宿屋でやる気表明をしてから数分後……。
「って、独占商人のお店が喫茶店になってるだなんて聞いてませんよぉ……」
私はものの見事に嘆いていた。
「あううううう……」
「くうん?」
「くー?」
「しゅぅ……」
道端で大袈裟に嘆く私を、小さくなったオボロが顔を覗き込んで頬をペロリと舐め、アカツキが首を傾げてシズクがため息を吐く。
道行くNPCの人々やプレイヤーたる共存者達は、そんな私を二度見しながらその店へと入っていった。
そう、その店はものすごく盛況だったのだ。それは清水独占販売だから、ではない。純粋にその店が元から人気だったから……である。
「うそぉ」
目の前にあるのは、柔らかな暖色と木のコントラストでできた可愛らしい乙女趣味の外観のお店。店内の様子がガラス窓によって観察できるほどであり、外の席まで人がいて聖獣達にカップケーキのようなものを食べさせている。
ほんわかした雰囲気に、さすがの私も絶句した。
てっきり独占販売なんて非道なことをしているのは陰気な男商人だと思っていたのだが。それなのに……。
「いらっしゃいませぇ〜! リリィのコテージ・フルールにようこそ!」
「よっ、リリィちゃん! 今日も可愛いね!」
「ありがとぉー! 今日のオススメはチョコチップケーキですわぁ。どうですかー?」
「この商売上手め! うちのネコタロウにやるから二つくれ!」
「はぁい、ただいま〜」
あんな噂を聞いていてどうして女の子だと分かろうか!?
独占販売の店を特定して何度も地図も確認したが、ここがその場所だ。さっき初めてきたときはスルーしそうになったし、二度見もした。それだけ信じられなかった。
いやね、確かに掲示板での噂とあの滝壺の状況だけで原因が陰気な男の人だと想像するのは、少々差別的かもしれない。うん、それは認める。イメージというやつがそう思わせていたのである。
しかしそこは悪役だしなにも可愛らしいご令嬢みたいな子じゃなくてもいいじゃない!? 罪を犯しているのは間違いないのにめちゃくちゃ追求しづらい! しかもこういう場合って、絶対なにか理由があるパターン!
「んあああ……どうしましょう……」
私に話しかける人はいない。まあ不審者全開だし仕方のないことだが、哀れな人を見る視線を寄越すのだけはやめて!
聖獣達に囲まれながら十分くらい悩みに悩み、そういえば時間がなかったのだと開き直る。時間がかかればかかるほど私がこのミッション達成の第一人者になれなくなる可能性が高まってしまう。できれば記念に一度くらいはそういうのやりたい! もうミズチでやったとかそういうのは言わないお約束です。
ミズチの対処と共に示されるミッションなので、これもセットでこなしてこそだ。
「ううん、きっと性格が悪いんですね。猫を被っているに違いありません」
私は意気揚々と店内に入って店頭まで行き……。
「いらっしゃいませぇ!」
店頭まで行き……。
「買っちゃった、買っちゃったよぉぉぉぉ!」
見事に散財していた。だって美味しそうだったんだもの……! みんな揃って美味しそうだったんだもの……!
うさぎの形をしたパンとかお菓子とかものすごく可愛くて、『みんなのスタジアム』略してみんスタにめちゃくちゃ映えそうなお菓子ばかりだった! くう、どうして神獣郷オンラインの中ではその手の投稿ツールがないの!?
めちゃくちゃスクショしてしまった……私の負けである。
「わふー」
「くう……はぐー……美味しい、悔しい……!」
おやつは非常に美味しくいただきました。ごちそうさまです。味が絶品すぎる……じゃなくって!
「ここのはず、なんですけどねぇ」
何度目か分からない地図との睨めっこをして考える。
あの子が黒幕……のはずだが、証拠を探さないことにはあの子を告発するだなんてとても無理だ。この様子だと絶対に店主であるリリィちゃんファンがいるし、そのパートナーらしきツノの生えたピンクウサギさんのファンもいそうだ。
ウサギさんはなんの種類だろうと観察してみても、店主のリリィちゃんが抱き抱えたり隠したりしながら「お触り禁止ですー。ごめんなさぁい」と言ってできなかった。NPCはガードが硬いな……。
しかし、かなり慕われているから下手に直球で行くと過激信者化したファンに刺されそうだ……ここPKできないけど。
少し引っかかりを覚えるとしたら……ウサギさんの瞳に僅かな疲れや悲壮……のようなものが見えたことくらいだけれど……。
「くー、くー」
「ん? どうしましたアカツキ」
アカツキが袴を引っ張るので、視線を地面に落とす。するとそこには、先ほどまで店主リリィと共にカウンターにいたはずのピンクのツノウサギさんがいた。
「えっと……どうしました? 私、なにか忘れ物でもしましたっけ?」
「……」
その瞳を覗き込めば、瞳の中に黄昏の空に薄らと浮かぶ弓形の月のようなものが見えて、違和感を覚えた。
何度か初期ウサギは見かけているが、こんな目の色だったろうか? それとも別種? オレンジの黄昏に沈み込むような桃色の三日月。
そこに現れる意識は『焦り』のようなもの。
「もしかして、ついて来いってことです?」
私の興味が向いたことに気がついたらしいウサギさんが、背を向けてぴょんこぴょんこと跳ねていく。ときおり振り返るので、間違いはないだろう。
「リリィちゃんショックで忘れていましたが、店主が表にいるならバックヤードに誰かいないか『ピット器官』で確認して忍び込むのも……確かにありですね」
むしろ元はそっちのつもりだった。恐るべきリリィちゃんショック。
「はいはい、今行きますよ」
じっとこちらを見つめるウサギのつぶらな瞳について歩くと、道行く人達がいろんな話をしているのが聞こえてくる。
「なあ、知ってるか?魔獣は魔獣でも理性のあるなしの度合いがあるんだってさ」
「へえ、スカウトに影響あったりする?」
「そうそう、理性がしっかりしている魔獣はスカウトしやすいんだって。ほら、草原のグレイウルフのリーダーとかいるだろ?ああいう、統率してるタイプは理性が残っているから、逆にスカウトしやすいとか」
「じゃあ、ボスとかになってる魔獣はスカウトしにくいし、つまりスカウトの声が届かないくらい理性が振り切れて暴走してるってことか」
「そうらしい」
へえ、なんて関心を持ちつつも喧騒の中を僅かに進み、私達は角を曲がっていく。そうして、私達は店の裏側へと通じているだろう細道に入り込んだのだった。
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