ごうごうと流れてくる滝の水は上のほうから既に紫色で、源泉から既に毒に侵されているのだと判断する。
そしてミズチは毒沼の中央に陣取り、その首を威風堂々と高く持ち上げ、威嚇の声を上げた。あれと戦うためには毒沼の中に入らなければ距離が届かない。一応飛び石のようなものがあるものの、それの範囲もひどく狭く地上を駆るタイプのオボロでも飛び石を使って攻撃をするのは難しい。
「シャーッ!」
「オボロ、アカツキ、避けますよ!」
ミズチの頬が大きく膨らみ、その口から水の塊が発射される。号令をかけて横っ飛びに避ける前にいた場所を水の塊が抉って地面が捲れ上がった。
だいぶヤバくない? 水圧だけでそうなるってどうなの。レベル20っていうけど、たったレベル5とか10差くらいでそこまで威力に差が出るか?
様子見をかねて滝壺を遠巻きにしながらオボロを走らせる。
ミズチの視線はこちらを追い、しかし滝壺から上がってくる様子はない。
口をガパリと開けて水の塊や、ビームのようにものすごい水圧で水を発射してくるのみで、接近戦に持ち込むにはこちらから近づくしか選択肢がなさそうだ。
ときおり尻尾で巻き上げて毒沼の水を波にしてこちらに浸水させてきたり、毒を受ける覚悟がなければ自分を倒すことはできぬとばかりに不動である。
なるほど、結構厄介だ。なによりこの子達の毛並みが毒の水で浸されるのは嫌すぎる。嫌すぎるんだけど……。
「アカツキ、波を尻尾で巻き上げたとき、ミズチに乗っかって駆け上がれる?」
「ケェーッ!」
ひとつ、気がついたことがある。
ミズチはアカツキのことは無視してオボロ……私をずっと視線で追い、そして攻撃をしてくるのだ。固定砲台のように不動だけれど、攻撃をしようとしてくるのは私にだけ。いわゆる、ヘイトってやつが私という『共存者』……いや、人間に向かっているんだろう。魔獣の成り立ちを考えると当たり前のことだけれど、やはり人間が憎いのだと思う。
咆哮。
どこか、その鳴き声には『悲しみ』みたいなものが滲んでいる気がした。
「今!」
「クゥーッ!」
アカツキが走る。
波を巻き上げたミズチの尻尾から素早くその巨体を登っていき、垂直にまでなっているところを強靭な爪で掴みながらミズチの頭へ。
「ケェーッ!」
「シュルルルル、シャーッ!」
足蹴りが頭に決まり、ミズチが大きく頭を振り払った。
その揺れの中で大きく翼を広げて滑空しながらアカツキが戻ってくるが、振られたミズチの尾が彼に迫る。
「アカツキ、右!」
「クックッー!」
翼を羽ばたいて一瞬落下速度を緩めたアカツキの下を尻尾がフルスイングされていく。そしてくるくると回転しながら地面に戻ってきたアカツキは両翼を挙げて自慢げに胸を逸らした。
十点!
じゃなくて!
「シャーッ! グルルルル」
水鉄砲よりも鋭く、岩に穴でも|穿《うが》ちそうなほどの水流が『私』に向けて発射される。素早く身をかわしたオボロのおかげで攻撃は受けなかったが、やっぱりと確信する。
「ミズチは共存者しか狙わない……? なら、アカツキに【スカウト】の効果を付与して殴ればいいのでしょうか」
脳筋とか言ってはいけない。
今のところ無傷なのでなんとかなりそうだが、さて。
しかしそうして何度かアカツキが尻尾を駆け上がり、スカウトをしてと繰り返して行っていったのだが、一向に成果は現れない。スカウトは確かに入っている。弱らせにかかっていて、相手の鱗も傷がついて弱っている状態のはずだ。このまま行っても、きっと倒してしまうだけ。
不殺プレイをしている以上、倒すことは許されない。
避け続けて二十分ほどで、ミズチが満身創痍のまま後ろ向きに滝の中に倒れていく……もしかして倒してしまったか? と焦ったものの、視界の端に映るのは『撃退成功』の文字だけ。
恐らく、戦い続けた時間によるものだと思う。
静かになった滝壺で、私はしばらく茫然としていた。
一時的に沼の色が普通の水のように変わり、近づいて触れてみれば『清水』の採取を行えることが分かった。けれど気持ちはどこかモヤモヤしていて、心のどこかで『なにかが違う』と訴える。
確かに撃退は成功だ。撃退ならば不殺は貫ける。けれど、違うだろう。こうじゃない。私が望んでいるのは、こうじゃない!
片手間で掲示板を覗いて王蛇の滝壺について軽く検索する。
困ったときには公式か掲示板だ。さすがに初見で上手くいくほどではないみたいだし、本当にあのミズチのスカウトが成功するのかどうかとかも調べておきたい。
「スカウトはかなりの低確率……」
けれど分かったのはスカウトできる確率がかなりの低確率であることと、撃退のために最低二十分は時間が取られること。そして討伐しても清水採取に限界があって、今清水の取り引き値段が高騰していること。独占販売が行われていることなどが分かった。
こんなに手間をかけてでしか手に入らないアイテムなら、まあそうなるだろう。なんせ、もう一度撃退か討伐をしなければまた採取できないというのだから。
……けれど、そのどれもが違う気がした。
この優しい世界で。『戦う必要のない』と謳うこの世界で、こんな方法しかないとは思えない。幸いにもベテランプレイヤーは別の場所を優先的に攻略・考察していてこの滝壺の『本当の攻略法』はまだ発見されていないと思える。
絶対になにかギミックがあるはず。
ミズチから感じる『悲しみ』も気になることだし、こういうゲームだからこそ、なにかあるはずだ。
面倒臭くてここを放置しているプレイヤー達に、今は感謝しよう。
そのおかげで私はこの『情熱』を込めて挑むことができる。
私が、このケイカが『はじめてミズチを救った共存者』になるんだ!
そう決意して、綺麗になった滝壺を後にする。もう一度……再戦するために。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!