「どうしようどうしようどうしよう」
オボロに揺られながら背後を振り返る。しつこい。圧倒的にしつこい。まだまだ驚き桃の木山椒の木がついてくる。
あいつらのヘイト判定どうなってんの? 殺すまでどこまでも追いかけてくるの? 普通追いかけてくる範囲があるとかじゃないの? そういうの怖いからやめてほしいんだけど!
念のため撮影機能を使っておいて対策を練ることにする。
もしここでやられたとしても、あとで映像を見直して攻略法を見つけるためだ。あいつらが【スカウト】不能だとしても、必ず【清水】を使う以外にもなにか攻略法があるはずだからだ。でなければこんなにもしつこく追ってきたりはしない。なにも持っていない初心者が対策不能となってしまうからだ。
そうして考えているうちに、大きくオボロの体が揺れて横っ飛びにステップを踏んだのが分かった。
「わ!? どうしっ」
慌ててオボロの毛皮を掴んでバランスを取ると、今までオボロのいた場所に巨大な実のようななにかが地面にズンッと沈み込む。見事にえぐれているそれを流れていく景色の中しっかり捉えてしまった私は青ざめた。
あんな攻撃が当たったらひとたまりもないのでは?
「オボロ、ナイス!」
「ウォン!」
あれか、説明にあった実を投げてくるというやつか。
あんなに怖いの? これでオボロになにかあったらどうするつもりで……。
「キャンッ」
「オボロ!」
ステップで避けたものの、背後のトレント達が焦れたのか実を投げる行動を多く取るようになったらしい。避けきれなかったものがオボロの尻尾に当たり、後肢に当たり、砕ける。スピードがあっても重量のあるものが投げつけられると、どうしても避けきれないものが出てきてしまう。
しかしなにより。
「うちの子になにしてくれるんですか! ああん!?」
せっかく整えたふわふわの白い毛皮が! 純白の天使のような毛皮に汚れがついてしかも血で染まっているなんて許せるだろうか? 否ぁ! 許せるはずがないね!
頭に血が上った私は扇子を構えるとオボロの上で舞を発動!
アカツキとオボロに【緋扇の舞】の効果が乗り、力を+10底上げする。それから冷静さを欠いた私は、アカツキ達への指示ではなく両手で持った鉄扇を構えてやってくる実を睨みつけた。
「うちの子を傷つけた恨みです! ぶっ叩く!」
そして投げられた実に、タイミングを合わせて鉄扇をぶつけて打ち返す!
勢いに乗ってぶわりとたなびく羽織りと、鉄扇に打ち返されてすっ飛んでいく固い木の実。
高い器用値で約束されたデッドボールが当たった途端、ビックリ・トレントの動きが止まり、そのまま景色の中に流れていった。
「よっし、気絶しましたか!?」
「クウ! クウーッ!」
「あ、ごめんなさいアカツキ。ちょっと血が上っていましたね……もっとエレガントにいきませんと。舞姫ですのに」
「クウー」
アカツキは「違う、そこじゃない」という視線で私を見つめていたが、諦めたのか片翼を広げて何事かの主張をする。
「もしかして、アカツキもやってくれますか?」
「クウ!」
そうだよね、普通は非力な私じゃなくて聖獣に対処してもらうよね。
【緋扇の舞】で力が上がるのは私じゃなくて聖獣達だもの。オボロの怪我で冷静さが遥か彼方に吹っ飛んでいたようだ。危ない危ない。エレガントにいかなければ。
ならば、と胸を張るアカツキに指示をする。
「アカツキ、飛んでくる実を【足蹴り】! そっくりそのまま投げたやつに返してやりなさい! 一体も逃すな!」
「ケェーッ!」
アカツキも気合いの入った声をあげながら実を蹴り返し、私自身も扇子を使ってデッドボールを返していく。
「気絶なさい!」
「ケェーッ!」
計二十体ほどのトレント達を気絶させることに成功した頃には、辺りはすっかりと暗くなり、私達の居場所もかなり森の深いところまで来ていた。
「やっと終わりましたね……手こずらせやがって。さて、ここはどこでしょうね。メニューメニュッ」
【動画 生配信中】
赤文字で表示されたものに、私は見事に固まった。
「うそっ、やだっ、えっ、さっきの……見られていました……!?」
どうやら撮影機能は撮影機能でも、生配信のほうを選択していたみたいだ。焦りすぎか!?
「あ、えっとですね……お、お見苦しいところをお見せしましまっ、じゃなくてしました! ごめんなさい! 今はここで切ります! ご視聴ありがとうございましたー!」
混乱する頭で、けれど終わり間際に流れていく文字を追う。
『やっぱり気づいてなかったんだw』
『いい戦いでしたよ!』
『ファンになりました!』
『この攻略法は初だったのであとでまとめに載せますね』
『エレガントヤンキー……そういうのもあるのか!』
『チャンネル登録しときますね』
『おつー』
『エレガントヤンキーな舞姫、これはいい』
『新しいな』
『呼び名が決定した瞬間である』
好評っぽいコメント達に安堵しつつも戦慄を覚える。
エレガントヤンキーってなんだよ! やめろぉ! そんな不名誉な呼び名をつけないで!!! て、訂正……!
「その呼び名は勘弁してください……いいですね? いいですね? やめてくださいね?」
『妙な圧を感じる』
『これはヤンキー』
『エレヤンいいじゃん』
「よくないですー!もうっ、切りますからね!」
そして手間取りながらやっとのことで撮影を切り、ため息を吐く。
「ど、ど、どうしよう! 素敵な舞姫の印象が! 優雅な印象がー!」
「くうーん」
「クウ」
「うっうっ、オボロ……アカツキ……ごめんなさい。私に野蛮な印象がついたかもしれません……うううう」
しかし、やってしまったことは返ってこない。
幼馴染の言葉を借りるなら「先にできる後悔はない」だ。
怖いのであとで掲示板のほうを確認してこなければ。
「わふーん」
「どうしました……?」
落ち込みに落ち込み、地面に手をついて反省していた私の羽織りをオボロが咥えて引っ張る。
顔を上げてみれば、なにやら大きな鳥居のようなものが近くに存在していた。
「なに、これ……【観察眼】」
━━━━━━
【戦の鳥居】
ボスエリアへと続く道に設置された境目となる鳥居。
一歩鳥居を抜ければ、そのダンジョンを縄張りとしたボス魔獣の領域へと繋がる。覚悟して入るべし。
難易度: 3
攻略推奨レベル: 15
━━━━━━
現在私達のレベルは10台。
難易度はどうやら五段階あるみたいだね。3はノーマル難易度といったところかな。なるほど、いつのまにかそんな奥まで来てしまったんだなあ。
「くうーん?」
オボロが「どうするの?」と言いたげな視線で見上げてくる。
もちろん、こんなの挑まないわけにはいかないでしょう!
ここは【王蛇の水源】
この先にいるのはどんな蛇の魔獣なのか……?
先程の失態で落ち込んだ精神がどんどん上向きに変化していく。
我ながら単純だが、ワクワクしないわけがないだろう!
「行くよ、アカツキ、オボロ」
元気のいい返事を聞いて頷く。
あ、でもその前に回復ね! 血に汚れたオボロを労って撫でながら、私達はボス戦前準備をするのだった。
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