「……なにか手がかりなどがあるのですか?」
「いやあ~それがなにも……」
爽の問いに葵が後頭部を掻く。爽がため息をつく。
「はあ……どうするのですか?」
「さて、どうしようかね?」
「……このままでは、橙谷さんは手鎖のままですね」
「そ、それは可哀想だよ」
「『江戸の恥を長崎でも』という文句もありますから……」
「ちょっと違うよ!」
「冗談です」
「冗談にしては度を越えているような……」
「今日の夕方には移動ですから、調査にもそんなに時間をかけられませんよ?」
「う、うん……」
「……これはまさか……?」
デニスが絵を見つめる。爽が尋ねる。
「何か気になることでも?」
「い、いや、何でもない」
「デニスさんたちはよろしいのですか?」
「こちらは無理を言って同行させてもらっているんだ。特に文句はない。葵の気が済むようにすればいい」
「ふむ……ヒヨコさんはよろしいのですか?」
「別に構わんばい」
「皆さんからのお許しは出ましたが……」
「う~ん、やっぱり絵を販売したお店をあたってみようか……」
「かしこまりました」
葵たちは絵を販売したといういくつかの店をまわってみる。
「……手がかりらしい手がかりはなしだね」
「別々の仕入業者を仲介させているということは分かりました。巧妙に尻尾を掴ませないようにしてありますね」
「何のために?」
「さあ、そればっかりはなんとも……」
爽が首を傾げる。
「う~ん、早くもお手上げだ~!」
葵が万歳の姿勢を取ると、店にいた男性に手が当たる。
「! おっと!」
「あ、ご、ごめんなさい!」
「いいえ……うん? ひょっとして上様ですかい?」
「い、いいえ! 上様違いです!」
「誤魔化し方が下手!」
葵の発言に爽が思わず突っ込みを入れてしまう。少し茶色のマッシュルームカットに着物を着たアンバランスな男性が笑う。
「上様じゃないですか。こちらへはお忍びで?」
「え?」
「貴方は……」
「サワっち、知っているの?」
「大江戸城学園の教員の方ですよ。本橋勝柳先生」
「え? 先生? 教わったことないような……」
「先生は二年と組を受け持ってはいませんからね」
「へえ~ちなみに担当科目は?」
「理科分野と国語分野と美術です」
「そ、そんなに担当しているのに、うちのクラスに当たらないことある⁉」
「まあ、その辺は私が決めることではありませんからねえ……」
勝柳が苦笑する。
「し、しかし、すごいですね、理科と国語なんて真逆なのに……」
「なあに昔取った杵柄ってやつですよ」
「え? 昔? 結構お若く見えますが……」
「ああ、そうですね、今は若いんだったっけ……」
「え?」
「いいや、なんでもありません。こちらの話です」
勝柳は手を左右に振る。爽が尋ねる。
「先生は何故長崎に?」
「休暇を取って来たんです。昔からこの町は私に刺激が多く与えてくれるので……」
「昔から?」
「いえ、上様たちは何故こちらに?」
「実はかくかくしかじかで……」
爽が事情を説明する。勝柳が頷く。
「その絵を見せてもらってもいいですかい?」
「はい……」
爽が絵を渡す。勝柳は絵を透かして見たりしている。葵が尋ねる。
「あ、あの、先生? 何をされているんですか?」
「ああ、分かりましたよ、この絵の流通元が」
「ええっ⁉」
「……どういうことでしょうか?」
葵は驚き、爽が尋ねる。勝柳が答える。
「紙質です」
「紙質?」
「ええ、これは洋書などでよく用いられる紙です。よって、この絵を描いたのは、この長崎にいる西洋の方の可能性が高いでしょうね」
「な、なるほど……」
「西洋の方と関係が最も深いのは……この業者でしょうね」
勝柳が端末を取り出し、業者の店の地図を表示させる。爽が頷く。
「港の方ですね」
「行ってみよう! あ、本橋先生、ありがとうございました!」
「いえいえ、お役に立てたなら何よりです」
葵たちはその場から離れる。ヒヨコが後ろを振り返りながら呟く。
「あん男……」
「どうかしたのか?」
デニスがヒヨコに尋ねる。
「いいや、今はよか……それよりデニス?」
「なんだ?」
「きさん、気が付いとったんじゃないか? 紙質のこと……」
「い、いや、紙質には気が付かなかったな」
「には?」
「ああいう『力』の持ち主には心当たりがあってな……」
「力やと?」
「ああ……」
「……葵様、港に着きました」
「うん……」
「……あいつだ!」
「!」
デニスが指を差した先には、金髪碧眼で真っ赤な燕尾服を着た少女の姿があった。
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