始まりの街アルカンシエルから東の更に東の位置に森が存在している。
瑞々しい木々に気持ちの良い木漏れ日、そして地面には草花の絨毯が敷かれ、まさに始まりの一歩に相応しい明るさのある場所だ。
私達自身が始めたての初心者だからというのもあるが、こういう明るい雰囲気だとピクニックにでも来たような錯覚を覚えてしまう。
マップによると東の森は水源のある豊かな森で、食料となるものも豊富だが奥には水源を守る魔獣が住んでいるらしい。
この森の名前は『王蛇の水源』という。
まさに、という名前だ。奥にいるボスがどんな子なのか今からワクワクするね。でも今の目的はボスに挑むことではなく……。
「えーっと、食料はっと」
この世界では聖獣や神獣が絶対である。そんな世界で肉や魚の食べ物はどうしているのか? という疑問がまず初めに来るだろう。リアルでの動物にあたる生き物が全て神聖な生き物として共存しているのだ。菜食主義にでもなるしかないのかと思われるだろうが、そこはゲーム。
なんと、この神獣郷では樹木に食料が生る。
意味が分からない。ええ、私も意味が分からない。でも畑に骨付き肉が生るゲームもあったことだし、案外ゲーム世界ではありなのかもしれない。
ということで私は今、神獣郷オンラインが本格始動する前にテストプレイをしていた、ベータテスターのまとめた攻略情報からネタバレにならない程度に情報を読んで行動している。
私が今探しているのは、ひょろっと細長く、白い樹皮に赤や青、緑や紫などのいわゆる虹色と呼ばれる七色の葉がグラデーションするように生えた樹木だ。これを『ジェム・ツリー』と呼ぶらしい。
このジェム・ツリーという名前から分かるように、七色の葉の色に合わせて同じ枝に同じ色のダイアモンドカットされた宝石のような果物が生るということだ。この果物……『ジェム』を切ると中に食料やゴールドなどがランダムで詰まっているのだとか。福袋かな?
実際、このジェムガチャを使って料理に必要な食料を集めることがあるそうな。料理するためには食料が必要だが、その食料はこのジェム・ツリーのランダムガチャでしか手に入らない。それに、一つのツリーに生るジェムは七色×七つと虹色のレアなジェムの実だけ。ガチャにしても、一本の樹に対して五十回分しか回せないというのはなかなか辛い。食料の種類が膨大なだけに、余計に。
だから始まりの街『アルカンシエル』で料理に必要な素材を集めてくれ! ってクエストがあったら絶対に受けるなと注意喚起されているようなのだ。受けるなら必ず手持ちにあるものがクエストで指定されたときのみとの話である。いやあ、そんな初心者がはまりがちなド鬼畜クエストがあるなんて大変だなあ。攻略様々である。
「お、ジェム・ツリー発見です! 意外と派手派手な感じじゃなくて綺麗なんですねぇ……」
七色の葉っぱがその周辺だけ地面に落ちているのがとてもシュールだ。しかしどことなくメルヘンチックで綺麗。もっと派手で目に痛い毒々しい感じかと構えていたから本当に意外だった。
「さて、ガチャりますか」
幸い、一文無しだった故にアイテムボックスに入っているのはこの子達用のブラシと毛を濡らす霧吹きだけ。空きが四十八もあれば充分だろう。なんせ食料だけでなく中身はゴールドの場合もあるのだ。
「アカツキ、ごー!」
ジェムを落とすことができそうなのは僅かでも跳躍力のあるアカツキだ。オボロは待機と思って指示をする。
アカツキは私の腕を助走に使って跳躍。見事、高い位置にある枝へ着地することに成功した。そしてご機嫌でジェムをつついて落とそうとしたところに、突然ツリーが揺れたことでよろけてしまう。
「ウォン!」
オボロが勝手に走り出し、ツリーに体当たりして思い切り揺らしたからだ。あらら。
「ケェーッ! ケェーッ! ケェーッ!」
抗議するようにアカツキが鳴いて、オボロはどことなくしゅんとなってしまった。指示しなくてもこうして動くこともあるんだなあ。反省反省。そうだよね、オボロも手伝いたかったんだね。ごめんね。
「ごめんなさいオボロ、君も役に立ちたかったんですね。なら……そうだ、この羽織りを使いましょう。ここを咥えて広げてください」
手伝えないと思って落ち込んだオボロに声をかけ、自分の装備していた鳳凰印の初心者装備……そのうちの羽織りを私の腕とオボロの口で広げる。
「アカツキー! ここにジェム落としてください!」
「クーッ!」
そうして、三人で協力しながら全ての実を落とすのでした。
え、全部実を落とすのはマナー違反?
他の人もやっていますし、むしろ推奨されています。これ、どうやら採取ポイントとして他の人と見えているものが違うみたい。
私がここで全部取得したら、私がこれからゲーム内時間で二十四時間再取得できなくなるだけで、他の人には普通に採取ポイントがあるように見えています。一人につきゲーム内時間一日一回の再取得ポイントなのです。現実時間に直すと六時間に一度。一日につき四回分かな。
この採取ポイントは森の中に無数にあるらしいので、周回可能ってことだね。すぐお金持ちになれるらしいので、これから私もマラソンするつもりである。
ただし、この採取ポイントは課金すれば即行回復するので、マラソンせずに一本の木の前で課金して復活させながらガチャる手段も取れるようだ。さすがに私はそこまでできない。聖獣の服とかが課金要素で出ていたら即行でリアルマネーを使う自信があるけれど。
お昼も回って正午。
ジェムの中に入っていた食料を調理しない範囲で適度に加工したり、果物を生で食べたりしながら採取していく。
本格的に料理してステータスに補正をかけるバフ効果などをつけたい場合は、街で買う『調理セット』が必要だ。調理セットでスキル『調理』をつけてレベルをあげれば大幅にステータスの上がるバフ料理を作ることも可能になるんだとか。
……しかし、これだけやってまだ一本目か。このままジェム・ツリー・マラソンをすると森の中で夜を過ごすことになるかもしれない。
――そこはかとない不安を覚えつつ、私はジェムから取り出したバナナにかぶりつく。
あ、このほのぼの風景を撮影しておこう。
ピースピース! 表情死んでない? うちの子達の勇姿見えてる?
いえーい、笑顔でダブルピース!
これもアップしようっと。
そうして、私はさっきの動画が無事投稿されたことを確認し、次の動画のアップロードを開始するのであった。
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