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ストーリーミッションが発生しました。
【水源汚染の謎を追え!】を進行しますか?
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町まで戻ってきて、ようやく私は宿を取ることに成功した!
その前にオボロ専用のブラシを三種類くらい買って、やはりお金はギリギリになったがなんとか一日で野営生活を終えることができた。こちらの時間は現実の四倍くらいなので、あちらでは六時間が経っていることとなる。
一応ちょくちょくログアウトして体を動かしてストレッチしたり、飲み物飲んだりしてきているが、ひとまず今回はストーリーミッション達成まで行ってしまいたい!
私が放置していたら誰かに初ミッション達成を取られてしまいそうだからね!
「シズク〜、お湯加減はどうかな?」
「しゅるるるるぅ……」
私達と言えば、宿屋の一室で三十分ほど休憩を取っている最中である。それくらいならば、ミズチ攻略勢があのあと向かったとしてもミッション達成を先越されることはないだろう……ないよね?
ルナ・アクア・サーペントはメスだったので名前を【シズク】にし、今は宿で借りたタライのようなものの底に人肌程度のお湯を溜めて水浴びさせているところである。気持ちよさそうに喉を鳴らして伸び伸びとお湯の中に沈んでいる。交流は大事。
この子は町に戻る前、腕にでも巻きついていてもらおうと思っていたが、そのままするすると私の首まで登ってきてマフラーのように巻きつくとそこで落ち着いた。ここを定位置にしたみたいだね。
アカツキ、オボロはサイズが大きいのだが、共存者が全員保有しているらしい大事な所持品『ペット化アクセサリー』を使うことによって、通常の犬やニワトリサイズまで縮んでもらっている。
聖獣の負担にならない、町の神獣自らが魔法をかけたアクセサリーなのだとか。まあそういう設定だってことなのだが、そうだよね。大きくなったら宿屋に一緒に入れないし。
これはステータス画面から使う道具なのでアイテムボックスの枠は圧迫しない仕様だ。ベータ時代に一枠占領していて苦情があったらしい。
「さてと、この間にサボっていたスキル取得をしちゃいましょうか」
ストーリーミッションを実行するにあたって、まずは準備をしないとね。
レベルが上がったことで本来はレベル相応のスキルを取得できるのだが……私は今までそれを少し見送ってきていた。なぜか。スキルはいくらでも取得できるが、使用したい場合はステータスにわざわざセットしなければならないからだ。ようするになにをつけていいのか悩みたいので見送っていた。
それにミズチ相手なら今のままで充分だと判断していたこともある。
一人、あるいは一匹の聖獣がスキルセットできる枠の限界は十個まで。
これだけあれば十分に思えるだろうが、パッシブスキルや生産スキル、加護系でもひとつを埋めてしまうので、よほど特化型にでもしない限り尖った性能にはならない。
スキルの入れ替え自体はできるので、咄嗟の戦いさえなければスキルのセット登録を済ませといて都度そのときに見合ったセットスキルと入れ替えることができるというわけだ。
発売直後に始めた人達は既にレベル40付近まで到達しているという話だが、発売後わりとすぐに始めたはずの私が18なので、攻略・検証勢の行動がどれだけ早いか……分かるというものだろう。
さて、今回は必ず取っておきたいスキルがある。それはシズクのスキル『ピット器官』に関係するものだ。
「しゅー?」
「よーしよしよし、シズクは可愛いね〜」
「るるるるぅ」
気持ちよさそうな声をあげながら、シズクがまぶたを閉じるように目を細める。本来ヘビにまぶたはないが、そこはゲーム特有の表現だろうか。
「レベル5ずつにひとつ……今18なので、3つスキル取得できますね」
レベルで覚えることができるのは比較的初級者向けのスキルだ。それでも量が多すぎてどうなってんのと混乱するが。あとは、仲間にしている聖獣によって解放されるスキルもあるらしく……私が今から手に入れようとしているものも、そのひとつ。シズクがいるからこそのスキルだ。
