鳥居を潜る。
あれから十回以上はミズチ相手に突貫したのだけれど、そのどれもが普通の『撃退』に終わった。一度の撃退に必要なのが二十分。その時間実に三時間以上。回復アイテムを使い、休憩に野営キャンプを始め、夜も更けていく。もはや深夜テンションもいいところだ。
ちなみにスカウトは一度も成功していない。
どんだけ低確率だよキレるぞ。
滝壺ブートキャンプを開始し、目にクマを作りながら対策を練る。
なにかが違う。なにかが違うのだ。何度か動画を撮りながら撃退しているので、それを見ながら深夜……いや、もうゲーム内時間で四時なので早朝か。
何回かアラートが鳴って現実でご飯を食べたりトイレ行ったり調べたりしているが、どうにもやめどきが見つからない。必ず今回で完全攻略してやるよという心待ちである。
せめてミズチと同じレベル20になる前には攻略を完了したい……。
オボロ達を寝かせて何度も何度も何度も自身の撃退動画を見ながら考察に考察を重ねて、そして思いついたことがあった。
なので、今度は配信も一緒にやることにする。自身も無理矢理起きていようとして寝落ちしていたオボロを起こし、私に合わせて頑なに眠らなかったアカツキの羽毛を撫でる。
配信するのは、自分自身を追い詰めるために、赤の他人に見ていてもらおうという思惑だ。それに、上手くいけば今回で完全クリアが成るかもしれない。
ゲーム内時間での早朝ではあるが、視界の端にまばらに集まってくる視聴者の姿が見える。
しかし、さすがにコメントまで見ていたら集中できないので、コメントの表示はオフに。
「ちょっと、自分だけだと挫けそうなので応援していてくださると嬉しいです。今、私は王蛇の滝壺に挑むところですね。スカウトにさっぱり成功しなくてちょっと疲れてますが、どうぞ見て行ってください。コメントはあとで確認させていただきますね」
配信を見てくれている人に言い放ち、まずはと舞を踊る。
滝壺の前で粛々と行われるそれは、神様に巫女が舞を納めている様子に似ているかもしれない。実際には、滝壺の中にいる子に捧げているわけではなく、『私の神様達』に向けて行っているものだけれど。
「アカツキ、オボロ、行きましょう」
攻撃力の上がっている証拠に、緋色のオーラが宿った二匹と凛とした雰囲気を作ってから滝壺に近づいた。
どこまで近づけば現れるかは分かっている。これまで十数回は繰り返したことだ。その限界点に足を踏み入れると、途端に沼と化した滝壺の中から現れる王蛇ミズチ。
そして私を捕捉した暗い瞳が、鈍く光った。
固定砲台よろしく発射される水球。濁った瞳はこちらを一点に見つめ続け、その間にアカツキが尻尾を駆け上がって攻撃を加えていく。そこは変わらない。弱らせるに越したことはないのだから。
今までの戦いを振り返ってみて、調査して、動画まで見て、ようやく気づいたことがあった。
まず、掲示板でミズチについて調べているときに『ミズチが悲しんでいる気がする』という情報がどこにもなかったこと。いろんなところを覗いてみたが、あったのはせいぜい『人間を恨んだ瞳をしている』といった情報くらいだ。なのに私は毎回『悲しんでいるんだなあ』という感想を抱く。
他のプレイヤーと違う部分があるとするなら、それは私に【魔獣言語】のスキルがあるからとしか言いようがない。どうやら【聖獣言語】を取っている人も、レベル1ではなんとなくの気持ちしか読み取れないらしい。
つまり、あの『悲しんでいる』という情報は【魔獣言語】があるからこそのものなのだろう。
そして、違和感があったのはミズチの周辺にある飛び石の配置。
これはミズチを取り囲むような位置にあるが、滝壺のこちら側から滝そのものに近づくための飛び石もあることが確認できていた。水辺から直線に続く飛び石と、ミズチを取り囲む飛び石。直線の途中に円状に設置されている形だ。
それから、ミズチを撃退した際の挙動。これは動画で撮っていたからこそ気づいたことだったのだが、ミズチは出現するときこそ滝壺の中から体を起こしてくるが、倒れるときは滝の中に倒れ込んで行くようだということ。出現方法と退場方法が違うのには意味があるんじゃないかという推測である。
最後に、ミズチの発射する水球は毒ではないということ。
ここまで揃い、私は『とある予測』を立てていた。
けれど、あとひと押し証拠が足りない。
予測を確信に変えるために、確認したいことがあった。
そのために今度は私とオボロがミズチの体を登る必要がある。
「今! オボロ、駆け上がって!」
「ガウッ!」
暴れるミズチの体を駆け上がり、頭の上へ。そしてオボロの【ウルファング】がミズチのヒレに決まる!
