「な、んで」
――リリィの前に守るように立ち塞がるウサギの『こっとん』の姿が、そこにあった。
「やはり、そうですか」
へなへなと力なく腰を抜かしたリリィの目の前で、やはり私に向けて威嚇しながらたしたしと後ろ足で床を叩くウサギの魔獣の姿。
少しだけ引け腰になりながら、けれど懸命に耳をピンと立ててこちらを睨む。
その瞳からは、『たとえ嫌われていようと、絶対に守る』という意思が垣間見えた。
「どうしてよぉ、こっとん……」
お化粧をぐちゃぐちゃにしながら、御令嬢がみっともなく泣いている。その前で警戒したまま動かないウサギ。
この様子では、まるで私が悪役みたいじゃないか。
「魔獣に堕ちてなお、理性がしっかり残っていることがずっと疑問でした。ウサギの聖獣は感情の起伏が激しく、進化の行き先によってはバーサークするような性格になるとも言いますし、冷静さを欠きやすいらしいですが……この子はそんなことはないようです」
えぐえぐと泣きながら、こっとんに手を伸ばし、けれど『嫌い』と言った手前か躊躇うリリィ。本当は抱きしめたいだろうに、きっとこの子は不器用すぎたのだ。
そして、少々素直すぎた。
「知的で、怯えながらも行動ができる……きっと、パートナーに似たんでしょう」
膝に手をかけ、中腰になってにこりと笑顔を向ける。
リリィはますます泣き出してしまい、ちょっと困った。
「本当に臆病なだけの人は、人前に出てお店の切り盛りなんてできませんよ。あなたのやったことは、確かに犯罪です。許されることではありません」
ミズチの滝壺を汚した罪はある。
それは確かなので通報は不可避だ。
「けどね、あなたの売っているお菓子からは、どれもこれも『こっとん』ちゃんへの愛が溢れてました。どれだけ口で否定しようと、あなたはこの子が好きで、この子もそれを知っていてあなたを慕っている」
とうとうリリィが手を伸ばしていることに気がついた『こっとん』が、彼女の手にすり寄っていく。
「たとえたくさんの悲しみで魔獣になってしまっても、あなたのことを、それでも見失わなかった。とっても意志の強い……素敵なパートナーですよ」
「こっとん……っ、ごめ、ごめんなさい……! ごめんなさぁい……! わ、わた、わたし……、ひどいこといって……ふぅ、う、うう……」
彼女は両手でこっとんの体を抱き上げ、そのままぎゅううっと抱きしめる。
私は彼女の目の前で膝をついて、正面からその背中をさすった。小刻みに震えながら、謝罪の言葉と涙を流し続ける彼女が落ち着くのを待つ。
気がつけば、オボロが彼女の背中に回って横になり、尻尾を使って巻きつけるように覆う。
アカツキも正面から近づいて首を傾げながら彼女の肩……をぽんぽんしようとしてお腹のあたりをわさわさしてるだけになっている。
シズクは尻尾でリリィの前髪を払って、その頭をぽすんと撫でた。
「一人で自首、できますか?」
「……でき、ますぅ…………」
ちょっと酷なことを聞いたかもしれない。けれど、罪は罪。どれだけ同情できる部分があっても、それを認めて進まなければならない。
「あのあの」
「はい、なんでしょう?」
ぐしぐしと流れ続ける涙と、泣いているせいで揺れる声に詰まりながらだが、リリィがこちらを見る。
そこにいたのは、ただの弱虫お嬢様で――。
「わたし、罪を償ったら、きっとケイカさんにお礼を言いに来ます。きっと、きっと。だから、だから……待っていて、くれますか?」
縋るような深い青の瞳。
断れるわけが、ないんだよね。
「待ってますよ。きっと」
「ありがとう……約束、してくださいますか?」
「もちろん」
笑い合って小指を立てる。
よかった、このゲームの中でも『ゆびきりげんまん』は通じるみたいだ。
「ゆーびきーりげーんまーん……」
二人で声を合わせながら。
私達の声に合わせて聖獣達がゆらゆらと揺れながら。
「ゆーびきった」
約束が交わされる。
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リリィは自ら通報し、罪を償うことを決めたようだ。
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表示に目を通して、そっかと微笑む。
そして、その表示が目に入った次の瞬間、それが起こった。
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*ワールドアナウンス
おめでとうございます!
ストーリーミッション【水質汚染の謎を追え!】がはじめて完全クリアされました!
プレイヤー名: ケイカに【優愛の和解者】の称号が与えられます!
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*ワールドアナウンス
ワールドストーリーに【うさぎの御令嬢・完全和解】が加えられます。ストーリークリア者以外の解禁は手順に沿ってのみ行われます。
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いくつかのワールドアナウンスが鳴り響き、リリィが手を振りながらその場から消えていく。
心臓に悪い。こういうところはゲームなんだからもう……。
ほっとひと息ついて、私はメニューを呼び出した。
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