ミズチの攻撃をかい潜ってオボロと共に飛び石へ。
「風花の調べを毒沼にぶち込みなさい!」
「アオオオーン!」
二度、三度と口からブリザードを吐き出しながらオボロが飛び石を移り、とうとうぱきり、ぱきりと毒沼の一部が凍りつきはじめた。
スキル【風花の調べ】には確率で凍りつく効果がある。SPの余裕はそれほどないが、ミズチの周囲と滝へ続く道を凍らせられればそれでよかったのである。
そのまま滑るようにしてミズチのすぐ近くを横切り、滝の中へ。
嫌だぁぁぁぁ! 汚れたくない! オボロの純白の毛皮がー! なんて内心の悲鳴を無視して、ひと息に飛び込んだ!
勢いのある滝だ。
中途半端にぶつかるだけでは押し潰されてダメージを受けるだけ。ならば一気にぶつかって中に入るしかない! それこそ、この滝の裏になにもなかったら骨折り損のくたびれ儲け。けれど、やる価値はきっとあるはずと信じて飛び込んだ。
「ぐううう、やって、やりましたよ! 賭けに勝ちました!」
「わふう……」
紫色のねばねばした毒液を全身から滴らせつつも、ガッツポーズを決める。
「あああ、オボロの綺麗な毛並みが!? あとでいっぱいよしよししてあげますからね! うええええん、ひどいです……さっさと元凶どうにかしてミズチを大人しくさせないと……こんなひどい攻略法作った人に殴り込みに行きたい……」
物騒なことを漏らしながらオボロから降りて洞窟内を見渡す。
じわじわと減っていく体力に、ボックスから取り出した毒消ポーションを握り潰してオボロの毒を消す。って、あ!? これ最後の一個だった!?
「あは、私ったらうっかりうっかり。でも体力尽きるまでにどうにかすればいいですし、ノープロブレムですね。オボロ、行きましょう」
外ではアカツキがミズチにダメージを入れながら待っていてくれている。
彼も今の状況に歯痒く思っているだろうけれど、今回は私を運んでくれる誰かが必要だったので仕方がないな。いっぱい労って、それでいっぱい活躍させてあげないと……。
洞窟内のデコボコとした岩肌を少しずつ、少しずつ登っていき、たまに回復アイテムで体力を無理矢理回復して毒の継続ダメージを打ち消して進む。
体力は五割ほど残っている状態に戻ったが、毒のダメージが案外激しくてそれ以上は戻らない。回復アイテムを使っても使っても焼け石に水状態だ。これは落下ダメージでも受けたら死ぬかな?
そんな不吉なことを考えながら、揺れる洞窟内を登っていき頂上まで辿り着く。
そこに広がっていたのは、遙か上から降ってくる滝と、清浄な空気。そして滝壺と――滝壺の淵に設置された、不気味な水差しのようなものが複数。
なんらかの魔法陣のようなものが刻まれており、その中身は毒々しい紫で、無限に溢れ出てくるように滝壺の中にどばどばと注がれている。
なにやらお札のようなものが貼ってあり、そこに書いてあったのは【獣退散】の文字。
「オボロ、あれ触れますか?」
「くうーん……」
オボロは首を横に振った。聖獣にも触れない代物らしい。つまり魔獣にも触れないというわけで……なるほど、ミズチが暴れ狂うわけだね。
「なら、近寄れますか?」
「わふん!」
それならできるとオボロが頷く。
しかし、こうなると札の存在に疑問が宿る。
聖獣や魔獣が触れないならば、つまりあれは――。
「シャーッ!」
「しまった、考察してる場合じゃないですね!?」
水球がこちらに向かってきて、間一髪で避ける。
「オボロ、水差しのところまで連れて行ってください!」
「ワオン!」
滝壺の周囲にある計五つの毒入り水差しから札を剥がしていく。
しかし状況はなにも変わらない。どうやら壊さないと意味がないようだ。
「うそうそうそ……」
「シャーッ!」
「シュルルルル」
「シュー」
滝壺の中からもミズチの幼体らしきものが次々わいて出てくる。
上の攻略を始めた途端にこれだよ!
━━━━━━
【魔獣アクア・サーペント】
属性: 雨
レベル:5
体力:???
SP: ???
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「ッ、オボロ、こいつらの対処お願いします!」
「ワフン!」
オボロに【スカウト】スキルを付与して蹴散らしてもらうことにして、私は鉄扇を構え、毒入り水差しに向かって突き!
ひび割れていく水差しに二度、三度と攻撃を加えて壊す。
途端にぶわっと流れ出た毒が自分にかかり、更に体力が持っていかれる。割った人間に反撃してくる作用があるとか悪意が強すぎる……!
「ッチ、忌々しいですね」
回復ポーションの瓶を握り潰して無理矢理回復するが、体力はやはり五割から回復しない。毒の削りが早すぎる!
「二個目! ぶっ壊れろ!」
何度も、何度も毒液を浴びて全身ぐちゃぐちゃになりながらも回復アイテムを使い、微々たる体力の回復をしながら元凶を割り続ける。
「あのですねぇ! 聖獣を怒らせて、悲しませて、こんなむごいことをするなんて万死に値しますよ! 誰ですかこんなことしたのは! 運営か! 運営か!? 首洗って待っていやがれくださいね!?」
ぐちぐちと文句を言いつつ、足を引きずって前へ。前へ。
目の前に暗闇がちらちらと映る。体力が削られすぎて危ないサイン。ゲームなので痛みなんてないが、違和感はバリバリだ。思うように動かないアバターにイライラしながら、しかし最後の水差しを……割った。
「クウン!」
しかしその直後、頭上に影が差す。
「え?」
オボロの悲鳴のような声に後ろを振り返ると、目の前に魔獣ミズチの口が迫り……。
「いっ、あ……!?」
一瞬、なにが起こったのか分からなかった。
気がつくと私は崖の外に放り出されていて、崖の淵で吠えながら悲鳴をあげるオボロがどんどん遠ざかって、崖の上に頭を乗せるミズチの姿が見えた。
ああ、そっか。
ミズチの頭で崖から振り落とされたんだ。
そう気づいても遅い。
体力は毒で削られてあと三割。回復をしたとしても五割か、それとも四割か?
落ちていく中、ゆっくりと鎌首をもたげてミズチが私を視界に捉える。
ミズチの口が膨らむ。水流を放つモーション。
その後方で滝の水が徐々に清らかなものになっていくのが見えるが、恐らくミズチの最後の攻撃は発射されるだろう。
空中に投げ出されていては、避けることなんてできなくて。
せっかく、攻略の糸口を見つけたと思ったのに?
せっかく、あの子を助けてあげられると思ったのに?
せっかく、完全なる和解の方法を見つけてあげられたのに?
ここで終わる?
もう一度挑戦すればいいなんて分かっていても、それは嫌だなと思った。
そうして水の渦巻く蛇の口が開かれ……。
視界に、太陽が、映った気がした。
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多人数の声援・信仰を確認しました。
進化条件を検索します――クリア。
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聖獣判断の進化が行われようとしています。
許可をしますか?
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「え?」
視界の端に映り込む『視聴者 2861』の文字。
私は咄嗟に、手を伸ばした。
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