「……追試の心配はなかったよ。これで集中して臨めるよ」
「やる気十分じゃないカ」
「まあ、正直あんまり乗り気ではないんだけど……日程に組み込まれているからしょうがないよね。しかし、遠泳大会とは……」
紺色の競泳水着姿の葵が同じく競泳水着姿のイザベラにこぼす。
「泳ぎは得意ではないのカ?」
「人並み程度かな」
「ショーグンなのだから、適当な理由をつけて見学でもすれば良かったの二……」
「皆の模範にならないといけないからさ。サボりは出来ないよ」
「真面目なことダ……」
葵の答えにイザベラは苦笑する。
「ザベちゃん、泳ぎはどうなの?」
「100キロは余裕ダ」
「す、凄いね……」
「別に普通ダ」
「普通じゃないと思うけど……」
「そうでもしないとここまで生き残れなかっタ……」
イザベラが遠い目をする。葵が戸惑う。
「そ、そうなんだ……」
「冗談ダ」
「本気なのか冗談か分かりにくい!」
「フフッ……」
葵の言葉にイザベラは小さく笑う。
「私が言うのもなんだけど、こういう状態での警護は難しいんじゃない?」
「それほどでもなイ……泳ぎのスピードは自由に調節出来ル」
「き、器用だね……」
「むしろ問題ハ……」
「問題は?」
「海中からの刺客がいた場合の対処方法だナ」
「か、海中から⁉」
「アア……」
「さ、流石にそれは考え過ぎじゃないかな?」
「念には念をダ……」
「そ、そう……どうするの?」
「海中で妙な動きをする奴に対しては足が反応すル」
「そ、そうなの⁉」
「指先にまで警戒心を行き届かせているからナ……」
「た、頼もしい限りだよ……」
「ああ、大いに頼りにしてもらって構わなイ」
「ちょっと待った!」
「⁉」
「し、進之助?」
水着姿の進之助がイザベラに迫ってくる。イザベラが冷静に問う。
「赤宿進之助カ……何か用カ?」
「アンタ、北南イザコザって言ったな……」
「西東イザベラダ……なんダ、その売れない漫才コンビみたいな名前ハ……」
「……それはともかく!」
「誤魔化した!」
葵が驚く。進之助が問いかける。
「アンタ、何が狙いだ?」
「狙イ? ……将愉会の伊達仁から聞いていないカ? この合宿中のショーグンの警護を仰せつかっていル」
「だからそれだよ!」
「? 話がよく見えないナ……」
イザベラは首を捻る。進之助が声を上げる。
「そうやってこいつに巧みに近づいて、あわよくば……お、お付き合いするつもりなんだろうが! そうは問屋が卸さねえぞ!」
「!」
進之助の発言に周囲がざわつく。イザベラが珍しく狼狽する。
「な、何を言っていル⁉」
「オイラの目は誤魔化せねえぞ!」
「ば、馬鹿馬鹿しイ! 女同士だゾ⁉」
「今時、珍しいことじゃねえよ! オイラは生粋の江戸っ子だから詳しいんだ!」
「生粋の江戸っ子がそんな考えを抱くカ!」
イザベラが声を上げる。葵が困惑気味に声をかける。
「よ、よく分かんないけど、進之助は何がしたいの?」
「知れたことよ! お前さんはオイラが守ってみせる!」
「‼」
進之助の発言に周囲が再びざわつく。葵が恥ずかしがる。
「な、何を言っているのよ……」
「生憎、警護は間に合っていル。素人の出る幕ではなイ……」
「し、素人だと⁉ 誰に向かって言ってやがる!」
「お前にダ。生粋の江戸っ子が泳ぎに精通しているとは思えン」
「むう……」
「黙って自分の泳ぎに集中していロ……」
「確かに泳ぎがそこまで得意じゃねえ! だけどその辺は根性でなんとかなる!」
「ハ?」
進之助の言葉にイザベラが首を傾げる。
「オイラはHHAを目指しているんだからよ!」
「なんだそれハ?」
「ハイパー(H)火消し(H)赤宿(A)だよ!」
進之助がどうだとばかりに胸を張る。イザベラが目を丸くする。
「……」
「な、なんで黙るんだよ!」
「事前に調査はしていたガ……思った以上の馬鹿のようだナ……」
「な、なんだと⁉」
「これ以上の会話は不毛ダ……」
イザベラがその場から離れようとする。
「ふん、ビビったのか!」
「ナッ⁉」
「なんだかんだ言って、オイラに勝つ自信が無いんだろう!」
「下らんことを言うナ。お前の相手など、赤子の手を捻るよりも容易イ……」
「面白え、試してみるか?」
「良いだろウ……受けて立ってやル……」
進之助とイザベラが激しく睨み合う。葵が妙に感心する。
「さ、流石は進之助……ザベちゃんのペースを乱しちゃった……」
そして、遠泳大会の始まる前に、八千代が壇上に上がる。葵が首を捻る。
「五橋さん? 何故あんな所二?」
「そういえバ、大会の実行委員に名を連ねていたナ……」
「毎年恒例の遠泳大会ですが……今年は『変則トライアスロン大会』に変更致します!」
「ええっ⁉」
八千代の突然の宣言に葵たちは驚く。
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