「ということでここにやって来たわけだが……」
放課後、図書室の席に座る弾七が口を開く。
「うむ! 頼み込まれて足を運んだわけだが……絵師殿! これはどういうことか!」
大和が叫ぶ。あまりの大声に周囲の学生の視線が集中する。弾七が慌てる。
「馬鹿! 声がでけえよ! ボリューム落とせ!」
「む! これは失敬! 気を付ける!」
「まだでけえよ!」
注意する弾七の声も大きくなる。周囲からの視線がまた集中する。
「あ……す、すまねえ……」
弾七が周りに向かって、軽く頭を下げる。
「我々を 呼び出した訳 お教えを」
一超が口を開く。弾七が両手をポンと叩く。
「そう、三人に来てもらったのは他でもねえ。俺に勉強を教えて欲しいんだ!」
「勉学の為?」
「ああ、恥ずかしながら、俺はいわゆる成績不振者だ」
弾七は何故かちょっと誇らしげになる。大和が困惑する。
「胸を張るところではないと思うが……」
「このままだと夏合宿も大半が補習に時間を取られちまう。一度しかない高三の夏、それではあまりにも勿体ないってもんだ」
「一度か 三度の夏と 聞き及ぶ」
一超が目を細めながら呟く。
「トリプってるから三度目だけどよ……この際それは良いんだよ。問題は補習の方式だ」
「方式?」
大和が首を捻る。
「そうだ、ある筋から仕入れた情報によると、この夏合宿の補習は初日か二日目に抜き打ちでテストを行うらしい。そのテストで合格点を出せば、後は補習を受けなくても良いって方式になっているんだ」
「ふむ……」
「つまりだ。それだけ自由時間が増えるってことになるんだよ!」
そう言って、弾七がテーブルをバンと叩く。周囲の視線が三度集中する。
「あ、し、失礼……」
弾七が慌てて頭を下げる。一超が頷きながら呟く。
「あの方と 接する時間が 増えるやも」
「そういうことだよ」
「成程、要は我らから勉学について教えを受け、テストで良い点を取ろうということだな?」
「ああ、そうだ」
「それは……我らにとっては敵に塩を送る行為になるのではないか?」
「だから、そこを曲げて頼む! お前らにも何らかの形で借りは返す! ここは一つ共同戦線と行こうじゃないか」
「ううむ……」
「見返りの 保障をまずは 求めたい」
一超の言葉に弾七は頷く。
「まあ、当然そうなるわな……俺は江の島については結構詳しいつもりだ。女受けのよさそうな見映えの良い穴場スポットもいくつか知っている。そこの情報を教えるっていうのでどうだ?」
「ほう……それは興味深い!」
「悪くなし 一先ずそれで 手を打とう」
大和と一超は弾七の提案に乗り気になる。
「よし、交渉成立だな」
「では、絵師殿、我らに教わりたいこととは?」
「ああ、これだ」
「「‼」」
弾七が数学の教科書を机の上に置く。大和と一超の顔が曇る。
「ど、どうしたよ、揃ってその顔は?」
「某、文武両道を志しているつもりだが……数学だけはどうにも……」
「ええ⁉ 苦手なのかよ⁉ 句聖はどうだい?」
「数字見て 眠り入ること いと多し」
一超は目を閉じて首を横に振る。
「なんてこった……爽ちゃんはどうだい?」
同じテーブルで静かに本を読んでいた爽は本を閉じて答える。
「この度、わたくしは厳正かつ公平な審判という大役を仰せつかったので……特定の方に肩入れするようなことは出来ません」
「そ、そんな……」
「さっきから何を馬鹿騒ぎしている」
弾七が視線を向けると、そこには二年い組のクラス長、氷戸光ノ丸と彼の秘書である風見絹代の姿があった。弾七がすがりつく。
「こうなったらアンタでも良い! 俺に数学を教えてくれ!」
「す、数学だと⁉」
「そうだ、優等生のアンタなら、教え方も上手いだろ?」
「い、いや、それは……」
「殿は昔から数学だけは大の苦手です。今回の合宿も補習を受けることになっています」
「き、絹代! それを言うな!」
「どうせ明らかになることですから」
絹代は淡々と話す。弾七は一瞬頭を抱えるが、すぐに気を取り直す。
「おかっぱ頭の貴女はどうなんだい?」
「……僭越ながら私が殿にお教えしようとここに参った次第です」
「そうか! それなら俺らにも教えてくれないか?」
「な、なんでそうなる⁉」
「頼む! 協力してくれたら殿の肖像画と貴女の美人画を描いても良い! 格安で!」
弾七は光ノ丸を無視して、絹代に向かって手を合わせる。
「殿の肖像画は心底どうでもいいですが……私の絵を描いて下さるのですか……」
絹代は右手を顎に当てて暫し考え、頷く。
「……分かりました。微力ながら力になりましょう」
「あ、ありがとう、恩に着る!」
「但し、スパルタ方針でいきますよ……」
「望むところだ!」
「良い心がけです……殿、こちらにお座り下さい」
「なにか色々と釈然としないが……まあいい」
「では参ります……第一問……」
「「「「zzz……」」」」
問題文を読み始めると四人が一斉に眠りについた。それを見た絹代は懐から取り出したハリセンで四人の頭を思いっきり引っぱたいた。
「な、何だ⁉」
「き、絹代……貴様、余の頭を……」
「反応出来なかった! 見事な早業だ!」
「その刹那 頭に火花 走るかな」
「では、続けます……」
周囲の視線が突き刺さる中、即席の勉強会は続く。
「別に青臨さんと藍袋座さんは受けなくても良いのでは? 面白いから良いですが」
そんな様子を眺めながら爽が静かに呟く。
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