シズクのスキル『ピット器官』
ピット器官というのは、ヘビが持つ器官の名称である。調べたところ、目と鼻の間辺りにある窪みがそうなのだとか……。
「しゅ?」
「ここ?」
「るー」
「ここかあ」
可愛らしくお返事してくれるシズクに対してにへらーと思わず頬が緩み、ひんやりとした頭を撫でる。ときおりお湯の入ったタライから隣のタオルだけ入ったタライに移動して体を温めすぎないように調整しながら楽しんでいる。この行動が変温動物って感じがしてリアルに近く、感動さえ覚える。
とにかく、ピット器官というのがヘビには備わっていて、それがスキルとなっていることが重要だ。要するに赤外線……人間で表すと、暗い中でも体温を視認して生物がそこにいるかどうか分かるようになる代物だ。
「くんくんくん」
「はいはい、オボロもねー」
「クックー!」
「アカツキも水浴びします? ちょっと待ってください。タライもう一つくらい借りて……」
「しゅるるる」
「え、シズクちゃんもういいんですか? 遠慮しなくていいんですよ?」
「しゅるるるるぅ」
「クウ?」
「るぅ」
「お、大人ですねぇ……」
タライからどいたシズクにアカツキが首を傾げて見つめ、シズクがうなずく。そんなやりとりの末にこの賢いヘビさんは先輩のアカツキへとタライを譲った。自分は充分に楽しんだからーと言いたげな雰囲気。この後輩……できる!
「それじゃあ、私は確実に必要と思われる『感覚共有』のスキルだけ取っておきますよ」
「るー?」
「自分のためにスキル枠潰していいのかですか? いいんですよ、これから必要になりますし」
「る!?」
「え、言葉は分かってませんよ? なんとなくです」
なんで言いたいことが分かったの!? と言わんばかりなシズクを柔らかいタオルで拭いてあげながらスキルを取得する。
この『感覚共有』は仲間に『人間にない特殊な感覚をスキルとして持っている聖獣』がいる場合にのみ取得可能になるスキルである。
要するに、これを使えば『ピット器官』で見えるサーモグラフィーじみた世界を私も見られるようになるということだ。しかもこの『ピット器官』のスキルは遮蔽物のひとつ、ふたつならば透過して見ることができるものだ。
それを私も見ることが可能になる。
……ということはだ、このイベントを進めるに当たってスニーキングミッションをしやすい視界になるわけである。盗み聞きとかはできないが、なにか違法なことをしているだろう『清水』独占販売の商人の住処へ侵入する際、これがきっと役に立つはずだ。
ミズチ攻略報酬の一部にあの『獣退散』の札も一枚手に入っているので、商人の住処にあれがあるか、もしくは毒を出す生物や水差しなどがあれば証拠を揃えて捕まえることもできるだろう。
あと不明なのは攻略報酬で手に入ったアクアビットという青色の結晶だが……これは聖獣に特別なスキルを覚えさせることのできるレアドロップのようなので、ミッション終了までは保留で。
私自身、あと二つスキルを取れるがそれも保留で。聖獣言語はほしいが、Lv1で分かるのがなんとなくの感情じゃなあ……今でもわりと通じている気がしないでもないし、もう少し詳しく分かるなら考えたけれども。
「よし、みなさん整えられましたね」
片翼を挙げて凛々しく鳴くアカツキに、私の膝にごろごろと擦り寄って感謝の念を示してくるオボロ。それにふわふわタオルですっかり水気を拭き取られてから私の腕を登ってくるシズクのひやつんとした鱗の感触。
それぞれが喜んでくれてなによりだね。
「そろそろ三十分ですね。行きましょうか。えい、えい、おー!」
私は片腕を、アカツキは翼を、オボロは片足を挙げてお手の状態で、そして肩の上からシズクの尻尾が手の甲の上に重ね合わされて掛け声をあげる!
さあ、悪徳商人をしょっ引いてやるのだ!
私達はこうして、独占販売をしている商人の元へ向かうのだった。
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