そして同時に見えた。
――滝の上の、更に上から流れてくる水は毒ではない。
滝がいくつか続いている。滝の下に、滝。私達が戦っているフィールドの上にも滝壺があり、更にその上に滝がある特殊な地形だ。しかし、その水が毒々しくなっているのはこの『一番下の滝だけ』だ。
自然と口角が上がる。
「見つけた」
思わず口から出ていた言葉に続けて叫んだ。
「分かりましたよ! 君が悲しんでいる理由!」
このミズチは、己の住まう場所が汚されているから怒り、悲しんでいる。
その原因がきっと、この上にあるはずだ!
しかし、このままでは空を飛べる聖獣でもいない限りあそこに辿り着くことはできないだろう。そんなゲームバランスはありえない。ならば、どこかに地上から滝壺の上へと向かう道があるはずで――。
「シャーッ!」
「わっ!?」
「ギャンッ!」
「オボロ!」
頭を大きく振られてバランスを崩し、そのうえ背後からミズチの尻尾が急襲した。
「ケェーッ!?」
地面で尻尾に乗るタイミングを見計らっていたアカツキが、ダメージを受けて投げ出される私達を見て悲鳴をあげる。
「シュルルルル」
目の前で、ミズチの頬が膨れ上がるのを見た。
「お、オボロ!」
咄嗟に、私の下にいたオボロを両手で突き放す。
「キャウンッ!」
急速に地面へ投げ出されるオボロ。しかし、ミズチの狙いは私だ。水流が直撃するより、地面落下のほうがダメージは多分少ない。
大丈夫、尻尾のダメージを受けたオボロじゃなく、今無傷の私ならさすがに一撃で体力が削られきることはないだろう。
この子達が戦闘不能になっても回復はしてあげられる。でもそんな場面、見たくない。だから庇った。だからオボロを突き放した。
衝撃が襲う。
水流でびしょびしょになりながら地面に叩きつけられ、バウンドした先にオボロのもふもふに埋もれた。
「きゅーん、きゅうううん……」
「くー! くー!」
二匹の心配する声に「ごめんなさい」と声をかけてその背中を撫でる。
ダメージは七割ほど。次食らったら死に戻りだ。
「でも、光明は見えましたよ」
ストーリーはこうだ。
滝壺の上に、この場が毒に侵されている原因がある。それにミズチが怒り、悲しみ、マイナスの感情で魔獣に姿を変えた。そして、原因が片付けられずに今がある。
ならば、その原因をどうにかすればミズチは魔獣である必要がなくなるということだ。これこそが完全なる和解。平和的な『戦う必要のない』解決方法なのだろう。
滝壺の上に行くためには、空を飛んでいる聖獣でも必要に思うかもしれない。
けれど、それだとあまりにも不公平だ。初期聖獣は選べない。これまでのフィールドに人を乗せて飛べるほどの魔獣もいなかった。初期ニワトリのアカツキだって、まだ空を飛べないんだ。もう少しで到達するだろうレベル20の二段階目の進化なら、あるいは飛べるようになるのかもしれないが、ここの推奨レベルは20よりも低い。
つまり、本来は低レベル帯でも攻略法が存在するということ。
疑問に思っていたミズチの退場の仕方、そして飛び石の位置を考えれば……答えは導き出せる。
全てを合わせて考えればいい。上から向かえないならば、地上のどこかから向かえる場所があるのだ。
しかし、それにも少し覚悟が必要となる。
だって。
「アカツキ、ミズチを攻撃して引き付けていてください。オボロ――滝の中に突っ込みますよ」
毒を受ける覚悟で、本当にそこに道があるかどうかも分からない滝の中に突っ込む。その必要があるのだから。
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