陽の紋様を表すように広がる緋色の羽毛。そしてどこか凛々しい顔立ち。
そこには、空を飛ぶ美しい鳥がいた。
かつて見た鳳凰よりももしかしたら綺麗かもしれないなんて、親バカもいいところな感想を抱きながら涙を拭い、その首に抱きつく。
「クルォォォォラ!」
遙か彼方から朝日が昇ってくるのが見えて、滝が完全に浄化されていく景色が眼下に広がる。清らかな水が毒を追い出し、水が変化すると同時に枯れていた草花が徐々に起き上がり、元気になっていく。神聖な雰囲気を取り戻すように。そこがかつて神域だったことを表すように。柔らかくて暖かい風が頬を撫でていく。
最後の技を放ち、硬直していたミズチの全身に刻まれていた青い隈取りが薄れて、その瞳が穏やかな水色に変化する。浄化されていき、太陽の光をきらきらと浴びながらその瞳を閉じる。
もう大丈夫。
そう思わせる雰囲気が、そこにあった。
━━━━━━
*ワールドアナウンス*
【王蛇の水源】ボスの完全浄化がはじめて達成されました!
プレイヤー名: ケイカに称号と祝福が与えられます!
━━━━━━
視界の端に映るリザルト画面と、ゲーム世界全体に送られるワールドアナウンス。
視界いっぱいに広がる【称号・慈愛を胸に抱くもの】という文字と、スキルの一覧に加えられる【青龍の加護】という文字。
今まで報告があったのは『初浄化達成』だけらしいから、『完全浄化』は本当に、本当に初めてだ。
「やった……」
思わず呟く。
「やったぁぁぁぁぁ!」
隠し要素を初めて発見・攻略したプレイヤーとして私は讃えられたというわけだ!
「アカツキぃぃぃぃ! だいしゅきぃぃぃぃぃ!」
アカツキの首に抱きついてもふもふしながら叫ぶ。今この場は誰も見ていないわけだしこれくらい……あ。
「……こほん、そうだコメントコメント。大変お見苦しいところをお見せしました」
生配信中でしたね。視線を泳がせながらコメントを視界内に表示すれば祝福の言葉が多数。この攻略方法をまとめに載せに行くという言葉がわずかに。「いいですよー」と許可を出して笑う。
そう、私はこの『はじめての完全浄化』を生配信中に達成したのだ。これは誇っていいと思う!
まあ、こうして生放送で手口を広めてしまったので、他の場所でも隠された攻略法を探す人が現れるだろうな。でも、この『王蛇の水源』に関しては! 私が一番だ!
そして視界の端に映る「毒は?」という言葉に慌ててステータスを確認する。危ない危ない……? あ、じわじわ減っていっていた体力が減らなくなっている。どうやらクリアしたから止まったらしい……? 親切仕様で助かった。これで勝利に喜びながら死に戻りするとか格好悪すぎる。
すっかり日が昇った滝壺フィールドで、アカツキに指示をして地面に降りていく。オボロもいつのまにか滝壺の入り口からダメージを受けつつも下に降りてきている。私の無事を喜んで、そしてわずかなアカツキへの嫉妬のようなものを滲ませた表情でわうわう吠えていた。
うんうんそうだね。次はオボロもだね〜。
アカツキの背から降りてよくよく観察してみる。うーん、ニワトリというより、もう猛禽に近い……? いや、でも顔立ちがしゅっとしているからもっとこう、身近な……。
ステータス確認ついでに種族名を確認して、驚愕した。
━━━━━━
名前: 【アカツキ】
種族: 【緋翼の】聖獣ソル・クローラ
属性: 晴・太陽
レベル: 18
体力: 185
SP: 155
━━━━━━
ぞ、ぞ、属性に太陽がついてる!?
クローラってなに? クローラ……クローラ……あ、もしかしてカラス? クロウにラ? なになにカラスってそんな呼び方あったっけ?
うわ、レベルまで18になってる……体力とSPも結構上がったなあ。
正直なところ、全部避ければOKだろと脳筋思考になっていたので、ステータスを全く気にしていなかった。反省反省。
それよりも目の前に首を垂れている蛇さんだ。
すっかり穏やかに変化し、聖獣へと姿を変えたミズチを見上げる。
「えっと、これは……どうなるんだろう?」
━━━━━━
聖獣ミズチはあなたに力を貸したいようです。
引き受けますか?
━━━━━━
そんなの、決まっている!
「はい、よろしくお願いします!」
手を差し出せば、ミズチの額から水色の透き通った美しい宝玉が転がり落ちた。その途端にミズチが太陽の光の中、光って徐々に縮みはじめた。
え!?
「しゅるるるるぅ」
数秒して残ったのは、私の腕くらいのサイズしかない小さな小さな蛇さんだった。あ、なるほど。進化前からやり直す必要があるんだね……。確か掲示板によると【清濁】のアクア・サーペントになるんだっけ?
そう思って腕に巻きついてくる元ミズチをよしよししながらステータス画面を開く。
「え」
本日何度目かの驚きが私を襲う。
元ミズチちゃんの種族名はこうだ。
━━━━━━
名前: 【 】
種族: 【清らかなる】ルナ・アクア・サーペント
属性: 雨・月
レベル: 1
体力: 100
S P: 110
ステータス:
力: 5 防御: 10 敏捷: 5 器用: 10 霊力: 50 幸運: 20
ステータスポイント: 10
状態: 健康
感受性: 10
信頼度: 10
忠誠度:10
信仰度: 0
スキル
【青龍の加護Lv1】【アクア・ボールLv1】【アクア・ブラストLv1】【ピット器官Lv1】
━━━━━━
これはまた偏ったステータス……ってそうじゃなくて! 二つ名が【清濁】じゃない!? 名前も違う!? しかも月属性だぞこの子!?
確か普通のアクア・サーペントは雨属性のみだって話だ……、これは完全浄化のせいか? しかも加護まで入ってる……。
これ生放送してたらまずかったのでは……?
いや、でも、うーん。まあ攻略法が出回るのは別にいいだろう。低確率で先にスカウトしていた人達には悪いけれど。明らかにこの子はレアだ。もしかしたら完全浄化すれば手に入る確定報酬かもしれないが……そこまで検証するのはちょっとね。
「え、えっと、こんな感じでした! バタバタしていてごめんなさい! 私も少し混乱していてですね? ここらへんでまた配信は切りますね! ご視聴ありがとうございました〜!」
配信を切ってから溜め息を吐く。
しかしこれ、絶対これで終わりじゃないでしょう?
だって、あの毒入り水差しの謎がまだ解けてないからね。
運営が用意したギミックといえば確かにそうなのだけれど……こういうゲームである以上、なにか理由があってしかるべきだ。
【獣退散】のお札。ミズチを対処しなければ手に入らない清水に、高騰する金額。独占して清水を売り捌くたった一人の行商NPC。
これら全てを総合して推理すれば――。
「唯一清水を取り扱っている行商が怪しい……ですね?」
━━━━━━
ストーリーミッションが発生しました。
【水源汚染の謎を追え!】を進行しますか?
━━━━━━
もちろんだとも!
そしてまずは、街に戻ることにしたのだった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!