一人と二匹で鳥居を潜る。いよいよ初めてのボス戦だ。
視界の端に表示されたフィールド名は『王蛇の滝壺』。
けれど目の前に広がった景色に、私は言葉を失った。
広い草地に岩場、そしてフィールドの半分ほどを覆う毒々しい紫色の水面に、その中に点々と存在する足場のような岩。奥にある滝の水の色も、明らかに毒だと分かるような紫色で、遙か頭上からザァザァと水飛沫をあげながら滝壺の中に流れてくる。
草地の草は茶色く変色し、周囲の木々は枯れかけてざわざわと揺れている。
夜空に浮かぶ月明かりだけがフィールドを照らしているが、その光も柔らかい月の光ではなく、どこか冷たく無機質なものである。
明らかに良くないものに浸食されてしまっている場所。暖かさのかけらもない場所。
――マイナスの感情に侵された王蛇の滝壺。
この場所にいるのは、確かに魔獣なのだと確信できるほどのありさま。そして、覚悟を持って一歩水辺に近寄れば、滝壺の中より水面を持ち上げてゆっくりと起き上がっていく影がこちらを向く。
滝壺から出ている頭から首、胴体にかけてだけでも十メートル以上はある巨大な蛇。水色の鱗に、頭の横には魚のヒレのような耳があり、額からは黄金の枝分かれしたツノが広がっている。威風堂々としたその姿。
しかし瞳は紫色に濁り、目元には青色の隈取りのようなものが刻まれ、体全体に広がっているのが分かる。
隈取り。
歌舞伎において、青色の隈取りは『敵役』を表す。
「アカツキは不利かな……」
オボロの横に立ち、隣にいるアカツキを見ながら言う。
分かっていたことだが、相手は水系統……神獣郷オンラインにおいては『雨属性』の魔獣。『晴属性』のアカツキは不利だ。それに、夜の間はアカツキの『鳳凰の加護』が発動せず、敏捷のプラス効果が消えている。この様子だと、たとえ昼間だとしても曇天などでこの場所が晴れることはないのだろう。
さて、どう攻略してやろうか。
巨大な蛇を見上げながら分析する。
観察眼で見えた情報を横目に、私は考えながらオボロに乗るのであった。
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【『清濁の王蛇』魔獣ミズチ】
属性: 雨
レベル:20
体力:???
SP: ???
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ミズチ攻略戦……開始!
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